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後日譚 二人の足並み 1
高杉と青木のその後、楽しみにしてくださる方がいたので書き始めました!とりあえず、かきあげた分だけアップします。
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「死んでしまうかもしれない。」
高杉は桑原家のリビングで、千颯を背中に乗っけながらそう呟いた。
「たーくん、ままがへたれっていってたよぅ。」
「ぐっ、な、凪くんさあ、それ多分俺に言っちゃいけないやつだと思うんだけど。」
「ちぃもいってたよぅ。」
「よわよわ!」
なんだと。まさかきいちの息子二人にまでそんなことを言われるとは。高杉はまるで慰めるかのように小さい手で頭を撫でてくる千颯の、辛辣な合いの手とは裏腹の幼児の優しい温もりが痛かった。
「だいたいさぁ、高杉くんだって男見せりゃいいじゃん。お互い思い合ってんでしょ?」
「お、もいあってるとか…は、わかんねえだろうが…」
「思い合ってねーなら青木から誘わないだろう。デート。」
「あぁぁ、や、やっぱりこれは、デートなのかぁあ…」
そう、時を遡ること数時間前。高杉はスマホを前にして口から心臓が飛び出そうになっていた。
休みだったので目覚ましもかけずに部屋で爆睡をこいて、起きた昼過ぎ。今は何時かと寝ぼけ眼でみたスマホの着信履歴に、後輩である青木の番号が表示されていたのだ。
なんの気無しにかけ直してみると、目覚ましよりも目が覚める内容が高杉の寝起きの脳みそを揺さぶったのだ。
『あ、あのぉ…水族館とか、いきません…?』
青木の少し緊張を孕んだ声に、じわりと耳が熱くなる。もしかしたら俺を誘うのにドキドキしているのかもしれない。そう思っただけで、高杉の中に燻る告げられないままの恋心はキュウと鳴いた。
そしてやってしまった。かっこつけて、こういった。
「いいよ。俺で良ければ、…迎えに行こうか?」
何も照れてないっすよ。取り繕った高杉の声を疑うでもなく、青木は通話口越しにもわかるような高揚した声で言った。
『じゃあ、明日…11時に俺のアパートに来てもらっていいですか。』
俺のアパートに来てもらっていいですか。
高杉は、最後までカッコつけれたかはわからない。駅前で待合せるだろうなという勝手な臆測をしていたのだが、青木から家までのナビに使ってくださいと住所を送り付けられてマジかよとなった。そして、昼ご飯をちょうど終えた時間に寝間着のまま高杉が桑原家へと転がり込んできて、現在に至る。
「つかさ、もうあれじゃんね?家までってことは帰りも家までってことだよね?」
「だろうな。つかそんな頻繁に連絡取り合って、飯も食いに行っててなんで家に行ったことねえんだ。」
「むしろなんで手ぇだしてないの?ねぇなんで?」
「お前ら二人して質問攻めにすんのやめろや!」
俊くんは俊くんで、昼間っから上下スウェットで寝癖まみれの高杉が家に転がり込んできただけでもイラッとしていた。なので言葉尻が強くなってしまうのは仕方がないがない。
「たーくんぱぱにめってするのだめぇ!」
「めってされてんの俺のほうじゃね?」
ぷんすこと怒る凪の頭を俊くんが撫でる。子供の前で汚い言葉は使わないようにと常々気に掛けていたので、高杉を目の前にしてそのスタンスが崩れかけていた自分を戒める。高杉にはやんわりと言ってやらねばならない。
「行けばいいと思うぞ。水族館。高杉の心臓がどうなるのかたのしみですね。」
「ぶはっ!!!俊くんサイコパスみたいになってるから!!!優しさの方向間違えてるよお!!」
高杉は目がマジな俊くんの顔をみて引きつり笑みをしつつも、ついに腹を決めねばならないかと思っていた。
告白されたわけじゃない。手を繋いだだけだ。でも、指は絡ませた。指の隙間を埋めるような刹那の甘やかな感触は今も残っている。
高杉は自分の手のひらを見つめては、あの瞬間の青木の頬が薔薇色に染まった光景をみて、身のうちから沸き立つような歓喜を感じた。あのひと時を、もう一度目に焼き付けたい。
「で、拗らせてる高杉くんはどうすんの?」
