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第6話
「さっきのは、俺の友達です」
病院からさほど離れていないファミレスで
爽やかな王子様は嬉しそうにエビフライをかじっている
俺はと言えば食欲がなくて
一応頼んだグラタンを目の前に置いたままため息をついていた
「えっと……学校の?」
「はい」
「ああ、じゃあ、医学部の」
「あ、それ嘘です、ごめんなさい」
「え!?どれ!?」
「医学部。俺、工学部です」
「なんで嘘!?」
「なんとなく……第一、うちは附属病院あるんで、もし医学部生が行くとしたらそっちの病院です」
「そりゃ、そうだよね……」
「まあ、あいつはあいつで悪いとこあったんですけど」
「え?」
「あの、ハメ撮りしてたやつ。サトシっていうんですけど」
「ハメ……」
あの性根の腐った薬剤師が
まだ大学に入る前のサトシ君を毒牙にかけて
自分の都合のいいようにもてあそんだらしい
そう、まるで俺のように
別れて随分経つけれど
思い出したようにヤらせろと言ってきて
大学を知られているから逃げ場がなくなってきて
怖くなって恥を忍んで風間君に泣きついたそうだ
こんな背が高くてイケメン王子様なら
頼りたくなる気持ちはわかる
引き受けてあげた風間君も友達に優しい子なんだなぁ
「本当は、病院であの薬剤師捕まえて、あの画像で脅すつもりだっただけなんですけど」
「うん」
「なんでか高木さんがいて、なんかヤバイ感じだったから」
「……ごめんね、助けてもらって」
「全然?きっともう大丈夫でしょ」
「うん……ありがとう」
「顔も身体も好きじゃなかったけど、お金くれるし優しいからってついて行ったサトシも悪いんです」
「……うん……でも、オトナとしては最低だよね」
「ですね。高木さんは、どうしてあいつと揉めたんですか?」
「え……」
いくらなんでもバレバレか
そりゃそうだよな
俺はため息をついて俯いた
ああ
小阪さんも風間君もまだ見ないイケメンさんもさようなら
ゲイだとバレて
あんなところへ通わせて貰うのは不可能だろう
きっと気持ち悪いって目で見られる
俺だって心苦しくて萌えられない
「あ、いいですよ。言いたくなければ」
「へ?」
首を動かすだけで痛い
いや、動かさなくても痛い
でも俺はパッと顔を上げて王子様をみつめた
ニコニコしている風間君は本当の王子様みたい
さらさらした髪が太陽の光で茶色く透けている
「すみません、なんか余計なこと聞いちゃって」
「あ、ううん、そんな」
「高木さんはサトシみたいに馬鹿じゃないと思うし、何か事情があるんですよね」
「いや……」
馬鹿なんです
お金も貰ってなくて優しくもされてなくて
なのに、オトナのくせに引っかかっちゃったんです
ああ、救いがない……
「もしまだ何か困ってたら、俺、何とかしたいけど」
「あ、でも多分、さっきので」
「ですよね。うん。なんかまた余計なこと言っちゃいましたね~俺」
「そんなことないよ!さっきも今も、ありがとう」
「全然でーす」
明るい笑顔に俺もつられる
なんていい子なんだろう
俺はダメダメなのに
そんな俺のためにこんなに気を使ってくれる
もう会えないけど
俺はなんだか悲しくなってようやく空腹を覚えた
痛い思いをしながらスプーンに手を伸ばす
「いてて……」
「高木さん、無理しすぎですよ」
「うん、ちょっとね。身体動かすの好きだから、はしゃいじゃったね」
「もうちょっとトーンダウンした方がいいかも。メニュー組みなおします?」
「……続けていいの!?」
「へ?なんで?そんなに痛いの辛いですか?せっかく入会したのに」
大きな声を出すのって腹筋使ってるんだなぁ
おなかを激痛が襲って俺は黙り込んだ
ううう、痛い
でも、嬉しい
「あー、俺、口軽くないです。忘れっぽいし」
「風間君……」
「なんで、もしさっきのこと気にしてるんだったら、全然大丈夫でーす」
あっけらかんと笑う王子様
ゲイに理解があるのかゲイなのか
それともただ単に俺の恋愛性癖に興味がないのか
いずれにしてもありがたい
萌え度外視でも身体を動かすのは好きだから
「……ありがとう、ね。本当に」
「全然。ねぇ、高木さん、スポーツ何かされてたんでしたっけ?」
「学生時代は野球だね」
「ああ。克彦さんと一緒だ」
「克彦さん?」
「あ、小阪さん」
「小阪さんって、克彦さんっていうんだ」
「ですよ~」
「そっかぁ」
ふふふ
また一つ秘密を知ってしまった
克彦さんかぁ
オトナで柔和なイケメンマッチョの小阪さんにはぴったりの名前だ
「小阪さんって、何歳ぐらい?社員さん?」
「社員さんです。だから、他の店舗にも行ったりしてます。歳は知らないけど、俺と一回り以上違うって嘆いてたからな~」
「風間君は何歳?」
「二十歳でーす」
「若いなー……」
若いって知ってたけどやっぱり若い
でもこんなに若いのに気遣いができて優しいんだから
世の中の若者も捨てたもんじゃないね
「高木さんはいくつ?」
「もうすぐ二十九」
「え!もっと下だと思ってた」
「よく言われる……頼りないんだよね、きっと」
「そうじゃないですよ。なんか、かわいい系ですもんね。顔もアイドルっぽいし背も高くないし」
「気にしてる、それ気にしてるから」
「すみません!でも気にすることないのになぁ」
なに!?
