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第9話

「素晴らしい。俺もジム通うかな」 「おすすめですよ!」 大森さんが笑っている 浜中も頷いている ジムに通いだしてからというもの 生活にハリが出て仕事もテキパキこなしている俺は 成績もうなぎ上りで浜中も追い抜いて…… ってそんな都合よくはいかない いってたまるか でも大森さんの真似をして朝早く得意先へ行ったり 内勤業務を効率よく終わらせる努力を惜しまなかったりして 必然的に商談の時間は増えていった そしてここ一、二ヶ月に撒いた種が結果となって現れつつあって なかなかの好成績で今月を終えられそうだ 新規採用も何件かあるし サンプル提出して材料委員会の決済待ちの話もあるし こういう商品探してるんだけど、という引き合いもある 仕事を追いかけている充実感がある それと引き換えに最近ジムに行く時間がないけれど…… 「どれどれ?おお、いい筋肉ついてるな」 「でしょ?ちゃんと教えてもらってるんで、膝も腰も痛めてないし」 「それ大事だな。ストレッチもしてるか?」 「はい。懲りたから真面目にやってます」 「えらいな。浜中は?どんな感じだ」 「私は筋トレ重視じゃなくて、有酸素運動目的なので」 「はっきり減量したいと言え」 「大森さんってほんっとデリカシーないですよね!?」 「有酸素だけじゃ綺麗に痩せないぞ。筋肉つければちょっとの運動で」 「もう!ほっといてください!!」 浜中がキリキリしてる 大森さんは大きな身体を揺らしながら笑っている あと他に二人を入れて五人でチームなんだけど 毎月足を引っ張っていた俺は今月は貢献できそうで嬉しい 「浜中の機嫌取りに、一緒に呑みに行くか?」 「行く!!」 浜中は両手を挙げて即答している どうしようかな 今日は早く終われそうだから久々にジムに行きたかったんだけど 「どうした?和弥、行かないのか?」 「……や、行きます。おいしいとこね」 「贅沢言うなら奢ってやらんぞ」 「安い店でいいからチェーンじゃないとこ」 「自分でぐるなび様に聞け」 「はーい」 「高木君、私はスペイン料理がいい」 「遠慮ねぇなー、お前ら」 スペイン……確か最近近所に出来た店をブックマークしといたような 携帯の方だっけな 俺は書類を作る手を休めてバッグから携帯を取り出す ロック画面には新着メールが通知されていた 風間恭一(8) 8って!!昼からこの夕方までに8って!!?? 風間君は宣言どおりよくメールをくれる 俺は昼ごはんのときとか通勤中にチェックしてなるべく返すようにしている でも(8)はハイペースだな…… とりあえずロックを解除してメールを開くと 八回に分けてはいるけれど 結局次はいつジムに来るのかという内容だった ジムには一週間くらい行ってないし 風間君とは連絡先を交換して以来半月くらいご飯も食べてない でも今日は無理だし明日と明後日は年度末で月末でしかも週末だから残業は明白 土曜日は行くつもりだよ(^_−)−☆ 昼か夕方かな~朝は無理(´Д` ) 俺はそう返信してぐるなび様をチェックし始めた すぐさま画面上部にメッセージ通知が現れる それをひとまず置いておいて 会社から少し歩いた所にあるスペイン料理の店を探し出し 大森さんと浜中に了解を取る 「高木君、その店行った事あるの?」 「ないよ。おいしそうだからチェックしといただけ」 「ナイスだわ~」 「老婆心ながら、浜中、消費カロリーを上回るカロリーを摂取した場合」 「大森さん、マジうるさいし」 「くくく……すんませーん」 「一応予約入れときますね~七時半でいいっすか?」 「おう」 大森さんのからかいにガブガブ噛みついている浜中は面白い 彼氏と喧嘩でもしたのかな? まあ美味しいご飯を食べてサングリアでも飲めば 聞かなくてもベラベラ喋るだろう 俺は席を立って廊下の自動販売機でコーヒーを買いながら 店に電話をして予約を入れた そして風間君からのメールを確認する 土曜日、高木さんちでご飯食べてもいいですか? かわいいなぁ いいよー全然いいよー 俺は了解のメールを送った コーヒーのプルトップを引くよりも先に携帯が震える メールではなく通話で 「……はい?」 「風間です」 「うん。お疲れ様~バイトは?」 「俺、水曜日はシフト入れてないんで」 「ああ、そうだっけ」 「土曜日、なんか要ります?」 「ううん、別に。ビールはうちにあるからいいよ。ケータリングの店でも探しといてくれる?」 「はい!高木さんは何食べたいですか?」 「スパニッシュ以外」 「へ?なんでスパニッシュ除外?いいですけど」 「ごめん、こだわりなしです」 「じゃあ、まあ、適当に」 「うん。