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小さな変化、大きな衝撃

7ヶ月の検診もおわり、ノンストレステストというお腹にベルトを巻いて計測器をくっつけて40分じっとしているという暇の地獄のようなテストもなんとか乗り越えた。いや、乗り越えたというか、まあ寝てるだけだった。 「うん、すっごいね。さすがアルファの血が濃い。息子くんの肺機能もばっちり出来上がってるし、大きさ的に見てもいつ産まれても大丈夫な感じに育ってる。」 「まじですか。やばぁ…」 新庄先生からお墨付きをもらえるほど、僕のベビさんは元気らしい。余程栄誉を吸収してるのか、ココ最近の体調の悪さは貧血と僕の体重のせいだったこともわかった。 「うんうん、お腹の張りとかは?今のところない?」 「うん、ないかも。」 「ならよかった、無理しないでと言いたいけど、まあ夏休みも入るしゆっくり休めるだろうから大丈夫だよね。」 「それって念押し…も、もち…大人しくしてまっす!!」 このやり取りの際、頭の悪い僕は全く先生の言葉の意味を理解していなかった。お腹の張りは今の所ない?というのを、リアルタイムでだと思っていたのだ。 なんともアホである。前から張ってることはあったのに、休めば治ると特に気にしていなかったのが駄目だった。 「三者面談どうだった?」 「忍がきた。ほら、」 本日俊くんは三者面談だったらしく、検診が終わった僕とは病院の前で待ち合わせていたのだ。僕は三者面談オカンがきたけど、産休して大学いくかどうか、未だに決めかねていた。まだ全然時間はあるので、産んでから決めるということで話はまとまった。 「きいちー!!」 「うわぁ!!」 黒塗りの車が目の前に停車し、千代さんが車のドアを開ける前に自分で開いて飛び出してきた忍さんは、がばりと腕を広げて抱きついてきた。慌てて俊くんが僕の後ろに立って肩を支えてくれたか、それにしても今日も元気がよろしすぎた。 「おい!臨月なんだぞ、あんま乱暴にすんな!」 「あ、わりー。学校いったらきいちに会えると思ったのにいねえんだもん。」 「あはは、僕昨日だったから。」 「なるほどな。てか聞けよー!俊のやつ今より上の大学行けるんだから受験させてみてはとか言われててよ、本人が嫌だっつってんのにしつこくてしつこくて、俺もうつかれちまったよ。」 ひとしきり僕のほっぺに頬ずりをしたあと、げっそりとした顔で言う。なるほど、忍さんのストレスは進路についてやかましく言われたことが。 うーん、学校としても頭のいい大学に行ってもらったほうが知名度が上がるのはわかるけど、こればっかりはなぁ。 「履歴書にかけますよ!?とか言われたけど継ぐから履歴書いらねえし。」 「ううん、まあ学校としては胸張って宣伝したいんだろうけどねぇ。」 ポンポンと背中を撫でていると、忍さんが俊くんによって回収される。ムスッとした顔で僕の荷物を持ち、車の後部座席へ入れると、千代さんが少し慌てて飛び出てきた。 「忍さま、和葉様からお電話が…」 「和葉?珍しい、出るよ。」 千代さんからスマホを受け取ると、Hello?と流暢な英語で忍さんが出る。え、すごくない。忍さん英語話せるんだとびっくりしていると、千代さんが誇らしげに言った。 「忍様は、正親様の為に語学を学ばれたのですよ。」 「へええ…かっこいい。」 「まあ、使う場面あんまねえけどな。」 俊くんが車に持たれながらぼやくと、丁度通話が終わったようでニコニコしながら振り向いた。 「やべえ。和葉うちくるってよ。」 「はあ!?」 「え?」 忍さんの言葉に一番反応したのは俊くんだった。 普段落ち着いている俊くんが酷く嫌そうな顔で声を上げたのが気になって、思わず聞き返す。 忍さんと俊くんがなにやら言い合いのような話し合いをしている最中だったので、僕の声を拾ってくれたのは千代さんだった。 