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第10話

「なん、で」  風間は携帯電話を耳にあてたままじっと僕を見つめている。謝りたい?今さら、何を?そもそも謝らないといけないようなことをしたのか?僕は、謝られるような立場なのか。  立ち尽くす僕から視線を逸らして携帯を尻のポケットにねじ込むと、風間は長い腕を上げてタクシーを停めた。その長い腕が、僕を捕まえる。  行ってどうする?  もう吹っ切れたんだろう?僕ももう大丈夫。異動して、物理的にも離れて、ちゃんとした生活を送って、風間とはもう会わない。そうだろう?それが多分、お互いにとって一番優しい結論だ。 「絶対来てくれないと思った。だから、浚いに来た」  僕の携帯電話がまた着信を受けて震え始める。ディスプレイには藤田さんの名前。それを見つめる僕を、見つめる風間は何も言わない。  相手が風間じゃなければ、あとで行くよと僕は言っただろう。藤田さんは疲れているし酒も入っていた。一晩じゅう僕を放さないというわけじゃない。だから、ほんの少し前の僕なら、藤田さんの相手をして、その後でまた別の人のところへ行くことができた。  だけど、もう嫌なんだ。  僕は風間に腕を引かれてタクシーに乗り込んだ。  僕らが泊まるホテルと大差ない、全国にチェーン展開しているビジネスホテルの一室。強すぎるほどの冷房が心地いい。今夜は本当に暑い。 「今日は本当にすみませんでした」 「…………」  僕は思わずため息をつきそうになった。謝るって、その話だったのか。風間のその一言で、僕は何もかもが虚しくなった。何を期待していたんだろう。 「もう、いいって言っただろう」 「藤田さんの顔見たら、どうしてもムカついた」 「やめろよ。そういうことを言うな」 「またあいつとヨリ戻したんですか」 「関係ないだろう……!高木さんはどうしたんだよ!」  風間はぎょっとしたように黙り込んだ。僕はその反応にひどく落ち込んだ。図星だったんだ。 「なんで高木さんのこと」 「仲がいいんだろ?仲良くしてるんだろう。じゃあもう、いいじゃないか。僕は風間が優しくしてくれるっていうから全部切ったんだ。だけどそうじゃなくなったのなら、僕は風間と寝ないし、前まで通り好きにさせてもらう。もう風間には関係ないし、一度は僕を思い通りにできたんだから気が済んだだろう?僕は異動するし、顔を合わせなくて済む。最近高木さんが来ないのは僕のせいか?だったらあとちょっとの辛抱だ。上手くやればいい。僕は藤田さんに誘われているから、もう帰る」  僕は一気に、今まで言いたかったことを吐き出した。できればこんなことは言いたくなかった。物わかりのいい大人でいたかった。最後くらい、僕が風間に優しくしてあげたかったのに。  僕が踵を返して出て行こうとすると、風間が僕のバッグに手をかけて思い切り引っ張った。斜め後ろへ重心が動いて、よろけた僕の身体を風間が抱きとめる。 「……謝りたい。ごめん。許して欲しい」 「やめ、てくれ」 「本当に俺は最低だよ。高木さんと寝たし、あの人が好きだった。だけど振られた」 「ご愁傷様。次を見つければいい。僕はもう、うんざりだ」 「信じてもらえないかもしれないけど、俺は」 「勝手にすればいい。僕には関係ない」  やっぱり風間は高木さんが好きだったんだ。僕はもう何も受け入れられなかった。好きな人を、風間はどうやって抱くんだろう。僕にしたのよりもずっとずっと優しくするんだろうか。好きだって言いながら?  僕は風間を突き飛ばしていた。 「馬鹿にするな」 「そんなんじゃない!勝手なのはわかってるけど、でも」 「しばらく僕で我慢しておく?それでまた、いい人を探して、そっちを好きになって、そうしたら僕はまたほったらかしだろう。それでも抱かせろって?それのどこが優しいんだ!話が違うだろう!僕は嘘をつかれるのは嫌いだ!」 「克彦さん……」 「もういいんだ。いいきっかけだった。だから、頼むからもうほっといてくれよ……!」  どこまで情けないところを見せればいいんだ。