よろしくね」 「はーい。お仕事忙しい感じっすか?」 「感じっす。月末だしね」 「ですか~。了解でーす」 そして俺は通話を終えてコーヒー休憩を終えて 報告書やら見積書やら来月の計画やらを片付けて 大森さんと浜中の三人でご飯を食べに行った やっぱり彼氏と喧嘩したらしい浜中の面白い愚痴を聞きながら 大森さんにジムへ行くように勧めながら 俺は楽しい時間を過ごした その店は意外なほど美味しくて安くて お財布担当さんにも褒められた そして翌日の木曜日は予想通りの大残業 でもその代わりのように金曜日は意外と早く仕事が片付いた 「どうしよっかな~」 ジャージ持ってきてない 残念 こういうときのために会社かジムに一組置いておこうかな 運動したかったんだけどなぁ 「お風呂だけでも行こうかな」 ジムにロッカーを借りたので お風呂セットはいつも置いている タオルがないけど以前忘れたときにレンタルできたから大丈夫 うん たまには広いお風呂で ジャグジーに責められて イケメンがいればサウナにもじっくり篭ってみよう ああ、テンション上ってきた! 待ってろ、裸体!! 仕事の成績も好調なせいで 俺は上機嫌でジムへ向かった 相変わらず明るいエントランスと笑顔のスタッフ でも風間君はいないみたいだ 金曜日もシフト入れてないんだったかな? 把握してないからわからないや…… ロッカールームと浴場のあるフロアへ上ろうと 俺がエレベータを待っていると 隣にある階段から人が降りてきた 「こ、小阪さん!」 「高木様。こんばんはー」 「こんばんは!」 かっこい~~~!!! クラスが終わったとこなのだろうか 汗をかいていていつも以上の色気に目が眩む ピッタリとしたコスチュームに相変わらず鳴り響くビーチク警報 危ないからみんな下がって! 俺が状況確認するから!! ああ、目の保養っていうかオカズの補充っていうか…… 「お久しぶりですね。お仕事お忙しいんですか?」 「え、あの……」 「お見かけしなかったので、最近」 「俺を!?見てくれてたんですか!?」 「ええ。よくクラスを見学されているでしょう?」 いえ、覗いてるんです あちこちムキムキさせながら ダンベルあげたりクランチしてるあなたを視姦させて頂いてるんです コソコソしてたつもりなのにバレてたか 「興味があれば、参加されてはいかがですか?」 「あ~……でも、整理券貰えるほど早く来られないので」 「ああ……ご不便おかけしてますね、申し訳ありません」 「そんな、全然。小阪さんのクラスは人気があるって」 「ありがとうございます。筋トレが人気なんですよね。だから来月からクラスが増えるんです」 「へぇ」 「平日夜の、遅い時間に新設しますので、高木様もご参加いただけるんじゃないかな」 「え?そうなんですか?」 「はい。それにどのクラスも一ヶ月を一単位に構成していますので、月の始めの方が難易度は低いんです」 「そうなんだぁ」 「受付に、スケジュール表がありますので」 「帰りにもらってみます」 「マシントレーニングも、問題ありませんか?」 「はい。勝手に負荷をあげてます」 「ええ、無理はなさらないように」 「はぁい」 「是非来て下さいね、マシンとはまた別の楽しさもありますから」 「……はい!!」 次のステップということですね!? 俺にロックオンして誘ってますよね!! その笑いじわ! 分厚い胸板! 癒し系の柔和な雰囲気!! なのに溢れるオトナのエロオーラ!! ああ、やっぱりあなたが俺の王子様です…… 「鼻血でそう……」 俺はニヤニヤしながら広いお風呂を満喫し しかも運よくナイスバディのお兄さん方が多くてウハウハ サウナを覗けば顔にタオルをかけたムチムチパッツンパッツンの兄貴が荒い息を吐いていて そのお隣で俺も鼻息を荒くしながら汗を流した ああ、このジムって天国かも しあわせすぎてフワフワするよ ふわふわ……ぐらぐら…………? やばい 俺は浴場を出て何とか服を着たけれど そのまま動けなくなってずるするとしゃがみこんでしまった 周りの会員さんが大丈夫ですか?と声を掛けてくれているけれど その声も遠いし返事も出来ない 気持ち悪い でも倒れるなんてかっこ悪い どうせ軽い脱水症状か逆上せたんだろう お風呂に来ただけの癖に間抜けすぎる でも、気持ち悪…… 「落ち着いてくださいね、大丈夫ですよ」 誰かの腕が俺を支えた 声が近い つーか、身体が近い 「こ、さか、さ」 「具合悪くなっちゃいましたね。ちょっと失礼しますね」 恥ずかしい こんな失態を見られるのも恥ずかしいけど 憧れの王子様とこんな至近距離で触れ合うのも恥ずかしい 逆上せているのに余計に血が下がらない クラクラしすぎて、俺死んじゃう…… 俺を死の淵に追いやりながら ポロシャツにハーフパンツというユニフォーム姿になっていた小阪さんは 俺を近くの椅子に座らせてくれた ああ、あのピッチリコスチュームが良かったなぁ…… 「お水飲みましょう。