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第1話
色々、あると思うんだ、人それぞれのなりたいもの。子供の頃はスポーツ選手だったりお花屋さんだったり、義務教育も終わると看護師さんとか冒険家とか?大学生にもなれば、公務員だとか技術者だとか。
僕は今、二十五歳で会社員。そんな僕がなりたいものは、ビッチです。
きっかけは、職場の先輩。かっこよくて優しくて、ひと目で好きになって毎日惚れ直す。僕の理想にどストライク過ぎて悶える。でもほら、ゲイだから。片思いだったんだよね。
学生の頃は一応僕にも彼氏がいたんだけど、卒業して遠距離になって自然消滅。無料通話アプリもフェイスタイムも、物理的な距離を埋めることはできませんでした。
それが最近、部内の飲み会で隣の席になって。あ、その先輩と。片岡さんっていうんだけど。女性の社員の人の送別会だったんだけど、その人が劇場型だったもんだから、なんとも言えない飲み会でさ。
泣きながら思い出を語り、会社への愛を語り、同僚上司への感謝を叫び……。僕と片岡さんは仕事が片付かなくて遅刻しちゃっって、途中参加ではもうその雰囲気にはついていけずに、ただひたすら、少し離れた席で熱心に飲んだり食べたりしてたんだよね。僕としては内心ラッキーだったんだけど。
「日野、これも食うか」
「はい、いただきます」
「お前、結構食うのな」
「はい、結構食います」
「おう、好きに食えよ」
「はい、片岡さんは?」
「俺はもう、飲むだけ」
確かに僕は結構食う。でも、それは多分見た目の細さにしてはって話で、大食漢なわけじゃない。だけど、片岡さんに勧められたら、断れるはずもない。食べ物も、飲み物も、言われるがままに口に入れた。お腹がはちきれそうだけど、片岡さんが僕を見て笑ってるからしあわせだ。過ごしたアルコールのせいで、僕はとても気分がよかった。
「……片岡さんって、彼女いるんですか?」
「いや?」
片岡さんは爽やかな笑顔で、僕の方にメニュを渡そうとする。いくら費用が全額会社持ちでも、もうさすがに食べられない。僕はゆるく首を横に振って、もう食べないアピールをした。彼はハイハイと僕の頭を撫でて、メニュを元に戻している。
頭、撫でられた……!すごい、嘘みたいだ。
僕は一瞬で舞い上がってしまった。だから、ほどほどで引くという分別がつかなくなり、質問を重ねてしまった。普段なら絶対に聞けないような質問を。
「そうですか。じゃあ、どんな人がタイプなんですか?」
別に、本気で知りたかったわけじゃない。料理の上手な子と言われても、僕には料理なんてできないし、髪の長い子と言われても応じかねる。なのに、聞いてしまった。片岡さんはほんの少しも考えることなく、爽やかな笑顔のままで答えてくれた。
「俺?そりゃあ、かわいくて、優しくて、でもビッチなのがいい」
「デモビッチ……?ストイコビッチとかの友達?」
「ユーゴあたりに多いらしいな。じゃなくて、ビッチ。淫乱で下半身だらしないやつ」
そのビッチ!?片岡さんって、仕事は真面目だし顔はいいし約束は守るし変なセクハラとかも言わないから女性からも人気あるのに、ビッチ萌え!?
僕は一瞬その情報を社内に拡散して、片岡さんを孤立させようかという物騒な考えが脳裏に浮かんだ。そしたら独り占め、とか。そういう馬鹿馬鹿しい考えが思い浮かぶ程度には、僕は酔っていた。
「僕結構、ビッチですけど」
そう、僕は酔ってた。空恐ろしいほどの気軽さで自分の性癖を晒す程度には。しかもビッチには程遠い、経験不足のビビリの癖に大きく出る程度には!!やばい!!!
「今のナシです!!」
「ふなっしー?」
「梨汁ブシャー!!じゃないなっしー!!」
「似てないな」
「でしょうね!?」
「そうかー。日野は意外にもビッチ受かー」
「いや、あの、え?受?って、」
「萌えるね」
なんですって!?
虚を突かれて、鼻からジンバック噴き出しそうになった僕の隣で、片岡さんは楽しそうだ。萌える?萌えるって、なんで?僕がビッチだから?違うけど、ビッチになったら、僕に萌えてくれるってこと?片岡さんが?受って、ネコだよね?片岡さんはタチなの?ゲイ、なの!?
僕はグラスを干し、精一杯媚態を作り、片岡さんに流し目……らしきものを送る。ビッチ、ビッチ……ビッチと言えば、とっかえひっかえだろ?僕は数少ない関連ワードを、アルコールでトロトロの脳味噌からひねり出す。
「僕、えっと……浮気性だけど。どうですか?」
片岡さんは一瞬目を見開いて、すぐにいつもの表情、つまり優しげで爽やかなかっこいい先輩の顔に戻った。僕と同じようにグラスを干し、僕の置いたグラスの隣にそれを並べて、カチンと合わせる。
「日野がビッチねぇ……しかも浮気性か……お仕置きするぞ?でも、懲りないんだろうな、ビッチだと」
「お……!お、お仕置きも、楽しいし?」
「すごいな、ワクワクしてきた」
僕はドキドキしています。
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