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後日譚 夢の話

同じ小学校に、片平きいちという同級生がいる。 こいつは男のくせに、女のような顔をしているし、女みたいなのに、女よりも男らしい。男だから当たり前だけど、あいつを見ていると変な感じがしてしまう。だから俺の変な感じは、あいつが女の顔なのに性格が男だっていうところから来ているにちがいない。 そうにちがいないのだ。 「俊くぅううん!!!!ばとえんしようよぉー!!僕おかぁさんにかっこいいの買ってもらったぁー!!」 そう言って、俺達の間で流行っているバトルえんぴつというアニメのキャラクターと技名が描かれた鉛筆片手に、鼻にティッシュを詰めたきいちが足りない前歯を見せながら満面の笑みで駆け寄ってきた。 「うわっ!なんだよその顔、また転んだのか?」 「ええ!俊くん僕の心配してくれうのぉ!?えひひ、これはぁ、昨日抜けたの!」 女みたいな顔を、くしゃっと緩めて照れながら足りない前歯を見せる。なんだかその様子が可愛いなんて思ってしまって、あわてて首を振る。そんなわけない、俺がこんな間抜けなやつを好きになるわけなんかない。 「鼻は?なんで?」 「ん、これはね!えーとね、んーと…」 にこにこしながら胸を張って自慢げに語ろうとしたのに、一向に答えは出てこない。こいつのことだからきっと忘れたに違いない。 「もお、わすれちゃったんだろ!それよりバトエンしようぜ。」 「んーん、思い出したら言うねぇ!」 「はいはい。」 全く、こいつはなんでこんなにアホなんだ。俺はきいちの手を握ると、一緒に鳥山公園にむかった。あそこは広いから、俺たちが座ってもスペースがあまるベンチがある。 いつもの通学路を、急いでるわけでもないのに小走りになる。これははやくバトエンがやりたいからであって、けしてきいちと長くいたいからじゃない。 バスで待っていた知らないおばあちゃんに、かわいいカップルねぇ、と言われてえひえひ照れながら笑うきいちにむすくれながら、俺もなんだかちょっとだけどきどきした。 「俊くぅん!」 「な、なに。」 「僕も、俊くんみたいにかっこよくなれうかなぁ!」 「べべ、別に…かっこよくないし!!」 一体こいつは何を言い出すんだ。到着した公園のベンチで、きいちがランドセルを漁りながら変なことを言う。 「えぇ?だってぇ、俊くんみたいになったら、僕も女の子に告白されるかもしんないでしょお?」 「えっ、きいちは告白されたいの?」 「え、されたい。僕もチョコ貰いたい!」 バレンタイン、俊くんだけがクラスの女子からチョコもらってたじゃん。そうきいちにいわれて、なんだそれが理由かと少しだけほっとした。 「でもな、ホワイトデーにお返ししなきゃいけないから、誰から何をもらったとか覚えてなくちゃいけないんだぞ。」 「えぇ、なにそれ面倒くさい…」 「だから俺は、もらうなら一杯はいらない。一個だけでいい…」 みみちゃんも、ののこちゃんも、よしこちゃんも、あいちゃんも、全部全部お返しをもらいたいから俺にくれたんだって思ってしまう。みんな、一方的にチョコレートを押し付けて、なんにもいわないで逃げていく。俺はそれがちょっと怖かった。 「チョコレートは好きな人にしか上げちゃいけないんだぞ。」 「ええ!なら僕今度は俊くんにあげうね!!」 「え、」 「僕も俊くん好きだから、チョコレートあげうねぇ、んひ、選ぶの楽しみだなぁ…」 ふくふくと、ほっぺをバラ色に染めながら照れたように笑う。みんなが言わなかった好きを、きいちはちゃんと、俺の目を見て言ってくれた。 「でも、僕からじゃへん?普通は女の子からだよね?」 「き、きいちがくれんなら、おれも返すね。ホワイトデーに…」 「僕俊くんからチョコレートもらえちゃうのぉ!?えええ、クリスマスよりたのしみ…ふひ、」 きいちがそんなことを言いながらニコニコ嬉しそうに笑う。俺はもしかしたら今、初めて告白をされたのかもしれないとドキドキしていたのに、きいちはご機嫌で蝶々をみて燥いでいる。 さっきの話が長くなってしまったから、探してたバトエンのことも、きっと忘れている。 「俊くぅん!!みてぇ!黄色い蝶々!!」 「はいはい…」 にへら、とひまわりのように笑うきいちの顔を見て、じわりと頬に熱を持つ。