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2 ミティアス王子

 王家を侮辱するような人質を寄越した咎として、アンダリアズ王国はタータイヤ王国へさらなる岩塩と労働者を要求した。それに対してタータイヤ王国から何通か書状は来たものの、正式に弁解の使者が来ることはなかった。  つまり、タータイヤ王国側には制裁を受けるだけの人質を送った自覚があったということになる。同時に、タータイヤ王国でのメイリヤ姫の立場がうかがい知れることにもなった。  宰相は、さっそくタータイヤ王国に入り込ませている諜報員に指示を出した。主国を侮辱したのは反逆の意思があるからか、それともタータイヤ王家に何かしらの問題が起きているのか確認するためだ。 「ま、何か出たとしても僕には関係ないけど」  そうつぶやいたミティアスは、不出来な人形のようにじっとソファに座るメイリヤ姫を眺めた。  くすんだ灰色の髪は真っ直ぐに伸びてうなじを隠すほどの長さはあるが、パサパサとした印象が強い。痩せて貧相な体からは女性らしさがまったく感じられず、艶のない肌は青白く病的にも見える。  顔を合わせてから三日が経つが、ミティアスはまだ一度も姫の声を聞いていなかった。視線が合うこともなければ、何か反応があるわけでもない。 「ほんと、人形みたいだよね」  それでも飽きずに姫の元を訪れるのは、左が紫色で右が淡い碧色という世にも稀な瞳をしているからだ。  王城に到着したときにはすでにベールを着けていたそうだから、誰もこの瞳には気づいていないだろう。もし知っていたら、ミティアス以外にもこの姫をほしいと思う王族や貴族がいたはずだ。不作法と叱られても、あのときベールの中を覗いてよかったとミティアスは思っていた。 「まぁ、たとえ横やりが入ったとしても、僕がほしいと言えば手に入っただろうけど」  つぶやいたとおり、昔からミティアスの手に入らないものは何もなかった。ほしいものはもちろんのこと、そうでないものまで大抵のものは手元に転がり落ちてきた。  たとえ転がり落ちてこなかったとしても、ミティアスが囁いたり微笑んだりすれば、向こうから勝手に転がってきてくれる。黄金に輝く髪に緑玉の瞳という王族特有の優れた容姿を使えば、大抵のことは思うままにできた。  そんな性格のミティアスを兄たちはたびたび叱責した。姉たちからは、せめて女性の扱いは一級品であれと躾けられたが、兄姉たちの心配などおかまいなしにフラフラと遊び歩いた。  こんなふうにミティアスが自由でいられるのは、兄二人姉二人と跡継ぎに恵まれているからだった。優秀な兄たちには子どももおり、美しい姉たちは有力貴族を伴侶に得ている。いずれも跡継ぎに恵まれ、隣国との間に戦争が起きたとしても問題ないほど国力も安定していた。平和を享受する民たちは豊かな生活を送り、国を導く王家は愛され慕われているため謀反といった物騒なことも起きそうにない。  おかげでミティアスは、生まれたときから王位継承といった厄介事に巻き込まれることがなかった。末っ子として母や兄姉たちから十分に可愛がられてもきた。  だから王子らしからぬほど自由奔放に育ったに違いない、とは周囲の言葉だが、それをミティアスが気にすることはなかった。何かしでかしたとしても、人当たりがよく見目もよいミティアスに微笑まれると、皆大抵のことは許してしまう。  そんなミティアスだったが、さすがに二十四歳にもなると妃殿下問題が浮上するようになった。国内外の有力貴族や王族に目が向けられる中、タータイヤ王国からの新たな人質も候補になっていた。 「いかにミティアス殿下でも、さすがに人質を伴侶には迎えまい」  大方がそう考えるなか、「僕がタータイヤの姫の伴侶になりましょうか?」と手を上げたのはミティアス自身だった。  ミティアスの提案にほとんどの貴族は反対した。同性でないどころか、自由奔放なミティアスと(めあわ)せるべきではないというのが大方の意見だった。「もし子でも生まれたら」と危惧する貴族たちに、ミティアスは「皆が心配するようなヘマはしませんよ」とにっこり笑ってのけた。  