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アカンやつやで
カズちゃんからもらった白いふわふわの猫のベビー服は、それはもう大好評だった。吉信もオカンもスマホカメラで連写の嵐。カシャシャシャシャという聞き慣れない音が怖かったのか、うにゃぁあ!!!と泣き出すまで撮影され、泣いたら泣いたでガラガラとミニタンバリンで二人してセッションしていた。
「凪の泣き声を目覚ましにしようかな。」
「それ僕が余計に眠れなくなるからやめてぇ!」
いやあ朝からすごかった。泣き止まない凪の周りを二人でぐるぐる回りながらあやすものだから何かの儀式かと思ったよねぇ。
ベビーカーと荷物をもって玄関を開けると、タイミングよく到着した高杉くんが慌てて駆け寄ってきたので、凪を抱っこしてもらうとそうじゃないと言われた。
「ベビーカーと荷物の方を寄越せよ!」
「えー、しまうのに凪抱っこしててもらうほうがいいよ。」
「ちっげー!むしろ俺が荷物をしまうほうが普通だろってば!」
「普通…概念に捉われるの、辞めようぜ?」
「思い至らなかっただけだろ絶対。」
キリッて言ったのにばれたでござる。カズちゃんに抱かれても平気なんだから高杉くんでも大丈夫だよ。というと、それはそうなんだけどなんか違うと言われた。細かいことを気にする男である。
荷物をトランクに詰め終わると、手際良く凪をベビーシートにのせてくれていた。後部座席の収納にオムツやらビニールやら、おしりふき、アルコールなど、後ろには毛布まで準備してくれているあたり細やかである。
「そういえば青木くんとどーよ」
「あー、や、まあ。」
「付き合った?」
「は!?!?付き合ってねえ!!」
「食い気味かよぉ。」
そもそもあれから誘えてもねえしとなんともヘタレなことを言う。高杉くんは自分がしたこと反省しまくってるせいか、恋に対して一歩踏み出せないようだ。おいやめろ、トラウマを変な方向で発揮させるなと思う。
「ぁぶ。」
「凪だって言いたいこと言うのに、だめな高杉ですねぇ。」
「まだ意味持って声出してないだろうが…」
「意味なんて考えんな、直感的になれよ。って我が子が言っておる。」
「なんだそりゃ。」
うにょうにょ言いながらご機嫌なようでなにより。病院に向かう中少しだけ高杉くんと話したが、いわくまともな恋愛とかしたことないと。童貞捨てんの早い割に恋を育てるのが下手とかなんなんだ。
そもそも恋ってなんだと言い出したので、そんなもん知るかと言い返す。
「気づいたら好き、誰にも取られたくないってのが恋なんじゃん?」
「ほほぉ。」
「まあ、相手が嫌がってるのに俺のもんだ!!っていうのは恋じゃなくてガキだけどねん。」
「うぐ、」
相手が気持ちを受け取って、それが初めて恋愛になるのだ。恋は自分からするもの、愛はお互いが作っていくものなのだ、って月見里さんがいってた。多分。
「お前らも?」
「僕の場合は…そもそも親友としての好きじゃなかったってのを自覚したのがカレー食べてるときだったからなぁ。」
付き合いが長すぎて、ライクがラブになってたのを気づかなかったのだ。
「まあ、俊くんが自覚した?って言ってきて、僕から好きっていった。」
「なんかそれもすごいな。」
「俊くんから告白されたことねえ!!!!プロポーズされたこともねえわ!!!!」
気が付いたらドッキングして凪さんできて今に至るのだ。なんちゅうフルスロットルな恋愛か。これが運命というわけか、ふふん面白い。
「そういや和葉さんが言ってたけど、ウエディングの撮影すんだろ?そん時にでもあげちゃえばいいんじゃね?」
「ウエディングの撮影?」
「なんかオメガの為のウエディングのモデルを忽那さんとやるとか聞いてっけど、ちげえの?」
「モデル!?!?!?」