なんなの!?
年上からかうんじゃないよ!
口説かれてるのかと思っちゃうじゃん!!
腕が痛すぎて上手に食べられなくて
いつまで経っても食べ終わらない俺を置いていったりせず
風間君は筋トレの話を色々教えてくれた
ずっとスポーツをやってきて知識はあるつもりだったけれど
結構間違ってたり知らなかったり
俺バイトなんで~とか言ってるけど
風間君はすごく勉強しているみたいだ
「風間君はスポーツ何やってたの?」
「バレーボール、昔やってて。背が伸びなくてバドミントンに」
「十分タッパあると思うけど、ダメなんだ?大台乗ってるよね?」
「足りないですね。低身長をカバーできるテクもパワーもなかったし」
「へぇ……バドミントンってすごい運動量だよね」
「そうなんです。でも楽しいですよ」
「そうなんだ」
風間君が言うと何でもそう思える
爽やかで雑誌から出てきたみたいな今時の男の子
そういえば風間君の私服、やっぱりお洒落だな
俺が学生の頃なんか服にお金かける余裕なんかなかったし
ユニクロだって全然イケてなくて
H&MもZARAも知らなかったし
今の学生って安くてお洒落な服がいっぱい手に入っていいなぁ
俺がそう言うと風間君は目を丸くした
「別にお洒落じゃないですよ。そんでもって、俺の服はユニでもZARAでもH&Mでもないです」
「見る目がなくて失礼しました」
「高木さんの私服もお洒落だったじゃないですか~。スーツもかっこいいっすけどね。サラリーマンって感じ~オトナ~」
「やめてよ~」
俺のスーツなんて量販店のだし
ネクタイも今日はたまたま誰かに貰ったいいやつだけど
いつもは千円ぐらいの使ってるし
靴だけは入社時に大森さんに言われてそこそこの値段かな
年甲斐もなく風間君にどこで買い物してるのかとか教えてもらって
王子様スマイルで今度一緒に行きます?とか聞かれて
思わず頷いた俺はやっぱりダメなオトナだと思う
「あ……すみません。俺もう行かないと」
「ごめんね!引き止めて」
「いや、誘ったの俺ですから。高木さんこそ、お仕事大丈夫ですか?」
「たまにはね」
風間君がいなかったら
あの薬剤師に何をされていたかわからないし
なんとか逃げ切ったところで気分は最悪だっただろう
それがこうやって笑っていられるんだから
たかが一時間や二時間のサボりなんて大したことじゃない
「学校に戻るの?」
「はい」
「送るね、シート硬いけど」
「あはは。ありがとうございます。でも、いいです。自分で帰ります」
「でも」
「気にしないでください。バス出てるし、すぐだから」
ここで無理強いをするのもおかしいし
じゃあ、気をつけてねなんて言いながら
ますます痛くなってきた全身を動かして何とか立ち上がる
「あ、いいよ。伝票貸して」
「自分のは、自分で」
「ちょっとだけ、オトナぶらせてよ」
ダメダメ
助けてもらって慰めてもらって
こんなに楽しい時間を過ごしておいて
割り勘なんてありえない
ましてやバイト生活の学生くんだ
「風間君って実家?」
「はい。だから、いいのに」
「これはねぇ、俺のプライドだから」
「かっこいー!」
「あはは」
俺は二人分の料金を支払って
礼儀正しくお礼を言われて逆に恐縮してしまう
「高木さん、今日は来ちゃダメですよ」
「はぁい」
「マシになったら来てくださいね。待ってます」
「はぁい」
かわいい笑顔でかわいい事を言われて
俺は上機嫌で次の得意先へ向かった
その道すがら
風間君と連絡先の交換をしておけばよかったと後悔した
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