散々話し合いがもたれたが、最終的には王が決断し、新たな人質の伴侶として正式にミティアスが選ばれた。それはメイリヤ姫がやって来る半年ほど前というギリギリの時期の出来事だった。 「だって、人質が伴侶なんておもしろそうじゃないか」  ミティアスは、三十年に一度やって来る人質という存在に興味があった。人質を伴侶にしたらおもしろいのではないかと考えた。形だけとはいえ伴侶を得るのだから、しばらくは周囲もうるさく言ってこないだろうという打算もあった。  聞けば姫は十八歳だというし、気に入れば相手でもしてやるかと気楽に考えていた。気に入らなければ伴侶として丁重に扱いつつ、これまでどおり自由にすればいい。 「これまでの人質って、どうだったんだろうな」  三十年前の人質は男性で、先王の従弟の伴侶になった。平凡な見た目ながら歌がうまく、心根の優しい人物だと言われている。十年以上前に従弟大おじが正妃を亡くしてからは、二人で領地に引きこもり仲良く暮らしているらしい。  ここ百年ほどの記録を見ても、伴侶となった王族と人質は仲睦まじく過ごしている。いずれの王族も人質と共に王宮から離れた領地で暮らしていたため、それ以上のことはわからない。ミティアスが調べた限り、どんな人質だったかも詳しい記録は残されていなかった。 「それにしても、どんな育ち方をしたらこんなふうになるんだろうね」  何度か話しかけてはみたものの、姫はほとんど反応を見せなかった。初日に小さい声ながら名前を名乗ったらしいので、話せない訳ではないのだろう。感情がないのか表情は乏しく、瞬きをしなければ本当に人形のように見える。  そう思いながらも、ミティアスの目は姫の顔をじっと見つめ続けた。 「ま、しばらくはこの瞳を眺めるだけでいいかな」  綺麗な紫色の瞳は初めて見るもので、まるで宝石のようだと思った。淡い碧色は、アンダリアズ王国の北部にある花の泉の色に似ている。  どちらの瞳も、陽の光を浴びれば綺麗に輝いて見えることだろう。しかし“捕リ篭(とりかご)”と呼ばれるこの部屋には窓が一切なく、姫が陽の光を浴びることはできない。  この部屋には、鳥のように奔放だった伴侶が手元から飛び立たないように捕らえるため、当時の王が作らせたという逸話が残っている。そういうこともあってか、いまやその使われ方は完全なる牢部屋だった。  メイリヤ姫は主国を侮辱した罰として、この牢部屋での軟禁生活を強いられている。ここに通うのは名目上の伴侶であるミティアスだけで、ほかは食事やベッド、衣服を交換し整える数名の侍女が出入りするだけだ。王族なら入浴や着替えの手伝いが必要だろうが、命令を受けていない侍女らがそこまで世話を焼くことはない。彼女たちは正式な主人(あるじ)でもない隷属国の姫に関心はなく、ただ職務としてそつなく仕事をこなしているだけだった。  だから誰も姫の瞳に気づいていない――現状のすべてがミティアスにとって好都合だった。この稀有で美しい瞳を独り占めしているのが愉しくて、こうして毎日通っては人形のような姫を日がな一日眺めて過ごしている。 「さすがに、どうこうしたいって欲は湧かないけどね」  兄たちが小言を言い、姉たちが心配をするくらい、ミティアスは性に奔放だった。大貴族の令嬢から平民の娘、果ては男娼に至るまで、じつに自由気ままに恋を謳歌し浮名を流している。そんなミティアスでも、さすがに眼前の奇妙な姫に食指は動かなかった。  そのうちこの類い稀な瞳に飽きたら、また楽しく遊び歩けばいい。この姫ならうるさく小言を言うこともないだろうし、何より煩わしいやり取りすら必要なさそうだ。それに一応は伴侶を得たのだから、兄たちもいままでのように口うるさく言ってくることもないだろう。ミティアスにとっては、すべてが喜ばしい限りだった。 「でも、この瞳を誰かに知られるのは嫌かな」  侍女たちに気づかれる前に手を打ったほうがいいかもしれない。そう考えたミティアスはしばらく宙を見て思案したあと、にこりと笑って“捕リ篭(とりかご)”を出て行った。

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