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3 王子の側近と姫の侍従

 姫がアンダリアズ王国に到着してから十日経った日の午後、タータイヤ王国から一人の青年が到着した。黒髪に濃紺の目をした青年は名をシュウクと言い、メイリヤ姫が生まれたときから仕えている唯一の侍従であり世話係だという。  この侍従を呼び寄せたのは、ほかでもないミティアスだった。  奇妙な姫の世話は王宮の優れた侍女たちでも難しいだろう――と言ったのは建て前で、美しい瞳の存在を侍女たちに気づかれる前にどうにかしようと考えた結果だった。調べたところメイリヤ姫には侍従が一人いたことがわかり、ちょうどいいからと呼び寄せることにしたのだ。  姫の境遇をわずかばかり不憫に思っていた姉たちの口添えもあり、侍従の手配は滞りなく速やかに行われた。そうして到着したのが、この若く美しい青年だった。 「お初にお目にかかります。タータイヤにて、侍従を務めておりましたシュウクと申します」 「うわぁ。声も麗しいとか、どれだけびじ――」 「殿下」  ミティアスが「美人」と言い終わる前に、背後に控えていた長身の男にたしなめられた。チラッと振り返ると、金の短髪に碧眼の男が片眉を上げてミティアスを見ている。 「さすがに初対面でそれはどうかと思いますよ」  わずかにニヤリと笑う顔は男臭く、堅物な兄たちとは大違いだとミティアスも笑い返した。  元王宮騎士だったこの男は、現在ミティアスの護衛側近を努めている。年は三十七を過ぎたところで、上の兄の乳兄弟でもあった。そのため幼い頃から一緒に過ごす時間も多く、ミティアスにとっては年の離れた兄のような存在だった。  ミティアスは、この男のことを昔からとても気に入っていた。一番好ましく思っているのは、下世話な話題にも気さくに応じる性格だった。やたら堅苦しい兄たちとは違い、考え方が柔軟で真面目すぎないところもいい。大国の王子である自分と(かしこ)まらずに話ができるところは最高に気に入っている。  だから、長年王宮騎士として仕えていたところを自分の護衛側近に引き抜いた。難色を示した上の兄も、ミティアスが何度も頼み込むと根負けしたのか許してくれた。  そういう経緯もあり、兄姉たちの言うことを聞き流すミティアスも、この男――ダン・ベラートの言うことには耳を傾けた。  そんなダンは、いまだに独り身を貫いている。激務と言われる王宮騎士や王子の護衛という職務のせいだと本人は話しているが、周囲はミティアスへの気苦労のせいだろうと思っていた。そう思われていることを、ミティアス自身も知っている。 (知っているけど、いまさらこの性格は変えられないしなぁ)  誰かに会うときは必ずダンに話をした。贈り物を届けるときもダンに話した。面倒ごとが起きそうなときも当然真っ先に話す相手はダンで、それは護られる立場として当然のことだった。  こうした行動について以前はダンにも釘を刺されることがあったが、いまでは何も言ってこない。だからといって苦労がないわけではないのだろう。メイリヤ姫の瞳のことも早々にダンに話をし、シュウクという侍従の存在を突き止めたのもダンだった。  こういう小さな出来事の積み重ねが大きな気苦労となり、名家であるベラート家の次男でありながら婚期を逃したに違いないことはミティアスにもわかっていた。 (いつかは恩を返さないとと思ってはいるんだけどね)  そんな不憫な側近と美しい侍従を連れたミティアスは、姫のいる“捕リ篭(とりかご)”へと向かった。 「お久しぶりでございます」  窓のない、誰が見ても牢部屋だとわかる部屋に入ったシュウクの最初の言葉は、そんな姫への挨拶だった。そのことに、ミティアスが幾分か眉をひそめる。  たしかにアンダリアズ王国は人質に不満を抱いてタータイヤ王国に罰を課してはいるが、普通、自国の姫が牢部屋に軟禁されていれば不快に思うはずだ。それに姫が生まれたときから仕えているのならば情もあるだろうし、不遇な現状を嘆くものではないだろうか。  声をかけられた姫のほうは相変わらず人形のように反応がなく、本当にこの男が昔からの世話係なのか疑問さえ湧いてくる。  訝しむミティアスの前で、シュウクは姫の正面の床に両膝をつき、小さな手をそっと取って再び口を開いた。 「シュウクでございます、殿下」  すると、ぴくりと姫の体が動いた。灰色のくすんだ髪がわずかに揺れ、ゆっくりとシュウクに顔が向けられる。 「…………シュウク?」 「はい、殿下。またお世話をさせていただくことになりました」  とてもか細いものではあったが、侍従の名を呼んだ声はたしかに姫の口から漏れ出たものだった。そして、何ものをも映さなかった美しい瞳を、間違いなくシュウクへと向けている。  その様子を見た瞬間、ミティアスはなんとも形容しがたい気持ちになった。悲しいような苛立ちのような、戸惑いのような焦りのような、どうにも表現できない奇妙な気持ちが湧き上がってくる。 「ミティアス殿下、よろしくお願い申し上げます」  そう言って深々と頭を下げるシュウクに、「あぁ、うん」と答えはしたが、ミティアスの視線は姫に注がれたままだった。

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