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臆病
血圧測定、尿検査、血液検査に体重測定。悪露がないか子宮の状態を観てもらったり問診やらを終わらせて丸っと一時間。まじで学んだ。次は授乳ケープを買ってから来ようと。
じ、授乳室行く隙がねー!!!というのと、母子手帳出したり閉まったり、脱がせたり着替えさせたりも色々あったが、最終的にバスタオルでくるんでもろもろの検査を回り終えたのが、母子合わせて2時間位。
となると当然凪が授乳してくれよぉ!!と泣き出すわけで、僕の検査待ちの間に授乳室行こうかと思ったが呼ばれる可能性だってあるわけだ。結局待合室のベンチで着てたシャツの袖を首に結びつけて簡易なケープを作って授乳した。
周りの人がケープを使ってるのを見ながら、なるほど僕もほしいと思ったのである。俊くんにおねだりしたら買ってくれるかなぁ。
「凪ちゃんのママさーん!」
「あ、ちょ、まっ、い、いまいきまーす!!!」
凪さん!!!!もう呼ばれちゃったからごちそうさましてぇ!?
よほどおしゃぶりが腹に据えかねたの、ちゅむちゅむがやけに長い。結局シャツを枚掛けの様にしたままわたわたと診察室に入ると、満面の笑みの先生がコツコツと僕の結果が挟まったバインダーをボールペンの先端で叩いていた。こっっっわ。
「産褥期はねぇ、おとなしくしてればこんなに体重減らないはずなんだよねぇ。」
「う、ウッス」
「あとねぇ、貧血なのも治ってないんだよねぇ。ただでさえ子宮痛だってあるはずなのに、なぁんで頑張っちゃうかなぁ?」
「夜泣き、夜泣きがね?日中はだらけておりますぅ!!」
「一日中4食食え。体重戻るまで。あとお腹は、痛くないの?」
「ま、まあ我慢できないほどで…あ、うそうそごめんなさい。」
眉間にシワを寄せながらムッとした顔で見つめてくる。目力こっわ。びくりと体をはねさせると、凪が飲み終わったのか口を離した。
シャツを首の後ろにまわすと、授乳してたの?とびっくりした顔で見られた。まさかシャツで誤魔化していたとは思わなかったらしい。
「凪くんがミルク飲むんだから、痩せて貧血で倒れたらお腹減っちゃうでしょ!次来るときまでに体重増やしといてね!!」
「が、がんばり」
「やれよ?」
「ウッス。」
「ぁぶ。」
こうして健康面ではやり直しをくらいまして、食生活の改善を試みることとなりもうした。サーセン。
そんなにか、でも確かに妊娠してたときよりも7キロくらい変わった。4キロが羊水と凪の分だとすると、3キロは自然と落ちてしまったんだろう。これ以上貧相になったら色々とまずい。
凪を抱えたまま、片手でベビーカーを押しながら病院をあとにする。そういえば俊くんと待ち合わせて帰るんだったわ。
凪をベビーカーに乗せると日陰になるところまで移動する。もうすぐ9月になるというのに、まだまだ残暑で暑い日もある。ベビーカーのサンガードを下げて凪に日影をつくると、ぱたぱたとシャツの裾をはためかせた。
「あっつ…」
ボケっとしながら通りを歩く人を見る。僕と同い年位の子たちが、楽しそうにはしゃぎながら通りを歩いてくるので、そろそろ俊くんも来るかもしれない。年齢かわらなさそうなのに、若いなぁと思ってしまった僕がいて、少し落ち込んだ。
なんとなくお腹に触れる。ずっと凪を守ってきたお腹は、産後よりも腫れは引いたけども妊娠したときの肉割れのような線はのこってしまったし、以前に比べると薄くついていた腹筋の線も消えて、ぺったんこなのに伸びた皮膚が戻りきっていない為、なんともお見せできない感じになってしまった。