このままじゃ、高木さんに振られてざまーみろぐらいは言いかねない。好きだったんだ、多分。もう前回がいつだったかさえ定かじゃない、そんな久しぶりの恋心だった。だからみっともない別れなんて、……違う、別れじゃない。そうだろう?僕は、風間と僕の関係は。 「好きなんです」  床に落ちたボストンバッグを拾い上げようと、過剰なトレーニングで強張る身体を屈めた僕に、この期に及んで風間が優しい言葉をくれた。いつもよりもずっと低い、ふてぶてしい様にさえ聞こえる声で、無理やり吐き出したその言葉。僕は目を閉じて、鼻から息を吐いた。 「……ありがとう」 「克彦さん!」 「らしくないな。いつもの風間なら、もっと楽しそうに明るく口説いてくれるのに」 「……確かに、あんたに手を出したのは興味本位だった。最高に楽しかった」 「でも飽きた。そうだろう?」 「……サイテーを承知で言えば、飽きたんじゃない。ただ、他の人に目が行った」 「だと思ったよ」 「比べるつもりはないけど、あんたとは違うタイプで、最初はあの人にも興味本位で」 「僕が言えた義理じゃないけど、そのうち身を亡ぼすぞ」 「あの人にはほかに好きな人がいて、だから合意の上での遊びだったんだ。だけど俺だけがのぼせ上がってた」 「子供だからな」 「……そう、俺は子供だった」  風間はひどく不機嫌そうだ。言いたくないのなら言わなければいい。僕を好きだなんて。誰とどう付き合っていたかなんて。僕だって聞きたくないんだ。不本意な優しい言葉なんて、意味がない。  僕は唇の端にわずかに笑みを乗せて、風間に手のひらを向けた。 「もういい」 「聞けよ!俺が、自分が子供だってことを認めるのが、それをあんたに話すのが、どんだけ恥ずかしいと思ってんの!?」 「え……?」  僕が改めて風間を見ると、真っ白いはずの耳が真っ赤だった。恥ずかしい?辱められたのは僕だと思うんだけど。  風間はじっと見つめる僕の視線から嫌そうに顔を背け、ボソボソと言葉を繋ぐ。 「……高木さん、好きな人に告白するからって、俺との関係を切ったんだ。最初っから打算で近づいた俺に、あの人泣きながら謝ってくれた」  僕はぼんやりと、高木さんはその好きな人とうまくいったんだろうかと考えた。いつも愛想よく、僕に笑顔で話しかけてくれる高木さんは、そう考えさせるだけの人徳があるというか、人柄を感じさせる人だった。だから、風間と別れる時に泣きながら謝るというのが、ひどくあの人らしいような気がした。僕には絶対にできない。 「その時も、俺、本当に自分がガキで嫌になった。頭冷やして、……克彦さんが気になった。調子いいよね。でも、高木さん見てて、俺もちゃんとしようって。なのに、今日だってあいつの顔見たら冷静じゃいられなくて……」 「……」 「克彦さんが怒るのは当たり前。だけど、お願い。一回だけ、俺を許して欲しい。もう絶対」 「信じられない」 「……」  信じられないよ。当たり前だろう。僕にはほかの男を全部切れと言って、優しくしてあげるからと嘯いて、だけどあっさり他の人に目を奪われたんだろう?そういうのって治らない。僕が今夜、藤田さんの誘いに乗ろうとしているのと同じだ。  風間はギュッと眉間にしわを寄せて、唇を噛む。そんな表情でも、顔がいいと様になるもんだな。 「……俺のこと、嫌いですか」 「もうすぐ、僕は異動するから。すぐ正気に返るよ」 「正気です」 「気の迷いだよ、僕が好きだなんて」 「本気です」 「嘘だ」 「克彦さんが、選んで。いいでしょう、俺がどんな気持ちでも。俺を利用してよ。嫌いじゃ、ないなら」 「そんなこと」  利用なんて、できない。風間の言葉にこころは揺れる。余裕なさそうに、言いづらそうに、何の駆け引きもテクニックもなく僕を欲しがる風間の態度はこころに響く。僕にそんな風に好きだと言ってくれた人は今までいなかったから。 「絶対に、優しくする。今度こそ絶対だから」 「……絶対?」 「うん。俺、高木さんに好きだって言ったけど、克彦さんに言う方がずっとずっと緊張した。克彦さんも同じ気持ちでいて欲しい。そうなるまで待てって言われたら、待つから」 「僕は」 「お願い。