いっつもこうだ。きいちが、なんでもかんでも俊くん俊くんってうるさいから、俺がいないとってきもちになるんだ。  「俊くん、ずっと一緒にいようねぇ!」 「し、仕方ないから、いてやる!」 「ふへへ…」 あのあと、どうしたんだっけか。 胸元に心地よい重みを感じて目を覚ます。くありとあくびをすると、重みの犯人は凪だった。 ぷうぷうと寝息を立てながら、きいちのように口を半開きにしながらべちょっとよだれを俺のパジャマに染み込ませる。 髪の毛はあいつに似ずに直毛で、その小さな頭をそっと撫でると寝汗をかいていた。 「あっちい…今何時だ…」 凪を落とさないように支えながらベッドサイドの時計を見ると、もう11時過ぎで昼飯時に近かった。 大学が休みのときは、きいちは朝は起こさない。 平日早くから起きているのを知っているからか、そんな配慮をしてくれて昼過ぎまで寝ていても怒らない。それが地味にありがたくて、しみじみと凪の頭を撫でながら天井を見上げる。 随分懐かしい夢を見た。 そういやあいつに惚れたのもあの時かもしれない。ずっと一緒にいようねと子供の口約束が、今は現実で、過去の俺に子供までできたぞといったらどんな反応をするのだろうか。 くくっ、と笑うと、目を覚ました凪が小さな手で目を擦りながらくありと欠伸をした。 「うゅ、んん…ぱぱぁ…?」 「おう、おはよ。」 「んぅ、ままはぁ…?」 「きいちは、多分リビングじゃないか…」 もそもそと凪が這い寄ってくると、ぺたりと顎に触れる。ムスッとした顔で見つめてくるが、朝は仕方がない。苦笑いして頭を撫でると、凪と一緒にベッドから起き上がる。 凪と二人でリビングにいくと、少し長くなった髪を後ろで緩くまとめたきいちが菜箸でくたくたのうどんを作っていた。 凪のお気に入りのそれは、俺たちには柔らかすぎるので凪の分だけだ。匂いに反応してぷぁー!!と奇妙な声で興奮する凪に反応したきいちが、火を止めてから振り向く。 「ぷぁーって!ふひ、おはよぉ二人共。よく寝られたかな」 「まぁまー!」 「はよ、凪はもう食い気か。」 凪を抱き上げると、片腕に載せたきいちが一口分に切ったうどんをふうふう冷ましてから食べさせる。モニュモニュ口を動かす凪のよだれを拭きながらくすくす笑う姿が今も可愛い。 「凪くんは味見しないぷんぷんしちゃうもんねぇ。俊くんの子供の頃みたいだって忍さんいってたよ?」 「おぃひい。」 「ああ、腹減ると機嫌悪くなってたわ、たしか…」 もちゃもちゃと幸せそうにふくふくの頬を動かす凪を子供用の椅子に座らせる。きいちが凪のお気に入りのボトルに麦茶を入れてもたせると、にこにこしながら頭を撫でた。 「僕ぅ、凪くんのお茶飲んでるかっこいい姿みたいなぁ…」 「いーよぉ!」 「わぁー!!えらぁい!!朝からお茶飲んでる凪くんかぁっくいー!!」 「えひ、えひひひ」 ぱちぱちときいちがまるでホストのコールのような褒め方をして凪に水分をとらせる。褒められるのに弱い凪も、俺に似ているとか言っていた。そこはちがうと思うが。相変わらず褒めて伸ばす育児で凪のできることは少しずつ増えてきた。 「凪くん、パパのこと見といてくれるぅ?」 「おい。」 「ふひ、いーよぉ!」 「俊くんは凪の相手してまっててねぇ。」 ずず、ときいちのいれてくれたお茶を飲みながら、目をランランに輝かせながら俺を見つめる凪に苦笑いする。凪はきいちに頼られると喜ぶ。すでに男としての片鱗を見せ始める息子に、きいちを取られているような気がしないでもない。 「千颯ちゃんにご飯あげてきやーす!」 「なぎもぉ!」 「お前はもう離乳してるだろう。」 きいちは春に二人目を出産した。千颯と名付けられた凪の弟は、ちーちゃんと呼ばれて益子の一人娘である結と凪からはおもちゃ扱いだ。きいちいわく、愛されキャラらしいが千颯は迷惑そうな顔をしている。 千颯の出産は、凪のときと比べると驚くほど安産だった。出産当日は、きいちは凪と一緒につみきをして遊んでいた。俺は大学で提出する課題をリビングで作成していたのだが、凪の声でパパァー!!と呼ばれたので何かと思ったらきいちが破水していた。 焦る俺に対して、あいつは「あ、やべ。」と一言言うと畳み終えていた洗濯物からバスタオルを引き抜いてフローリングを簡単に拭うと、焦るでもなく病院に電話した。