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第1話

「ほんっと、高木君ってモテないね」 同期の浜中祥子は笑って言った ここは女性に人気の居酒屋さん 俺と彼女の前にはありがちなメニューとビールジョッキ ざわつく店内にこだまする歓声はやっぱり華やかだ 「……モテないこたぁないけどさ」 「えーそう?私、全然気にもならないよ」 それは俺がゲイだから 君が恋愛対象外だから もちろん会社で仲がいいとはいえ セクシャリティを打ち明けるつもりはない 今月もお疲れ様、と乾杯したのが小一時間ほど前 医療関係のメーカーで営業をしている俺たちは 次々と社を去っていく同期を見送ってきた 全国で残ったのは二人だけ 同じ支社にいたのを幸いと ここ数年は飲み友達と化している 今日は三月末日 今月も、どころか今期もお疲れ様って慰労会 ちなみに今月も彼女は必達目標を軽々クリアして報奨金を貰える成績を収め 俺は対前年比さえ危ないところだった…… 一緒に得意先へ行った事はないけれど 頭を下げるとか 甘えるとか そういうのじゃないやり方でかっこよく受注をもぎ取っているらしい 俺なんて契約してくれるなら裸で土下座してもいい覚悟なのに あいにく医師も看護師も用度課のおっちゃんも中材のお姉さんも 俺の提案する商品を買ってくれない それどころか 「で?また失恋?春真っ盛りに?やっぱりモテないよねぇ」 付き合ってた薬剤師に捨てられた 得意先で顔を合わせて ゲイだって一発で見抜かれて一発やらせろってなって 顔も身体も好みじゃなかったけど 飢えていた俺は絆されてしまった 夜となく昼となく都合のいいように呼び出されて それでも付き合ってるんだと自分に言い聞かせて なのに「浮気がばれそう」で捨てられた 浮気だったのか…… いや、落ち込むポイントはすでにそこだけじゃないけど 「あのさ。モテないやつは失恋しないでしょ、恋愛できないんだから」 「なるほど。で?フラちゃったの?」 「……まあ、もともとあんまり好きじゃなかったし」 「え~あんまり好きじゃないのに付き合っちゃうんだ。意外~」 だって絶対数が足りないんだもん 異性愛者だってあぶれてるんだよ 同性愛者に遭えただけでもラッキーで お互いフリーなら多少の事には目をつぶるっしょ! まあ、あっちはフリーじゃなかったんだけど 目ぇ開けとけばよかったなぁ…… 「高木君もさ、趣味とか作れば?」 「趣味?浜中ってなんかやってんの?」 「結構色々やってるんだけど、今はジム行くのが楽しい」 「へぇ……」 「そこで彼氏も出来たし」 「ええ!?なんで、いたじゃん、彼氏!」 「いつの話よ」 いつだっけ? 覚えてないけど さっぱりした性格と愛想のいい笑顔 小柄だけど元気いっぱいの浜中は社内でもよく慕われている 「高木君も行けば?」 「ジム?」 「うん、学生時代運動してたんでしょ?」 「まあ、多少は……」 「なんか、高木君って覇気がないのよね」 「覇気」 「そう、辛気臭いっていうか。身体動かせばモテるかもよ?」 見た目は悪くないんだしね そう言って彼女はジョッキを空けて それを掲げて店員を呼んでいる ジム スポーツクラブ? ガチムチとかスジ筋とか 乳首見えそうなタンクトップのお兄さんとか チンチン半分出てるみたいな水着の兄貴とか そういう素敵な人が集まる場所なんだろうか 身体を動かすのは好きだし そういう男の人たちも大好きだけど 「……月、いくらぐらい?」 「一万円前後かな?全部の時間通える会員だと高くて、夜だけとか昼だけとかだと割安なの」 出せない事はない むしろ月一万円でお風呂付のハッテン場(ただし性交不可)に通えるならお得だ 目の保養と英気を養いに 寂しい身体を慰めてくれるお相手にだってめぐり合えるかもしれない 「浜中、どこのジム?」 「あ、行く?行くなら入会金タダになるチケットあげるよ」 「ちょうだい」 「うん。私は自分の家の最寄駅の店舗だけど、高木君だとどこがいいかな」 「乗り換えの、駅の所にもあったよな」 「ああ。そうだね。あそこのお風呂温泉なんだよ~」 泉質だのはどうでもいいんだ そこへ入る男とその身体が大事なんだ わかってないな 「……ありがと……って期限もうすぐじゃん!」 「明日行けば?休みじゃん」 「明日は俺、展示会行かなきゃダメなんだって」 「あ、そっか~。頑張ってね」 「じゃなくて!」 「明日は搬入はあるけど夕方に終わるでしょ。私なんか明後日の搬出やんなきゃなんだから」 展示会は二日間 準備に朝早く駆り出される初日と 後片付けで帰りが遅くなる二日目 どっちもどっちだけど俺は一日目に当たった 明日帰りに寄ってみよう 「高木君が行こうとしてる店舗、カッコイイ人多いんだって。ま、高木君には関係ないよね」 「関係ないよね」 おおありだっつーの! 俺は浜中に貰ったチケットを大事に財布に仕舞い込んだ 浜中はご機嫌で彼氏の話をしている

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