待って。どうしてこうなった？ 　　 　櫻川 莉良(さくらかわ りら)は、両腕を壁に押し付けられていた。男の抑える腕は細いくせに、がんとして動かない。足をばたつかせてクッションを蹴飛ばす。男は、無表情で莉良のことを壁に追い詰める。近い……。顔が、吐息が。心臓の音が。全部、聞こえてしまう。 「莉良くんのためですから。我慢してください」 　男は耳元でそっと囁く。そして、つつ、と静かに莉良の腕を掴んできた。莉良は、ぴくと肩を揺らす。無言で身体を撫でられ、触れられ。気がおかしくなってしまいそうだ。 　不意に、男が顔を近づけてきた。唇ぎりぎりまで。莉良はきゅ、と口を結ぶ。男の顔は、相変わらず無表情で。自分を見下ろす瞳と目が合った。冬狐のような弧を描く瞳。 　身体を抱きしめられた瞬間、身体中の細胞が騒ぐのを感じた。男の着ている5ミリ程度のシャツ越しの熱。こんな薄布では、互いの温度などすぐに溶け合ってしまう。無言で抱きしめられている間、莉良は頭を必死に働かせて記憶を辿る。こんなはずではなかったはずだ。だって、これは……ほんとうの莉良ではないから。「村おこし」それが、始まりだった。