なんだか話がえらいとこまで飛んでいて頭の中にハテナが乱舞している。言ったか!?そんなことを僕がやるとでも言ったっけか!?‥‥‥‥ーあああ!!あのときか!!はわ、あぁあぁ…
「いっ…たわ。」
「だろ?まあ、俊さんが楽しそうに衣装選んでたから、期待していいんじゃね?」
「僕それきいてねえ!まじかよお、嫌な予感しかしねえよお…」
「ぁぶ、」
「凪ちゃんも頑張ってだってよ。」
「み、味方がいない…」
まさに四面楚歌とはこのことか。そんなやりとりをしているうちに病院につく。むいむいと元気な凪を抱き上げると、高杉くんが車の後ろからベビーカーを取り出してくれた。オカンが言ってたけど、ベビーカーはまじで最初のうちは距離感が掴めないらしい。人の多い場所なら歩行者に気をつけないといけないといっていた。
「ベビーカーこわいよー、凪はご機嫌だけど僕は抱っこのほうがいいなぁ…」
「押して歩くだけだから、楽じゃないのか?」
「僕が見てる目線より移動の幅が長いんだぜ?急に脇から人が出てきて怪我させたら嫌じゃん。」
「なるほど、でもへっぴり腰でベビーカーおしてるとじーちゃんみたいだからやめろ。」
たしかに、歩行器みたいなので背をただす。高杉くんに付き添われて病院にはいると、俊さんには連絡しとくといわれてその場で別れた。さていよいよ本番だ。どうか凪がご機嫌のまま終わりますようにとお祈りをしながら順番が来るまで待つ。
椅子に座ってボケっとしていると下から視線を感じたので見下ろすと、めちゃくちゃきょとんとした顔で見つめてくる。なんだろと思いながら見つめ返すと、ちゅむちゅむと唇を動かしていた。
なるほどお腹が空いているようで、まだくれんのか?という顔で見ている気がして思わず笑う。
すまんの凪くん、検診前の授乳はしないでと言われちゃってるんだ。
ちゅむちゅむと口を動かしては、じっと見つめられるその視線がだんだんに耐えられなくなったので、仕方なくトートバックからおしゃぶりを取り出した。
オカンがまじで必要と力説するだけあるなと凪の口に新生児用のそれをくわえさせると、致し方なしといった感じで大人しくしてくれた。
もちゅもちゅと小さな音を立てながら、途中で???といった顔をして、再びもちゅもちゅとしている様子が面白くてガン見していると、桑原凪ちゃーんと呼ばれた。むちゅむちゅしている凪を抱き上げてベビーカー片手に中に入ると、メガネをかけた新庄先生がにこにこしながら待っていてくれた。
「わぁ、猫ちゃんにあってるねぇ。お腹空いてるのかな?」
「授乳してくれよぉって目で訴えられて耐えられなくて…おしゃぶりデビューですわ。」
おしゃぶりが揺れるくらいもちゃもちゃしているのを見ると、吸引力すごいなと改めて思う。よほどの腹減りなのか、それとも僕の母乳の出が悪いのかはわからないけど、そりゃたまに乳首痛くなるわと感心した。
「さて、じゃあとりあえず凪くんオムツだけにしてね。」
「よかったぁ、先生までちんちんみたいとか言い出したらどうしようかと思った。」
「あとでちんちんもみるよ」
「やはり!!!」
コローンと凪を転がして着ていた服を脱がす。身体測定や原始反射、育児についての質疑応答やら僕が細かくメモした記録などを見せながら、最後は哺乳瓶の吸口とk2シロップをドッキングさせて凪に飲ませて終わり。とはいかなかった。
「凪くん順調に育ってるよ、特に問題なし!」
「おあー、まじでぇ…それ聞いてほっとしたぁ…」
「じゃ、次はきいちくんね。」
「え?僕もやるの?」
「勿論でしょ。楽しみだねぇ、きいちくんの結果」
あ、これフラグというやつでは…?となんだかもの凄い寒気を感じたのである。
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