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第7話

「お先です!」 「はえぇな。お疲れさん」 大森さんに挨拶して 支店長が帰ってくる前に俺は退社した 筋肉痛は火曜日が最高に痛くて 朝ベッドから起き上がるのも一苦労で 笑うだけで悶絶するほどだった 今日は木曜日 二日に一度は夜をともに……なんて甘い誘いを受けておきながら 三日も足が遠のいてしまった 痛いのもそうだけど やっぱりなんとなく風間君と顔を合わせるのが気まずいような気がして…… 「でも、がんばろう」 もう何年も運動もしてないし趣味もなかった いいきっかけだしこのジム通いは続けたい 王子様二人とお近づきになれなかったとしても 今日は行こう、って朝から決めて 張り切ってジャージとか靴も持って出勤して できるだけテキパキ仕事を片付けていった 生活にハリが出るってこういうことなんだろう 地下鉄に乗ってジムへ急ぐ 「こんばんはー……って高木さーん!」 「こ、こんばんは」 やっぱり風間君は王子様だと思う すでに見慣れたポロシャツのユニフォーム 明るい笑顔はかっこかわいい超癒し系 来てよかった~!! 「痛いの、マシになりました?」 「なりました。ありがとう」 「よかった~!小阪も心配していましたので」 「小阪さんが!?」 「はい。伝えておきますね、今日はこちらには出勤しておりませんので」 「そうなんだ……」 残念…… 土曜日も日曜日も会えたから ここに来れば会えるものだと思っていた 社員だから他の店舗にも行くって、風間君も言ってたな 小阪さんがいないけど風間君に会えたし しかも変わらない態度と笑顔で安心した 今日は平日の夜で男性客も多い ロッカールームで着替えをしている段階から俺はテンションが高かった 筋肉痛の時はどうしたって変なところに力が入って おかしなことになりがちなので 小阪さんの調教プログラムを勝手に軽く調整する ごめんなさい、克彦さん……なんちゃって! 俺はその日から 平日に一日か二日 週末にも一日か二日通うようになった 最初に経験した筋肉引き千切られそうな筋肉痛も抜け 自分の身体が変わっていくのを楽しみながら過ごしていた シャイなはずの上腕三頭筋がガッツリ目立ち始め 腰も背中も締まってきた 小阪さん、どんな身体が好きかなぁ…… とか考えながらのトレーニングだから全然苦にならないし 軽いジョギングが奏功しているのか 駅まで走って階段駆け上がっても息切れしなくなった 小阪さんに会えるのは曜日が決まっていて 俺はできるだけその日に合わせて行く 別料金の個人レッスンをお願いしているわけじゃないから 顔を合わせたらラッキーな方で たいていはインストラクターとしてクラスを教えているのを チラッと覗き見する程度だ そのクラスを受けてみたいとは思うけれど 人気があるらしくて並ばないといけないから 開始時間ギリギリくらいに来る俺には結構難しい でもチラ見でも十分嬉しい たくさんの人に優しく教えている小阪さんは 逞しい身体も手伝ってすごく頼りになりそう 正しい姿勢のスクワットとか 邪な気持ちで見てるとお尻が気になるし どの筋肉に効くのかわからないけれど 足を肩幅に開いてのプッシュアップなんか その身体の下に仰向けで潜り込んで股開きたくなるような動きだ レッスン受けている人たちもいつも笑顔で きっついトレーニングで筋肉ブルブルなってても笑ってる 筋トレやる人は基本被虐嗜好だしな たまーに顔を合わせると 小阪さんは頑張ってますね、と声を掛けてくれる 筋肉触られたりしてドキドキする 「理想の身体に、近づいてますね」 「そうですか!?どのくらい!?」 「もう少し今のメニューで続けて、次の段階に進めるくらい」 「頑張ります!!」 もう少し今の覗き見レベルを続けて そろそろお外でデートでもします!? 一足飛びに俺んちに……とかとかキャーキャー!! 「無理は禁物です。ゆっくりですよ~」 「はぁい」 そんなわずかなやり取りでも 俺はすごく嬉しくて楽しい ああ、片想いってやつ? たまんないよな~~~ 小阪さんの笑顔が見たくて俺はジムへ足繁く通う 「……お前、今日も筋トレ?」 「はい!」 「けっこう続いてんなぁ。エライじゃん」 「えへへ。大森さんも、めんどくさがらずにやればいいのに」 「めんどくせぇよ」 「言うと思いました。じゃ、お先でーす!」 「高木!来月の営業計画出したのか!」 「バッチリです!お先に失礼します!」 そう 以前は頭ではわかっていても真似できなかった大森さんの時間配分やペース 俺はそれを一生懸命を取り入れて 最近仕事の能率も上がった気がする ジムに行きたいから早く退社したい 変わらない仕事量をこなして早く退社するには 必然的に朝早く得意先へ出かけないといけない 電車を一本早めてみたけれど 運動しているからか寝つきも寝起きもよくて苦にならない ああ、素晴らしきかな片想い!ラブイズワンダフル! そして俺はまたジムで爽やかな汗を流す 「高木さーん!」 「……あ。風間君」 その日もマシンにグイグイ責められて 広くて清潔なお風呂ですっかり汗も流して 俺はいい気分で駅に向かっていた 有料だけど個人ロッカー借りようかな 靴が邪魔だしお風呂用品も置いておきたいし そんな事を考えていたら背後から声を掛けられた すっかり夜も深けた二十二時過ぎ なのに若き王子様は太陽のように明るい 「お疲れ様でーす」 「お疲れ様。バイト、終わり?」 「はい。バイトの人数変わったんで、ちょっとシフトが動いて」 「そうなんだ~」 俺が通うジムはバイトとはいえなるべく固定された時間にシフトインしている そうすることで客は「いつものスタッフ」がいる安心感があるし それぞれの時間に訪れる客をよく把握させて 「自分たちの客」に責任を持たせることで 隠れた要望を吸い上げさせたり 悪い事をする人に目を光らせたりするように持っていく だから結構サービスがいいし スタッフに何気なく漏らしたリクエストが現実になったりする チェーン店だけど柔軟で俺はすごく気に入っている 「高木さん、家どの辺ですか?」 「園田」 「え!駅も園田?」 「うん。風間君は?」 「俺も園田なんです。駅は倉田ですけど」 「へ~近いねぇ」 「ですね~」 俺たちはそれぞれの定期券を片手に駅の改札を通過した

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