「………告白するわ。」
「たーくんすきすきってするのぅ?」
「ちぃがついてってあげぅ?」
「あっいや、大丈夫でっす…」
幼児に一人が怖いなら一緒にいくぅ?と心配されるほど情けない面をしていたらしい。きいちは高杉を心配する我が子の優しさの方向がやけに上から目線で、俊くんの子だなぁと面白くて少し笑った。
翌日、待ち合わせの3時間前には起床して、朝からシャワーを浴びた。よく考えたらまともな恋愛とかしたことがなさすぎて、デートだってよくわからない。青木と二人でご飯を食べに行ったこともあれば、ドライブをしたこともある。なんとなく人混みで離れるのがいやで手を握りしめたこともあるが、あれをデートと言っていいのかわかりかねた。むしろほぼ男友達としての関係に毛の生えた程度のものでしかない。
高杉は読み漁った。きいちにもらったアドバイスとして、とりま少女漫画とか読めば?と言われたので、昨日の桑原家に突撃した帰りに本屋に寄った。ちなみに知らなかったが、スウェットの背中は千颯のよだれでベタベタだった。
「か、べどん…か。」
眉間にシワを寄せながら、思い返す。手を繋ぐことしかしてない自分に、青木を壁際に追い込んで腕の中に閉じ込めるという行為は無謀だと思う。
新進気鋭の女作家が手掛けた少女漫画は、高杉にとって未知のバイブルだ。
こんな訳のわからない内容が女子に受けるとか信じられん。これを青木にしていいのだろうか。少なくとも高杉には青木を姫抱きして3回の窓ガラスを割って逃げるなんてできそうにない。骨が折れるわ、物理的に。
昔しけこんだオメガとトイレでハッスルしたときも、顎クイなんてしなかったというのに。
「というか、俺は後ろ暗すぎる…」
そこなのだ。高杉が未だに一歩踏み出せない理由。
きいちからヤラカシ万太郎という文句のつけづらい悪口を言われたことがある。子供の前で、たーくんはままのなに?と聞かれて息が詰まったときにそう言われてから、高杉の下の名前がずっと万太郎だと思われていた。
高杉が学生時代の、文字通りの黒歴史は自分自身を締め付ける首輪になっている。なので妙なあだ名をつけられても仕方がないと諦めてからはもう長い。
閑話休題。そんなことよりもデートだ。
高杉は実に奥手な男というレッテルを葵にも貼られているのだが、やっぱり男だ。デートだというなら手を繋ぎたいし、キスだってしたい。シャコシャコとペパーミント味の歯磨き粉で歯を磨きながら、前日から用意しておいたスキニーデニムに足を通す。
上に合わせるのはさりげなくブランドもののロゴが入った緩めのカットソーに、大きめのカーキのMA-1ブルゾンだ。
高杉は顔がいい自覚があるので、あまりごてごてした服は好まない。軽く流すようにヘアオイルで髪を整えると、オフの日の自分が出来上がる。
サコッシュバッグにスマホと財布、車のキーだけを入れるとマーチンのサンダルを合わせた。水族館のそばに海があることを知ったので、告白するなら海辺でと思った次第である。
ヤラカシ万太郎は、ロマンチストでもあった。もう一度出掛けに鏡でチェックし、良しと小さくうなずいた。できる男は恋愛だってスマートなはずだ。頑張れ自分、負けるな俺。
こうしてヘタレの称号を返上するべく、いざ高杉は出陣した。
仕事用のいかした黒塗りの車が住宅街の中の一角、アパートの駐車場に止まった。
車体は車マニアが喜ぶフランスの某有名ブランドの車体で、家が買えてしまうような価格だ。俊くんの送迎やら、命令された出向先に向かうのに使うことしかないこの車に、青木を乗せるのは二度目だった。
車の扉が開かれ、まるでモデルのような男が姿を洗わした。高杉は周りから見ても決まっていた。きっとデートなんだろうなと思われるくらいには仕上がったその姿で、青木を待つ。
「た、高杉先輩…待ちました…?」
きた。
「…よ。全然待ってないよ。昨日はよく寝られた?」
「へへっ、ガキみたいに寝られなかったんですよね。楽しみで…その、」
先輩と出かけるのが。
そう小さく続ける青木の目元は微かに染まる。ぶわりと風が吹いたかのような目に見えない衝撃が高杉の身のうちを走る。
こいつはずるい。俺の不安を汲み取るように欲しい言葉をよこす。