そのまま車で新庄先生のところに向かう途中で陣痛が来たのか、病院につく頃にはぐったりしていた。 前回の出産のこともあった為、凪を抱きながら運ばれていくきいちを見つめる俺の顔はマジで悪かったらしく、慌ただしく準備する新庄先生に今回は違う意味でやばい。と謎の言葉を残されて卒倒仕掛けたとき、スポンと産まれた。 分娩室にはいって40分、超スピード出産だ。きいちと俺の実家のメンツが揃った頃にはもう千颯はギャンギャン泣いており、分娩室に入ると赤らいだ顔に汗で髪を張り付かせたきいちが親指を上げてニヤリと笑った。今でも忘れられない。むしろ惚れ直した瞬間だった。 「ちーちゃんも満腹でぇーす。凪ちゃん俊くん見ててくれててんきゅ」 「俺も凪見てたぞ。」 「ぶはっ、俊くんもありがとぉ。」 ほしがりさんが3人もいると大変でちゅねぇ、とおねむの千颯をあやしながら言う。不本意ながら俺もカウントされているらしい。益子のところもそうらしいが、二人目の子供扱いされるらしく興奮するとか言っていた。 「千颯抱っこしとく。」 「なら僕は俊くんにご飯食べさせてあげようかなぁー」 「ぱぱずゆぃ」 「ずるくねえ。」 「凪もぉ!!!」 「はいはい。」 クスクス笑いながら隣に腰掛けると、きいちの手ずからお茶漬けを食べる。こうすると凪が俺も俺もとなって食が進むのを知っているので、気が散りやすい凪の飯を完結させるために二人で考えた結果だった。益子に見られたときはドン引きされたが、葵さんには好評だった。 「くくっ、21歳児…」 「やかましい。」 「凪もぉ!」 「ごめんごめん。」 二人目を産んでから、余計に忙しくなった毎日なのにきいちはなんだか楽しそうだ。凪の食べ終えた口元を拭うと、そのまま俺まで拭われそうになって慌てて避けた。 「やめろ、流石にそれは恥ずかしい。」 「ええ、変なとこで照れるよねぇ。」 「舐め取ってくれんなら大歓迎だけど?」 「まだ昼間ぁ!!」 べしりと頭を叩かれて笑う。千颯がキョトンとした顔で見つめてくるので頬を撫でれば、ふぐふぐとむず痒く笑う。千颯もすでに変な声で笑うのできいちの遺伝は凄まじい。 「そういや今日、ガキの頃の夢見たんだった。」 「まじ、どんなん。」 「鳥山公園でバトエンするとかいってたのに、なぜかバレンタインの話になった夢。」 「うわなつかし、脈絡なさすぎてさすが夢だねぇ」 「なにいってんだ、まじであっただろうが。お前がチョコほしいから俺みたいになりたいって言ってきたやつ。」 ええ?とか言いながら凪の頭を撫でつつ思い返そうとしているきいちをみながら、今更ながら凪の食い気もきいちの遺伝何じゃねえかと思う。凪はバトエン?と気になったらしく、戦う鉛筆だと教えると目をキラキラさせて聞いていた。 「あー、あったかも?でもあんま覚えてないなぁ。でも二人でチョコ食べたよね。」 「そうだっけ?」 「ほら、バレンタインおわったから二人でチョコかって、半分こして僕たちのバレンタインは今だー!って言ってさ。」 凪の頭を撫でながら楽しそうに笑う。曖昧になっていた部分を補足するようにきいちがしてくれる思い出話。二人で一つのガキの頃の記憶だ。 「そんでさ、なら俺もホワイトデー今からやる!とか言って俊くんもチョコ買ってきて二人で食べたじゃん。」 「あー‥」 そうだ、思い出した。それで喜んだきいちが手についたチョコレートを舐めるのを見て、 「俊くんが、あのあとチョコレート食べすぎて鼻血だしてさ、二人で大騒ぎしたの。あれはおかしかったなぁー。」 「ぱぱおかぉ、へん!」 「……へんじゃない。」 「ぶはっ!!!今更照れんのやば!!!」 きいちのあの時の光景を見て、しばらく夢に出てきたんだった。そんで夢精して、なんの夢見たんだ?って言われてきいちの夢見たってバカ正直に答えたら忍に笑われたのだ。 「そういや精通もお前の夢だったな…」 「えっ」 「あ。」 ぽろりと出てしまった言葉に、みるみるうちに顔を赤らめていくきいちをみて、今度は凪がキャラキャラと笑いながら言った。 「ままも、へんねー」 「ぅ。」 まるで凪の言葉に同意するかのように声を漏らす千颯に、情けないことに二人して顔を赤らめたまま笑うしかなかった。

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