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スイート、スイート、ハニームーン

「式場は、ほら、君が憧れだって言ってた高原のホテルにしよう」  僕は見上げるように瞳を向けた。薄い縁の眼鏡、通った鼻筋。淡い香りと若草色のネクタイは、彼を柔和に見せている。  その彼は、照れを誤魔化そうと、かっちりした黒革のカバンから大きな封筒を取り出した。 「返事を貰う前だけど、実は、先に仮押さえしておいたんだ。予約取れないと困るだろ?」  僕は呆れて、声も出ない。 「新婚旅行は冬のパリかな。いや、君がこの間仕事で行ったリゾートアイランドにまた泳ぎに行きたいのは、知ってるさ。  でも、日焼けで大変だったって言ってたじゃないか」  一気に話すと、そっと片手を差し伸べた。 「結婚しよう。そのままの君が好きなんだ。  仕事だって辞めなくていい。来季のスケジュール的にも、大丈夫だよ」  あまりの怒涛の展開に、その手を見つめて立ち尽くすだけ。 「ああっ!」  突然、彼はごつい手で頭を抱える。 「ごめん。勝手に喋り過ぎた。済まない。緊張してるんだ。この話の前にすべきことが」  濃厚な蜂蜜色の髪を整え直し、彼は照れた頬を引き締めた。 「御義父さんに御挨拶に行かなきゃな。九州か……一泊なら、今週君も都合がつく」  脳裏に父の横顔がよぎる。最後に見た険しい表情。それに反して、寂しい肩。  僕が同性に恋することを、頑なに認めてくれなかった。家に残り跡を継げと言い放った、作業服の無口な親父。  誠実そうな彼。きちんとした男。父は不機嫌な顔を崩さずとも、少しは安心してくれるだろうか。  純白のタキシードを着た僕。くっきりと濃い天空。青い青い海に続く、輝く砂浜。  イメージが浮かんでは消えていく。  南国の強い日差しを気にせずに、僕は声を上げて笑う。彼の元へ裸足で駈けていく。絹の正装に跳る水しぶき。僕の全てを知り、微笑んで受け入れる彼。  でも僕は、彼の大きな手を掴めない。だって……

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