勿論凪は可愛いし、産後のからだも僕が頑張ってきた証拠だ。だけど母乳を上げてるからか乳首もひと回り大きくなったのと裏腹に、なんか全体的に貧相になってしまったしがしてならない。要するに、前の体つきと違うのだ。
みられたくないなぁ。
なんとなくだけどそう思った。この体を、俊くんにみせて気を使わせるのが嫌だなぁと。
結局肩にかけていた大きめのシャツを着て隠す。
熱くてロールアップしていたデニムも、骨ばったきがする足首を見てたくなくて、元に戻す。キャップを深く被ると、なんとなくだけど気持ちまで少し沈んだ。
「ぁー!」
「おー、凪ちゃん起きたの。今日は検診偉かったねぇー」
少しサンガードを上げて覗きこむ。くりくりした目でじっと僕を見つめてくる様子がかわいい。口元についた涎をタオルで拭ってから、暑いかなと思って服を替えた。行きは少し凪には寒いかなと思ってフワモコにしたけど、日がこんなに高くなるとは。薄手のロンパースに着替えさせると、ご機嫌にゆるゆると手を振っていた。
可愛い服を畳む僕の手も、なんだか前に比べて骨ばった気がしてきた。ささくれかなんとなく嫌で、ハンドクリームを塗るかと思ったけど、凪の口元に触れたりすることを思い出してやめた。
ぼーっとスニーカーのさきっちょをくっつけて足を伸ばしていた。げ、なんか靴紐汚れてんな…買い替えてぇ…。
「きいち。」
「ぅわ、…おつかれぇ。」
「おつかれ、検診どうだった?」
「まじ凪くん優等生だったわぁ。さすが僕の子。さっき起きたんだよ、ねー?」
「お、こないだ俺が買ったスタイ付けてる。」
俊くんに選んでもらった小さいミニカーが刺繍されたスタイは、とても良く似合っていて可愛い。薄水色のロンパースとマッチしてて、うちの子は何着ても優勝だわと俊くんも相変わらずなことを言っていた。
「土日、うちくるのか?」
「あー、そうだねぇ。外出許可でたし俊くんちに凪と行こっかな。」
「おう、忍もあいたがってたから顔見せてやってくれ。」
「いくいく!この間もらったベビーローションのお礼も言いたいし。」
俊くんが凪を抱くといったので、抱っこ紐を取り出すと俊くんにつけてもらった。
赤ちゃんグッズが入ったトートはベビーカーの中に置いておく。高身長で顔のいいアルファが抱っこ紐つけてんの最高に面白いな。
そんなことを思ってると、僕の髪を俊くんが耳にかける。
「少し、痩せたか?」
「え、そうかな?まえとかわんないよ。」
「ならいいけど、」
にこにこしてると、俊くんもそれ以上追求しないでくれた。高杉くんに近くで待っててもらってるらしく、久しぶりに俊くんと肩を並べてそこまで歩いた。
学生の下校時間だからか、制服の子が多い。病院による日は俊くんが一度着替えてから来るので、ラフな普段着の俊くんが凪を抱いてると、高校生には見えなかった。
俊くんがすれ違う人にちらりと見られては、羨ましそうに僕を見る。その視線は、前は気にならなかったはずなのに、何となく顔を見られたくなくてキャップを深くかぶる。
無意識に、ベビーカーのグリップを握る力が少しだけ強くなった。
僕は俊くんの番だ、凪のママだ。だから自信をもって、胸を張ってもいいはずなのに、キラキラ輝く同世代の子たちとすれ違う度に、顔を見られたくなくて少し俯く。
産後の、しかも変に痩せてしまった貧相な体を、俊くんがみたらどうおもうだろうか。
僕は今、俊くんの隣でちゃんと釣り合っているのだろうか。
凪を見るふりをして俯いていたそんな僕のことを、俊くんが黙って見つめていたことに気が付くことはなかった、
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