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後日譚 凪と千颯の痛い秘密
「あ!?なんでいんだ!?」
「やっほぉ凪くぅん!」
「やっほぉちびくぅん」
「1センチしか変わんねぇだろうが馬鹿!!!」
駅前ついたら母さんと千颯がいた。
千颯はいつも以上に治安が悪い格好で、嫌味なくらい長い足を組んではくそムカつく顔に笑みを浮かべて母さんの腰を抱いている。
「おいこらその手をどけろ、母さんが汚れんだろうが!」
「汚れません。お前の手よりもハンドクリームで気を使ってる俺の手のが綺麗ですう。」
「ちぃちゃん凪の前では俺っていうのかぁいいね。」
「全然可愛くねえこの弟ぉ!!」
スパァンと音を立ててカバンを路面に置く。俺が機嫌の悪い親父に扱かれている間、こいつは母さんとデートだと?完全に舐めている。俺だってデートしたかった!!!!ふたりで!!!!
「なっちゃんもパフェたべるう?僕ちぃと食べたからなっちゃんの分も買っといで。」
「えっ、母さんそれ言わない約束…」
「あ、やべ。」
「おれの知らないところでパフェまで食べてるうう!」
兄を差し置いてクソマザコン色眼鏡フィジカルゴリラこの野郎。
ぶすっとした顔をすると、母さんが苦笑いしながらよしよしと頭を撫でられる。千颯が鼻につく笑みを浮かべている目の前でがぶりと母さんの手を甘噛みすると、びっくりした顔で見つめられた。
「ええっ、なにその反抗期かわゆ。」
「千颯ばっか構ってないで俺も構って。」
「んー、じゃあパフェ買いに行こ。ちぃは荷物見てて?」
「ええ、僕は大人なのでここでいい子に待ってますね。あとパフェではなく、クレープ。」
「いちいち喧嘩売らねえと死ぬ生き物なのかてめえは!」
「はーいはいはい凪くんいきますよおお!」
よいせよいせと俺の背を柔らかい手で押しながらキッチンカーに向かう。いらっしゃいませという店員の顔を見ると、びっくりしたような顔になったあとほんのりと頬を染めた。なるほど俺の顔も悪くないらしい。
「さっきはねぇ、ちぃとチョコバナナたべたの。凪は何にするぅ?」
「シナモンアップル。ねえちゃん、クリーム多めにしてくんね?」
「か、かしこまりましたっ」
あわあわと準備をする店員をみて、母さんが苦笑いする。驚かしちゃだめでしょうがというが、別にそんなつもりはない。
「あ、あの」
「はい?」
おまたせしましたとクレープを手渡した後、なにやら興味がありますといった顔で声をかけられた。母さんはお釣りを受け取ってぱくんとクレープを頬張った。おい、それ俺のだよね?
「先ほどのかたとご兄弟でいらっしゃいますか?」
「んむ、ほーれふ!」
「母さん俺のクレープ…」
「ええ!!やっぱり!?お母さま随分お若くていらっしゃるので、年上の彼女さんかとばかり…」
「え、まじで?やったよ凪くん僕若いって。」
「んぐ、母さんは若いだろ。」
ぱくりとクレープを食べる。オゲ、安っぽい味。
もきゅもきゅと口元を手で隠しながら食べる母さんに、感心したように見つめてくる店員。何だこの状況。
「先程のかたも、よくこの辺でお見かけするんです。実は先日絡まれているところを助けていただいたんです。」
「助けた?千颯が?」
「いえ、あなたと千颯さんのふたりに、」
「えっ、まじで?」
「なにそれ僕聞いてないよお!」
また危ないことしたんでしょ!とむくれる母さんを宥める。おいまて余計なこと言うつもりじゃないだろうな。なかなか戻ってこない俺らに痺れを切らしてから、いい子で待ってますといってた千颯まで荷物を持ってこっちにきた。
おいまてお前が来ると更に話がややこしくなるだろうが!
