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第2話
飲み会は予定通り、二十一時でお開きとなった。主役の女性は飲み足りないらしく、仲の良かった人と徒党を組んで、次の店に向かわんと雄たけびを上げている。
僕はまだ、自分のしでかしたことの後悔とアルコールの影響から抜け出せずにいて、そんなにぎやかな一団をぼんやりと眺めていた。
「日野」
名前を呼ばれながら、腕を引かれた。よろけてぶつかったのは、片岡さん。顔を上げると、片岡さんが笑っている。来いよ。そう、唇だけで囁かれる。店のすぐそばにある細い路地に二人で引っ込んでも、誰にも気づかれなくて、そのまま大通りに抜けてタクシーを拾う。
夢みたいだと思った。ずっと憧れていた片岡さんが、僕の腕をとってタクシーに押し込んでいる。行先は誰でも知ってるホテル街で、運転手さんはちらりと僕らを眺めてから、何も言わずに車を発進させた。
「今日も暑いな」
「……はい」
片岡さんは車が走り出すと同時に、ネクタイを取りボタンをプチプチと外す。シャツの襟元をパタパタする仕草が、横目で見てるだけでも十分色っぽい。僕は緊張して、ギュッと拳を握る。
「日野がビッチ受だなんて、気付かなかったな」
「ぼ、僕も……片岡さんがゲイだったなんて」
「上手く隠せてた?お前のこと、すっげぇエロい目で見てたのに?」
「え……本当に?」
「ふ……可愛いな、お前」
タクシーの中なのに、片岡さんは躊躇いも見せずに僕に心地いい言葉をくれる。可愛い……僕が?そんなこと、ないでしょ。そう言うべきなのに、僕は頬を赤らめて彼を見つめるしかできない。
片岡さんは慣れた様子でタクシーを誘導し、薄暗い場所で停めさせた。手早く料金を支払って、僕を促す。彼は降りてすぐのところにあった、得体のしれない建物の何も書いていない小さなドアを開けて、するりと身体を滑り込ませる。慌てて後を追うと、ひんやりとした冷気の心地いい、綺麗な廊下に出た。
「こっち」
どうやらホテルの裏口だったようだ。あ、遊び慣れてる……!!爽やかで優しくて仕事ができて以下略の片岡さんからは想像できないけれど、もしかして相当の遊び人なんだろうか?じゃなきゃ、ビッチ萌えなんて、普通言わないし。むしろ片岡さんがビッチじゃね?的な。タチだとなんだろう。ヤリチン?……なんだって!?僕の片岡さんに、ヤリチンだなんて失礼だな!!!取り消してもらおう!!
僕がプンプンしている隙に、片岡さんはフロントで部屋を借りてくれたらしい。気づいたときにはエレベータに乗っていて、え?え?と戸惑う僕をあっという間に部屋に連れ込んだ。
何という手際……!さすがわが社のトップセールス……!!
「俺すっげぇ汗かいてるんだけど」
「あ、僕も、です」
「でも、シャワー、後でいいか?」
強引に腕を引かれて、僕は片岡さんに抱きしめられた。シャツ越しに感じる体温はすごく高い。どうしよう。僕、付き合ってもない人とこんなことしたことないのに。好きとか、言っちゃダメなのかな?しがみついてもいいのかな?
「日野」
「キスしてください」
僕がくいっと顎を上げたら、ちょうど目が合うくらいの身長差。想像もしてなかった角度から片岡さんと視線を絡ませて、僕はそう呟いた。一晩の恋かもしれない。もう二度と、触れないかもしれない。そう考えたら、躊躇っている場合じゃないって思ってしまった。恥ずかしがっている時間なんてもったいない。
「いいのか?」
「して。早く」
もっと色っぽく誘えればよかったけれど、僕にはそれが精いっぱいだった。泣きそうになりながら片岡さんを見つめて、懇願する。頭のどこかで嫌われそうだなと思った。そして、頭から浮気性のビッチ設定が吹き飛んでいた。今はただ、片岡さんと抱き合いたい。
片岡さんのキスは溶けそうに上手かった。わずかにべたつくお互いの肌をシャツの隙間から手を差し入れて撫で合いながら、少しずつ深くなっていく。唇が離れるごとに、僕は情けないほどだらしない息を吐き、もっと欲しくて深く息を吸って、彼を見つめる。片岡さんはそんな僕の子供っぽいおねだりに、大人のキスで応えてくれる。
バカでかい、フカフカのベッドに押し倒されて、片岡さんが僕に跨った状態でシャツを脱ぎ捨てた。初めて見る片岡さんの身体は、程よく引き締まっていてたまらなくかっこよかった。思わず手を伸ばして脇腹のあたりを撫でてしまう。
「日野……お前本当に可愛いし、エロいな」
「あ……待って、僕がする」
「え?」
片岡さんがカチャカチャとベルトを外すのを見て、僕は彼の下から抜け出してベッドにぺたりと座った。前の彼氏が唯一褒めてくれたのはフェラだった。その他は、早漏だとか、ケツ穴が小さすぎるだとか、途中で飛んでんじゃないだとか、結構散々で、僕はセックスが上手くないんだと骨身にしみている。