高杉は青木の荷物を受け取ると、車の後部座席に積んだ。青木はあわあわとしながら荷物の隣に乗り込もうとして、がしりと男らしい手に手首を掴まれた。
「お前は、こっち。」
「は、はひ…」
実にスマートに助手席の扉を開けると、促すように青木の背に手を添えた。夏の暑さのせいか、はたまた別の理由か、青木の薄い背中はじんわりと汗ばんでいる。
「あのさ、」
「あ、は、はいっ…」
青木を隣に座らせると、高杉はむず痒くもなんともないのに、ポリリと鼻先を掻いた。緊張しているときの癖である。青木は、一言一句聞き漏らしてはならぬと言わんばかりにじっと高杉を見つめると、困ったような顔のような、それでも味方によっては少しだけ照れているような、そんな不思議な顔で見つめ返す。
先輩、それはどんな感情ですか。そう聞ける勇気がほしい。
「俺も、楽しみにしてた。」
「せ、んぱ…」
何もしないでもかっこいい先輩が、もぞりと口元を動かし呟いた。そう言うやいなや、まるで話はおしまいとばかりに青木のシートベルトを閉めると、さて行くか。と車のハンドルを切った。
青木は、シートベルトを締めるために手を伸ばした高杉の、その近づく体に息が詰まって言葉が続かなかった。
こ、これって壁ドンみたいなやつか…
はく、と青木の唇がかすかに震えた。
高杉は、高杉が気づかないところでひとつ、自分には無理だと思っている行為を完結させていた。
皮肉にも青木の赤く染まった顔は見ることもなく、流れる景色と吹き込む爽やかな風によって自身の頬の熱も冷ましていた。
自分から誘ったのに、青木は水族館デートを目の前にしてもうすでに打ちのめされていた。
モテるのは知っていたけど、これはなんだか居心地が悪い。青木と高杉は、男二人で大水槽の前を陣取りぼけっとジンベエザメを見ていたまでは良かった。
高杉もその整った顔に好奇心を滲ませながら、雄大に泳ぐその姿を見上げていた。
目を輝かせながらその光景を見ている姿に青木まで嬉しくなり、誘って良かったと自分で自分を褒めたくらいには、青木もテンションがあがっていた。
ちょっとかっこつけたくて、高杉が満喫している姿を横目に入れつつ、併設されているバーカウンターに向かうとジュースを2つ注文した。可愛いペンギンの氷が浮かぶそれに、喜んでもらえるかとわくわくしながら振り向くと、モノの数分で見知らぬ女の人に声をかけられていた。
「お一人ですかぁ?」
「や、連れと来てるんで。」
「えぇ?もしかして彼?」
女子大学生だろうか。青木にはない魅力的な体を撓らせて隣を陣取るその姿に、ピクリと口端が引きつる。高杉はなれたようにあしらっているが、あきらかに女子大学生の青木を見る目が勝ち誇っていた。
「あたしも今一人でゆっくりまわってたところなんですぅ。もしよかったら一緒に回りません?」
「悪いけど、遠慮しとく。」
「えぇ、…彼も一緒でもいいけどお。」
女の勘は恐ろしい。高杉に対しての青木の特別な思いをきっとわかっているのだろう。ならばこれならどうだと言わんばかりに男二人を侍らす自分の演出へと妥協案へと変更をする。
高杉は女の方を見ようともせずに、苦笑いすると気のせいか青木を探すように辺に目を滑らせた。そしてバーカウンターのそばに飲み物をもってそばに行き倦ねている青木の姿を見ると、その整った目をすっと細めた。
「ねぇ、」
「駿平、おそいぞ。」
「ひぇ、あ、は、はいっ!」
高杉は、声をかける女を無視して青木を下の名前でよぶと、心做しかすこしだけ不機嫌そうなオーラで見つめ返される。手にしたドリンクは冷たさで結露がそのプラスチックの表面をすべるくらいなのに、
名前を呼び捨てにされた青木の体温はその表面温度を物ともせずにじわじわと熱くなる。
急いで高杉の元へと行くよりも先に、その長いコンパスのような足で青木の元へと近付くと、ぱくりとそのドリンクの片方のストローを咥えた。
「ん、待ちくたびれた。」
ちぅ、と一口分吸い付くと、青木の手に手を重ねるようにしてドリンクを受け取った。
青木はまさか高杉がそんなことをしてくるとは思わず、はくはくと魚のように情けなく口を震わすと、ガチンと体が硬直した。
き、供給過多すぎる……!!