「覚えてませんか、ほら…あそこの公園で不良が喧嘩してたんです。私、帰り道だったんでそこを知らないで通ってしまって…」
「ちょ、待て待て待て。多分それ人違いだから。」
「きぃ、まちくたびれました。」
「は!?てめぇ母さんのこときぃとかゆってんじゃねーぞ!!」
「ちょ、凪うるさい。おねえさん続けて?」
肩に顎を乗せてくる千颯の頭を撫でながらにっこり微笑んで続きを促す。おいまて母さんにも頬を染めてんじゃねえ。
「それで、目の前に転がり出てきた不良に、そんなとこ突っ立ってんじゃねえブス!!って言われたんです。ただ下校してただけなのに。」
「うんうん、びっくりしちゃったんだねぇ。」
「あ、あ…まじ、」
千颯もひくりと眉を上げ、おい何の話だと俺を見る。そんなの俺らの先日のはなしにちげえねーのよ。と顔を隠すと、無常にも女は続けた。
「そしたら、その、凪さんが…てめえが邪魔だハゲ!!とかいってそれはもう見事なパンチで守ってくださって、」
「ほほう。」
「千颯さん、でしたよね?公園の入口までエスコートしてくださったの覚えてませんか?」
「あー、あ?ああ、あん?うーん、あれぇ?」
「やべえ千颯がバグった。」
その節はありがとうございました。と頬を染めて言われる。お前はお礼を言えて満足だろうけど俺らはバッドエンド待ったなしなんだわこれがぁああ。
「お嬢さんが怪我をしなかったなら良かったよ、パフェ美味しかった、また来るね。」
「はい、こちらこそありがとうございました。あとクレープです。またお待ちしてますね。」
がしりと俺らの手首を掴んだ母さんは、にこにこしながら駅前のベンチまで行くと3人で母さんを挟むようにして腰掛けた。
「んー、答え合わせをしようか。凪。」
「あ、あー、いや?なんも、ねえ?」
「この間僕はくまちゃんの刑にしたあの日のことで間違いはない。ね?」
「千颯だって足が出てたから俺だけのせいじゃねえもん!」
「凪てめ、俺よりお前のがハッスルしてただろうが
!!」
うおっほんと荒い咳払いをする。母さんの威厳の出し方は偏ってて可愛いけど、目がマジなので笑ったら多分口を利いてもらえない。
「えー、桑原家には揺るぎない家訓があります。それは簡単なことです!危ないことは秘密にしない!これ!僕が考えたやつです!」
「あ、それ母さんが考えたやつなんですね。」
「親父ならもっと頭良さそうな家訓考えるだろ。」
「凪くん?」
「あっスんマセン。」
目がマジである!!
千颯も珍しく顔色が悪い。こいつマジでマザコンなので母さんに嫌われたら死ぬんじゃないだろうか。
「凪くん人を殴るなとはいいません。でも暴力はすきじゃありません!言葉で殴りなさい!ボキャブラリーで相手を仕留めろ!!これに尽きます!!」
「母さん今日も俺トレーニングで親父にぶん殴られてきたけど?」
「うちの飯は何で食えてるか多分わかってないぞこれ。」
「そーもーそーもー!!!」
あっ変なこと言った自覚はあるんだ。とわかりやすく顔を赤らめる母さんに二人して癒やされる。
語彙力のない母さんが説明不要で使えるカタカナはボキャブラリーとジェノサイドだ。語彙と絶滅。ある意味母さんを説明するのにはぴったりのカタカナ。
「喧嘩してもいいけど傷つくって帰ってくんなよ!!あと怖いからやだ!!!僕が最近冗談みたいなドヤンキーにスーパーで挨拶されたんだけどぉ!!怖かったんだからなあ!!!」
「え、それはしらねえ。」
「母さんなんでもっと早く言わないの?」
「挨拶運動かとおもったんだもん…」
くすん。割とマジで泣きそうな顔をするので二人で慌てる。母さんいわく、先日近所のスーパーで買い物をしていたところ、めちゃくちゃ顔の怖い男の人に囲まれて荷物を持ちましょうか!?と迫られたらしい。断ったらお勤めご苦労さまですとか頭を下げられたと。
周りの目もだが、びっくりしすぎてちびるかと思ったと。ちびりそうになるのは可愛い。ちげえ!!そうじゃねえ!!!