片岡さんもきっと、僕を抱いても楽しくないだろう。すぐにいっちゃわないように我慢して、ケツもできるだけ力を入れずに、気をしっかり持とうとは思うけれど、相手は片岡さんだ。感極まって無様なところを見せる確率の方が高い。せめて、まだ正気なうちに、フェラだけでもしてあげたい。
「ダメ?」
「……いいよ。舐めて」
「うん」
片岡さんは膝で立って、僕の頭を撫でてくれる。僕は彼のスーツのパンツを脱がせ、下着を押し上げている性器を目の当たりにしてドキドキした。
「日野、舐めるの好きなのか?」
「……わかんない。でも、僕、舐めるの上手い、かも?」
「へぇ……」
舐めるのが好きなのではなく、相手が気持ちよさそうにしているのが好きなのだ。さらに言えば、気持ちよかったよと褒められるのが。僕は片岡さんの臍の下あたりに舌を這わせ、音を立てながらキスをする。浮き出た血管が、すごく男っぽい。かっこいい。片岡さん、めっちゃ好き……。
浅履きの下着から、片岡さんの茂みがわずかに見えている。僕は毛を一緒に引っ張らないように用心しながら、下着のウエストのゴムを噛んで、グッと手前に引いてからゆっくりと引き下ろす。目の前に現れた片岡さんのは、すでに硬く張りつめていて、僕は嬉しくて夢中でしゃぶりついた。
「ん、ん……んぐ……んぅ……」
「おいしいか?」
「んふ、ふ……んは……うん」
力いっぱいできる限り、喉も舌も頬の裏側も使って、僕は片岡さんの性器に愛撫した。彼に頭上から話しかけられて、僕はようやく口から性器を出し、舌で先っぽのあたりを撫でながら、彼を見上げる。目が合って、嬉しくて、僕は小さい穴に吸い付くように軽くキスをしてから、頷いた。
「おいしい、です。片岡さんの、すっごい熱い」
「興奮してんだよ。お前が可愛いから」
「ほんと?片岡さんは?僕の口、気持ちいいですか?」
「ああ……出そうだよ」
「出していいよ」
「マジかよ……」
片岡さんは軽く目を眇めて、僕の後頭部を手で掴んだ。求められてる気がして、僕はさっきよりも一生懸命フェラチオに励んだ。喉の奥で彼のを締め付けると、ビクビクって跳ねて、久しぶりの匂いと味に頭が白く霞んでいく。
「気持ちいいこと、しような?」
「ん……して……いっぱい、して……」
下半身をあっという間に裸にされて、僕よりもずっと巧みにあちこちを舐めまわされる。今だけかもしれないから、いっぱいして。僕の中で気持ちよくなって。僕をもっと、気持ちよくして。
片岡さんの太くて硬い性器で身体を穿たれて、胴体のど真ん中、アナルから頭のてっぺんまで一直線に熱い電流が迸った気がした。脳天直撃の強すぎる刺激は、僕から簡単に理性と自制心を奪う。こんなに気持ちいいのは初めてだ。片岡さん、すごい。この人、すごい。すっごく、いい。
「あ、あ、あ……!あああ!!いい、すっごい……い・く、いく……!!」
何度目かはもうわからない。実際自分が本当にいってるのか……射精しているのかもわからない。とにかく、信じられないほどの絶頂感に、口が勝手に「いく」って叫んでるだけの気もする。はしたないと思う余裕もなく、こんなに乱れたら嫌われるかもと心配している暇もない。だって、片岡さんの抱き方って、すごいんだ。身体も熱いけど、ものすごく求められてるって感じる。そういう気持ちが流れ込んでくる気がして、この人になら何されてもいいって思ってしまう。
「だめ、もっと……もっと!やめちゃやだぁ……!ああ……!」
「は……底なしだ……はまったよ、お前に……!」
「ハメて、もっと、奥、来て、もっと……っ!」
終電の時間までのはずだった。だけど全然終われなくて、離れたくなくて、結局日付が変わるまで抱いてもらった。
なんだか夢見心地のままホテルを出て、家が別々の方向だから、それぞれが真夜中の幹線道路でタクシーを拾う。
「……おやすみ、日野」
「おやすみなさい……」
僕の身体は、まだ内側が燻っているような状態なのに、片岡さんはすっかりいつも通りだった。それが本当に悲しくて、僕は彼をじっと見つめてしまった。もう、これっきりかな。そう思うと、タクシーを止められない。
「後で、送って」
「え?」
「これ、俺のメアド。登録して、俺にメール送って」
「……はい!」
片岡さんは、自分の携帯電話のメールアドレスを名刺の裏に走り書きして、それを僕に握らせた。嬉しい……いいのかな?こんな風に特別な秘密をもらっても。
「浮気性のビッチちゃん。今夜はすごくよかった。連絡待ってるからな」
片岡さんは僕の頭を軽く撫でると、ウィンクをして颯爽とタクシーに乗り込んで去って行ってしまった。
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