「和葉様とは、正親さんの弟君のお嬢様です。なんでも、久しぶりに日本に帰国されるようでして…」 「お嬢様…」 俊くんにいとこがいたのか、とあたり前のことなのにそれを知らなかったのがなんとなく悔しかった。 忍さんと俊くんの焦り様からして、なんだか天真爛漫な方なようだし、僕もきっと会うことになるだろう。初対面の女性か、ちょっと緊張しそうだ。 「俺は絶対に会わねえぞ。きいちのそばにいる。」 「そらそうしたほうがいいだろうよ、だけど先に先手打っといたほうが傷は浅いぞ?」 「ぐ、…」 忍さんの言葉に珍しく俊くんが悩んでいる。そんなに問題がある人なのだろうか。なんとなく不安になってきてお腹を撫でる。僕も桑原家の一員になったなら挨拶だけでもすべきだよな、そう思って俊くんの手を握ると困った顔で俊くんが見つめ返してきた。 「きいち…、あいつが帰国中は実家で大人しくしててくれないか?」 「え、なんで?」 まるで僕だけ疎外されるような言葉に少しだけ悲しくなる。家族の挨拶をしなくていいということだろうけど、僕の中の常識がそれは違うと吠えていた。 「や、そんな顔させたいわけじゃねえ…ただ、その、すこし、いや…かなり頭が湧いてるんだ。」 僕のなんとも言えない顔に気がついた俊くんが頭を抱えながらボソリとつぶやく。見慣れない雰囲気から察すると、大分エキセントリックらしい。僕も頭のおかしい人を見慣れてるのでそれならそれでべつに構わない。 忍さんの方を向き直ると、言い淀む俊くんの変わりに説明を求める。僕の真っ直ぐな目が忍さんに刺さったのか、ことばを選ぶように考えながら教えてくれた。 「俊が最後にあったのが5年前なんだけどな。」 「はい、」 「その時俊が和葉ちゃんの餌食になってさ。」 「は、」 はい?とは続かなかった。 餌食、餌食ってなんだ。餌食ってことは、初めては僕じゃないのか?まて、先手必勝とかこのあいだ喜んだばっかなのに、それともオメガはってこと?女性なら経験があったってことなのか? 僕と会わない間に、そんな、まじで、 一気に色々なことが駆け巡り、急に指先から一気に体温が下がる。 「っ、い…」 不意に静電気のような小さな痛みがバチリとお腹に走った。 「きいち?」 「い、いた…いたい…っ、え、まってやだやだ…、っ…」 僕の感情の揺らぎに、僕のベビさんが反応したのか、ぢくりとしたちいさな痛みが急にへそを裏側から強く引く様に襲ってきた。 じわりと何かが下着に染み込むように広がる。思わず俊くんを掴む手に力が入る。 目に見えて硬直する僕の只ならない様子に、俊くんの目がゆっくりと見開かれた。 そのまま縋りながらよろよろと座り込むと、支えるように俊くんが腕を添えてくれた。膝に力が入らなくなり、立てない。 「おい、っ…忍、先生呼べ!!」 「まじかまじかまじか!!」 俊くんの怒鳴りに弾かれたように忍さんが病院の中にかけていく、なんだ、まだ早い。直ぐかもねって言われたけど、あと一月もあるのに。震える手でお腹に 触れる。じんじんと痛い腹に呼吸が早くなる。大丈夫なのか、僕の、俊くんの赤ちゃんは、大丈夫か。 「ひ、ひ…っ…い、いた、…いっ…」 「さわるぞ、…っ、」 生地越しに僕の足の間に触れた俊くんが息を呑む。 じわじわと白いチュニックに広がるものが何かなんて考えたくなかった。呼吸が引きつり、千代さんが深呼吸してくださいと叫んでいるのに、僕の体は強張ってしまって全く言うことを聞かなかった。 「あ、あ、っ…や、やだ…やだやだ…、っ…」 ぽたりと俊くんの手の平から垂れた粘り気のある血を見て、僕の意識はまるで後ろから引っ張られる様にしてブラックアウトした。

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