「金田んとこじゃねえか!母さん手ぇ出したら埋めるっつったろうが!!」
「まて、横山の一派も先週だった。彼奴等は母さんと二人いるとこ見かけてっからそっちかもしんねえ。」
「もー!!!どっちでもいいけどさあ!!怖いから普通に囲まないでって言っといてぇ!!」
息子がわるいこ!と誤解をかけられぐすぐすと目元を拭う母さんに慌てる。まじでびびってたらしい。
可愛そうなことをした。彼奴等への躾が、違う方向に作用したらしい。人の上に立つというのは難しいこった。物理的なら簡単なのに。
「こ、こないだだってドレッドのお兄さんに送りますよっていわれて車に乗せられそうになったんだよぉ…優しすぎるヤンキーこわいよお!」
「あ゛?」
「まって普通にそれはやばくない?」
なにさらっと誘拐されかけてるんだろうかこの人は!!千颯も俺も聞き捨てならなさすぎて眉間にシワがよる。
「俊くんがたまたま一緒にいてくれて、名前と住所きいて車のナンバーまで控えてお礼は後日ってお断りしてくれたからよかったけど…」
「それ多分お礼参りは後日ってことじゃねえかな…」
「こないだ休日出勤してたのってそれじゃね…」
しっかり親父によって誘拐は未然に防がれたらしい。というか、相手もまさか人相の悪い大男が出てきて大層怖かっただろう。うちの会社で唯一怖くないのは高杉さんと青木さんくらいだ。
「うぅっ…僕は、大事な君たちが人助けするのはとっても素敵なことだけど、怪我してほしくないし、危ないことに巻き込まれたらいやなんだよぅ…」
「一番危ないことに巻き込まれておいてよく言うぜ…」
「凪、もうそれは親父が解決したから置いとこう。」
くすんとまつげを濡らす母さんの赤くなった目元をタオルで拭う。危ないことをしている自覚はなかったし、やられたらやり返していただけだった。母さんが俺の傷をそこまで心配してくれていたことに擽ったい気持ちになる。
「きったねぇタオルで顔拭くんじゃねー。」
「汚くねえ!おろしたてだわ!」
「僕この柔軟剤の匂いすきぃ…ぐすっ」
「母さん鼻水つけたろいま!?」
「あはははっ」
千颯が吹き出したように笑う。さっきまであんなに怒ってたのに、急に泣いたとおもったらまた話が変わる。天候のようにころころかわる母さんの感情は、本当に素直で純粋で、いくつになっても子供のような人だった。
母さんは涙目のまま俺の瘡蓋がついた手を取ると、優しくそこを撫でた。
「凪くんも、ちぃも、痛いのはやだよ…」
「母さん…」
しんみりとした空気を張り詰めのは、聞き慣れた革靴の音だった。
「クソガキ共。」
「父さ、」
「げっ」
酷く重たい空気を背負いながら、ヤクザも冗談抜きで裸足で逃げ出すレベルの顔面の治安の悪い親父が般若を背負って俺らを見下ろしていた。母さんが泣き顔という最悪のタイミングで。
「きいちなんで泣いてんだ、ああ?」
「いや、ちげぇ!これには深いわけが!」
「うぅ、俊くん…っ、な、凪とちぃがぁ…ッ、痛いことするぅ…っ」
えぐえぐと親父のもとに身を寄せると、ぎゅうぎゅうと抱きつく。泣き虫な母さんが落ち着くのには目の前の親父の番の匂いが一番きくという。クソ羨ましいのに、いまほど母さんのボキャブラリーに文字通りジェノサイドされるとはなんて悲劇か。
「痛いことしてねえ!!!」
「心が痛いことだよね母さん!?」
「御託はいい。きいちが泣いている、扱く理由はそれだけで充分だろうが。」
いやいやよくねえから!!!千颯と二人で身を寄せ合ってぶんぶんと首を振る。息子を仕留める気満々なのわかりますから!!
親父が胸ぐらに伸ばした手を、母さんがすくいとると、そのまま自分の頭に載せた。千颯がやってたことはこれか!!
親父の大きな手にすり寄る可愛い母さんの仕草に、背中で浮かび上がっていた般若が瞬時に消えた。
「もう、お家帰るぅ…俊くんすき…」
「帰ったら慰めてやるから、もう少しだけ我慢しろ。」
「っん…優しくしてね。」
俺たちにはって言いたいんだよね母さん…?
親父は母さんの腰を撫でながら瞼にキスをすると、命拾いしたなと言わんばかりの目で見つめてくる。
まじでな…、でも多分母さんの言った意味を親父は違う方向で捉えている気がするので、別の意味で母さんも鳴かされることになるに違いない。
誰得だって?親父しか勝ってねえよ!!
ざけんなっつのまじで!!
「そういえばさっき、凪に噛まれた。」
「ほう…?」
母さん!?!?
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