優しくなくて、ガキでどうしようもない俺を、好きになって。それでも精一杯、優しくするから」 「……」 「好きだって言ってよ。お願い。俺に、優しくして」  僕は目を閉じた。風間は今にも手膝をついて頭を下げそうな勢いで僕に懇願している。次にもしも好きな人ができたら、僕は優しくしてあげたいと思っていた。それは、こいつなんだろうか。 「克彦さん……」 「キスしてくれ」  どうしていいのかわからなくて、僕はゆっくりと目を開けて風間を見る。自分の気持ちも風間の本心もわからない。もう、キスで決めよう。パチリとひとつ、風間が驚いたように瞬きをした。 「それって、キスがうまければ、俺を好きになってくれるってこと?」 「……さあ?」 「……」  どんな顔をして、どんなキスをするつもりだろうか?  僕がジッと見つめていると、風間はソワソワと視線を揺らしている。 「……目、閉じてよ」 「……」 「マナーでしょ!?」  それは初耳だと思ったけれど、僕は素直に瞼を下ろした。  風間は、そっと僕の両方の指先を握ると、エロくも激しくもない、柔らかい唇を押し付けるだけの、この上なく優しいキスをくれた。どんな人も一瞬で目が覚めて、恋に落ちてしまうような、王子様みたいなキス。唇が触れ合う距離で、彼は囁く。震える唇、震える声で。 「……好き、です」 「……僕も風間を、好きになる」 「本当に?」 「ああ。そうしたら」 「ずっと克彦さんにだけ、優しくするよ」 「一度だけだ」  二度目はない。絶対に、次はない。風間は泣きそうな顔で僕を抱きしめて、ありがとうと呟いた。 「ごめんね、痛い?」 「あ……!!」  抱きしめあって何度もキスをして、好きだと囁けばもう止まらない。狭すぎるベッドに転がる余裕さえなく、風間は僕に壁に手をつくように言って、後ろから僕にキスをしながら下半身を裸にしていった。足首のあたりに下着もスラックスもまとわりついたままだ。長い腕を伸ばして、風間が自分のバッグから取り出したのはローションで、用意がいいんだなと呆れた。僕も持ってきてるから、人のことは言えないんだけど。 「そのままで、いい」 「え?」 「つけるな」 「……いいの?俺、溜まってるから。すっごい量出すよ?」 「いい、からっ。早くしろよ……!」  自慢にならないけれど、僕だって溜まっている。風間と疎遠になって以降誰ともしてないし、オナニーだってほとんどしてない。だから、風間の指を飲み込んでいる尻の穴がとろけそうになっている。風間の台詞に、期待して反応してしまう。 「俺、喜んでんの、わかります?」 「ん……はぁ……ん!な、に……?」 「克彦さんのここ、狭いね。初めてした時とおんなじくらい」 「……」 「俺以外と、してないんだ?マジ、嬉しい……」  僕は息を詰めて挿入の刺激に耐え、耐えきれない声を噛み殺しながら、壁に爪を立てる。待ちわびたその熱に、あっという間に頭の中から体の芯まで全部がドロドロと溶けていく。風間が荒い息を吐きながら、僕の手に手を重ねた。指を絡ませて、握り合えば、さらに奥までペニスが押し込まれる。 「好きだよ、克彦さん。もう、誰にも渡さない。いいよね?」 「ん、あ、いい、から、もっと」 「本気だよ?俺だけのバリネコちゃんにするから。俺にしか、脚開くなよ」 「んああぁ!や、あ、ああっ!……あ、あああぁ……っ!」 「くっ……!」  後ろから全身で抱きしめられて、激しい動きで腰をドンドンと打ち付けられて、初めて風間が僕より先に達した。色っぽいうめき声と、喉を締めるように漏れる息が、耳にかかってゾクゾクする。自分の中で存在感を示す太くて長い塊が、脈動しながら精を吐き出しているのを感じる。 「は……サイ、アク……」 「え?」 「どんだけ、早漏……」 「ふ……いいだろ、たまには」 「よくないよ……」 「よかったんだろ?」  僕が首を捩じって風間を振り返ると、汗を滴らせながら頬を紅潮させて、風間が僕を見つめている。たまらなくて、思わず腰を揺らして、舌を出す。口が、さみしい。 「キス……エロイの。あと、」 「早漏だけど、若いから」 「ん、ふ……んん!