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1.望みは薄いが諦められない
朝のニュースでピケモシナ星の親善大使が特産品の紹介をしている。
「モピシ芋の羊羹か。日本向けかな」
朝食のコーヒーを飲みながらニュース画面を追った。会社同期のピグモリア(愛称:ピグ森)もピケモシナ星の出身だ。
俺が小さい頃、まだ生きてたひいばあちゃんはピケモシナ星人を見ては『ピ○モンに似てる!』って言ってたっけ。気になって古い画像を検索してみたけど、あんな動物っぽくない。ピグ森は普通に人型体形だし。体毛とか指の長さとかクシャっとした顔とかは似てるかなって程度だった。ひいばあちゃんの小さい頃は異星人を悪に仕立てた動画が流行っていたらしい。今じゃ差別的すぎるから放送されないけど。
そうだよ、違う星からきたって良い奴も悪い奴もいる。ピグ森なんて良い奴すぎて損してるんだから。
俺が先輩から頼まれた忘年会の幹事も、大変そうだからって手伝ってくれてる。誰にでも優しいんだ。俺のこと好きだから手伝ってくれてる、ってことなら嬉しいんだけどな~なんて、ピグ森に片想い中の俺はため息をついた。
宇宙人と交流するようになったのは親が子供の頃。最初はおっかなびっくりだったらしいけど、すぐに宇宙人ブームが起こった。ごく一部が、宇宙でも通用する人間になれるように宇宙人っぽい名前を! なんて盛り上がったせいで、俺の名前は『柏木ナビトリク』になった。
コスモネームって揶揄されるけど、同じクラスに似たようなコスモネームの友達がいたから俺はそれほど気にしてない。気にしてないけど、いちいち微妙な反応されるのは面倒に思う。新人研修の自己紹介で微妙な空気になったあと、コスモネームの由来を聞いたピグ森が『歓迎されてるみたいで嬉しい』って、ホワワンて笑ったんだよな。
それいらい、ピグ森が気になってなんとなく目で追いかけてたらいつの間にか好きになったんだけど、関係は同期のまま。仲良くはなったんだけど、ピグ森は俺と違って異性愛者だからどうにもできないでいる。
なんかさ~、俺でもアピールできることないかな。
歯磨きしながら見た鏡に映るのは、パッとしないぼんやりした顔。仕事がバリバリできるわけでもないし、面白い話もできない。
就活のとき俺の良いトコを友達に聞いたら、特徴ないから嫌悪感がわきにくいんじゃないかって言われたっけ。嫌悪感わくよりはいいけどさ~、ハッキリ言うとどうでもいいってコトだろ。サラ髪にして頑張れば雰囲気イケメンになれるって励まされたけど、剛毛チリ毛テンパ相手の戦いに疲れた俺は放置してる。
こんなんで、抱いてほしい、本当は付き合いたいって言えるわけないよな~。
もう一度ため息をついて出社した。
会社について自分の席に座り、コーヒーを一口飲んだ。あー仕事したくない。
「おはよう、柏木」
「あ、鈴木主任、お早うございます」
「忘年会の準備進んでるか? 任せちゃって悪いな。客先のトラブルが続いててさ」
「大変ですね。こっちは大丈夫です。店の予約もできたんで」
「お、早いな。柏木に頼って正解だったわ。頼むな」
「はい」
爽やかな笑顔で去っていった鈴木主任の後ろ姿を見送った。あ~、カッコいい。俺もあんな爽やかな男になれたらいいのに。そしたらちょっとは希望があるかも。
コーヒー飲みながら眺めてる視界に、ピグ森が入った。赤っぽいオレンジの体毛がクルクルしてて今日も可愛い。俺の二倍くらい長くて細い指に持ってるマグカップを机に置きながら、顔をクシャっとさせて笑った。
「おはよう、柏木」
「ピグ森、おはよう」
「忘年会の話? ……柏木って鈴木主任のこと、けっこう見てるよね」
ピグ森が俺の視線の先を見ながら言った。そっちじゃなくて俺を見てくれると嬉しいんだけどな~。
「うん。ほら、カッコよさの秘訣を知りたくて」
「……そうなんだ」
「俺もあんなに爽やかで、仕事できる男だったらな~ってさ。鈴木主任モテるだろ?」
「そうだね。忘年会のとき、誰が鈴木主任の隣に座るかで盛り上がってた。柏木も狙ってるの?」
「いやいやいや、俺は憧れだけだし、そんな熾烈な競争に入ったらメンタルやられる」
「憧れ?」
「うん、できる男って感じがするから」
まあ、俺が好きなのはピグ森なんだけどね! って言葉は飲み込んだ。
雌雄同体のピグ森が雄型なのは女性が恋愛対象だってことなんだよね。ネットの説明じゃ、ピケモシナ星人は産まれたときは中性で思春期になったら性指向で性別が変わるらしい。膣は肛門の中にある、いわゆる総排出口だ。男女の見た目はあまり変わらない。女はおっぱいがちょっとあって、男はチンコがついてるくらいの違いだ。
鈴木主任みたいにイケメンなら、女じゃなくてもワンチャンあるかも、って考えただけ。
あ~あ、男が好きじゃないならどうしようもないよね。
チクっとした胸の痛みは笑って誤魔化して、話を忘年会準備に戻した。
「ピグ森のお陰で準備も順調だな。ありがと。あとはゲームの景品か」
「どこへ買い出しに行こうか?」
「あそこのショッピングモールは? 大きい雑貨屋が色々入ってるし」
「そうだね」
「……、あー、もしヒマなら休みにの日に行かない? 残業とかあってもあれだし、ゆっくり見れるし」
「いいね。次の休みにする?」
「うん」
うぉっし! ちょっと強引かもしれないけど、オッケーもらえりゃなんでもいい。
やってやったぜ。デートだっ! 一方的だけど。それでもいい。ピグ森の私服が見れる! 言い訳、わざとらしくないよな? 引かれたら泣いちゃう。
メチャクチャ浮かれたせいで、あまり眠れないままデート当日を迎えた。
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