情けない、空気が漏れるかのような返事をすると、呆気にとられる女の方を見て、一言言い放った。
「そういうことだから。」
おいで駿平。そう言って高杉の手を握りしめると、呆気にとられた様子の女を置いて大水槽を後にした。
握られた手が、溶けそうなくらいに熱い。少し高い位置にある高杉の項は少しだけ赤く染まっていた。
期待してもいいのだろうか。青木はとくとくとなる鼓動の音が、どちらなのかはわからない。
ただ少しだけ強く握られた手が嬉しかった。
「せ、先輩…高杉先輩!」
「…もう、お前の先輩じゃないからいいよ。」
「え…」
「俺もお前のこと、駿平って呼ぶから、連って呼べよ。」
「あ、や、そ、その…」
そそそ、それは、そういう、あれですか。
口から飛び出そうになった焦りをぐっとこらえる。はわ…と思わず俯くと、高杉の手を握る力が緩まった気がした。
「む、りにとは…」
「れ、んさん…」
「…………。」
なんだコレ、クソ恥ずかしい。
高杉も青木も、大人になったくせになんだこの醜態はと叫び出したいくらいだった。
馬鹿になって、アホになれば楽なのに、互いがよく思われたいからカッコつけすぎて逆に決まらない。
今どきの中学生のほうが、まだスマートにデートをするだろう。
「ゆ、ゆび…ゆびも、」
「指…?ああ…」
何とかひねり出した言葉で、少しだけ強請ってみた。青木が出せる勇気はそれくらいだから。
意図を察した高杉が、そっと青木の手に指を絡める。オメガのように線が細いわけでもないのに、高杉はその節ばった手に指を絡めた。
それだけで青木は、今日分の勇気をすべて出し尽くしたと言ってもいい。きゅ、と握り返すと、もにょ…と嬉しくて唇が緩んだ。
高杉は自分よりも下にある青木の下がった頭を見ながら、ああ、可愛いな。と目を細めた。
自分がそんなことを思う心が残ってたのが照れくさい。
「か、か、」
「ん?」
「かわ、いっ…て、お、おれですよ…」
ピタリと立ち止まった海月の水槽前。静かな空間にぽろりとこぼれた高杉の本音を青木の耳が拾い上げる。
「…言ってた?」
「い、ってました…」
はぁ。ボスンと座った備え付けのベンチに、おずおずと青木も腰を下ろす。手に持ったままのジュースの結露だけがやけにリアルに手のひらを濡らす。あのあとから一口も飲んでいないそれを、急かすように氷が鳴いた。
「昨日…お前から連絡もらってさ」
「あ、はい」
「これ、デートかなって思ってんだけど、どうよ…」
どうよ、って?
高杉は壁にもたれかかりながら水槽を見つめている。青く光る水の揺らめきが、その整った顔を縁取る。
きゅ、と縋るように握り返される手の平を、慰めるように青木は指で撫でた。
「き、」
「き?」
「今日、おれ…誕生日、で…」
ゆっくりと絞り出した言葉を、高杉が飲み込むのに数秒。ペンギンの氷がカロリと音を立てたかと思うと、勢いよく高杉が振り向く。
「お、お前それは早く、言えよ…」
「や、す、すいません!き、興味ないかなぁって、あ、あはは…」
苦笑い混じりに頭を掻く。青木はバツが悪くなるとすぐに笑うのがだめな癖だった。
今日は、誕生日だから一緒にいたかったといったら笑われるだろうか。後出しジャンケンのような言葉に、負けたのは顔を手で覆って項垂れる高杉だった。
「…お前さあ、毎回言い逃げすんのやめろよ」
「すいません…」
「はぁ………」
そわそわしながら、隣の思い人を見つめる。おめでとうって言ってくれるだけで良い。そうしたら青木は、またあしたから頑張れる。
「欲しいもん、ある?」
「や、そんな!!むしろデートしてくれてるだけで、っ」
「ああ、やっぱりこれ、デートでいいんだ。」
指の隙間から、じとりと見つめられる。おまえ、それも早く言えよと言外に咎められている気がした。
「もっかい聞くけど、欲しいもんねえの?」
「…じゃあ、お揃いの何かが欲しいです。」
女々しいことしか言えない自分に幻滅するだろうかとちらりと見る。悪いことはしていないのに、なんとなく尻の座りが悪かった。
「いいよ、なんでも。駿平がしてほしいことしてやる。」
わし、と少し乱暴に頭を撫でられる。嬉しくて見上げると、青木が購入したジュースを飲んでいた。
ごくりと動く喉仏に目を惹かれると、煩悩を振り払うように慌てて前髪をいじって誤魔化した。
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