ん、く……あ、ああ、あああ!」 「俺が好き?ねえ、言ってよ」 「す、き……好き、だ、あ、はん……!」 「傷つけて、ごめん」  たっぷり奥に種づけしたはずの風間のモノは、衰えることなくそのまま僕の中を擦りまわして、痺れるような強烈な快楽に僕を突き落す。膝がガクガク震える。僕は手のひらだけで自分の身体を支えられなくなって、頬も肩も壁に押し付けて、その代りさらに腰を後ろへ突き出して、風間のモノを後ろの孔で、根元までたっぷりと舐めあげる。限界が、絶頂が近い。  ジャケットの中のシャツは汗で貼りついて気持ちが悪いほどだ。ああ、もう、暑くて、何も考えられない。気持ちよくて、たまらない。 「克彦さん……いいよ、すっげえいい……ああ、ほら、わかる?今グググッて奥、痙攣した」 「わか、な……!あ、は……っ、ん、あ、いく、いく、いい、くる……!」 「たっぷり出して、マジイキして」 「やー……!!や、だ、め、イク!イクイクイクイク……!!い……くー……!!!」  風間はすっぽりと腕を回して僕を二の腕辺りから抱きしめると、壁から引きはがして身体を起こさせる。縋るもののなくなった僕は不安定になり、ガンガン掘られて痙攣を繰り返す。背中に感じる筋肉は、ひどく頼もしくて、反り返るようにもたれかかったらさらにギュッと抱かれて、射精の瞬間の衝撃を緩和してくれた。  身体中を強張らせて、僕は派手にぶちまけた。あまりの気持ちよさに、その絶頂感は長く続き、涎とともに声を零しながら、余韻を貪るようにゆるゆると勝手に腰が動いて、風間に押し付けている。  風間の腕が緩んだと同時に、僕はその場にズルズルと崩れ落ちた。壁には、僕の精液が垂れていた。  ■ 「恭一、いい加減にしろよ」 「それはこっちの台詞だよ!邪魔しないでよ!単位取れなかったらどうすんの!?」 「知らない」 「それが大人の台詞!?克彦さんのバカ!」 「なんで僕の家まで来て課題やってるの?そんなことしに来たのか?」 「違います!わかってます!俺だってエッチなことをしたいんです!」 「早くしろよ、もう」  僕は異動をきっかけに実家を出た。兄も妹も所帯を持っていて子供もいて、僕の性癖にうすうす気づいている両親は、僕がいつまでも実家にいることを咎めたことはなかったけれど、いざ出て行くとなったらようやく自立する気になったかと笑っていた。  場所は職場と、風間の大学の中間くらい。彼はよくこの部屋にいるようになった。 「克彦さん、キャラ変わったよなー……」 「恭一も。年相応になった」 「子ども扱いすんなっつーの!」  今日は休講が重なって、僕も仕事が休みでゆっくり一緒に過ごせるというのに、彼は明日提出締切の課題にかかりっきりだ。なかなか見ない光景を、僕は意外と楽しんでいるけれど、身体はそうもいかない。フローリングに直接胡坐をかいている風間の隣に腹這いになって、僕は彼の股間に悪戯を始める。 「ちょ……!あとちょっと!もう終わるってば!」 「待てない」 「淫乱」 「嫌か?」 「嫌じゃないから困ってるんでしょーが、エロネコ」 「早く、しよ」  僕は下着の中から風間のペニスを掴み出して、ローテーブルに頭をぶつけないように気をつけながら舌を這わせる。すごい勢いで大きくかたくなっていく様子がたまらない。思わず頬張ろうとしてグッと前のめりになったら、結構な衝撃がきた。思いっきり頭をぶつけたのだ。 「ああ、もう、ほら……大丈夫?いたずらするからだよ」 「いってー……」 「どこ?見せて」 「や、別に怪我は」 「いいから、どこ」  風間は笑いながら僕を引っ張り起こし、側頭部を押さえる僕の手を外させて確認してくれる。うん、バチが当たったんだな。おとなしくしていよう。  風間は大丈夫みたいですねと言い、僕にキスをした。 「お待たせ」 「終わったのか?」 「うん。ちんちん出しっぱなしで課題なんかしたくない」 「ごめん」 「いいよ」  風間は嬉しそうに笑って、もう一度僕に優しいキスをした。

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