飲めますか?ちょっとでいいです」 口移しでなら一リットルでも もちろんそんな本音を言葉にはせず 宛がわれたドリンクを口に含んだ 水じゃないじゃん 変な味 ほんのちょっとを何回も 俺はそれを何度も繰り返し 小阪さんはさすがの頼もしさで俺のこころも身体も支えてくれている 俺と小阪さんのいろんな意味で見られたくないやりとりを 会員さんに見られていて恥ずかしい 小阪さんって近くで見てもカッコイイ そしてまた顔に血液が集まって心配されてしまう 「大丈夫ですか?」 「は、い。すみません……」 「ちょっと水分が不足したかもしれませんね。体調悪かったですか?」 「全然、大丈夫です。ちょっと長湯し過ぎたかな」 「そうですか。立てますか?一階に休む場所がありますから」 「はい」 どうにかこうにか立ち上がると 会員さんたちも口々にお大事に、と声を掛けてくれて 俺はそれに応えながらロッカーから荷物を取り出した 小阪さんはそれを持ってくれて 一緒に一階の受付横の目立たないドアの奥に案内された 「一応、規則で。三十分くらいは様子を見ていただきたいんですけど」 「あ、はい……すみません。ご迷惑をおかけして」 「そんなことないですよ。気にしないで下さい。ここにこれ、置いておきますので飲んでくださいね」 「ありがとうございます」 「いいえ」 飲みかけのペットボトルをテーブルに載せて 俺はベッドではなくソファに腰を降ろした 大分マシになっていて ベッドで横になるほどではない 何より小阪さんと二人っきりで 俺だけベッドというわけにはいきませんよね ベッドは二人でインするものですから! 「後で様子を見に来ますから、ゆっくりしててくださいね」 「え?俺一人ですか!?」 「え?お手伝いが要りますか?」 お手伝い……まあ、その…… 「……いえ、一人で」 「お大事になさってくださいね」 「はい」 あれだ もしかしなくても監視カメラとかがあって 俺とここでナニするわけにもいかないのか 言葉責めも恥ずかしい事言うのも好きだけど 誰かに見られて興奮するタイプじゃないし 小阪さんだって落ち着かないよね~うん 俺は残されたペットボトルの液体を飲み干して まだちょっと重い頭を揉んだりして時間を潰した いかがですかと呼びに来てくれたのは あろう事かリーマンコスプレ中の小阪さんだった 「こ、小阪さんっ!?」 「はい?」 「なんで、スーツで……っ」 わかる! わかるよ! スーツは男の戦闘服! ネクタイ使った拘束プレイも 真っ白いシャツ越しに透ける乳首も憧れだよね! 俺は脱ぐけど小阪さんは着たままして欲しいかな! 「僕、一応社員なので、通勤はスーツですよ」 「そ、そうなんですか」 「まだ少し顔が赤いですね。具合はいかがですか?」 「もう、大丈夫です。ご迷惑おかけしました。帰ります」 「駅まで、送りますよ」 「ええええ!!!???」 「僕ももうここを出ますので。ちょっと近所の店舗に行く用事がありまして」 「そう、ですか……」 期待したよね、送り狼! オトナの階段は一段ずつ上がるものですか? 俺はなんだか夢みたいな気分で小阪さんに従い 受付カウンタで退店処理をしてもらって外に出た 小阪さんの暑苦しくない逞しさと長い手足は スーツに包まれるといくらかボリュームダウンして見える 脱いだらすごいんですパターンだよなぁ…… 隣に並んで歩くなんて 本当にデートみたいで嬉しすぎて 俺はニコニコと彼を見上げながら筋肉話に相槌を打つ 優しい笑顔が自分に向けられている それだけですごくハッピーで胸が高鳴る あなたが好きです 理想の人に、そう言えたらいいのに 「気をつけて帰って下さいね」 「はい。本当にありがとうございました」 「いえいえ。気になさらず、一緒にゆっくりトレーニング続けましょう」 「はい!」 俺を在来線の駅の改札まで送り届けると 小阪さんは王子様スマイルでそんな甘い事を言い 失礼します、と軽く手をあげて地下鉄の方へ向かって行った 姿勢のいい広い背中 俺はそれを見えなくなるまで見送った 「ヤバい……本当に、好きかも」 小阪さんと抱き合っちゃった…… すごい身体だった~ 腕も太くて長くてもっとギュってされたい 厚い胸板にギュウって!! 優しくて甘い声をもっと聞きたい 高木様、じゃなくて和弥って読んで欲しい 俺、名前呼ばれるの好きなんだよね 「大好き!」 俺は 災い転じて福となす? 雨降って地固まる? 棚からぼた餅? 千載一遇? なんかそういうラッキーなことわざを色々と思い浮かべながら 家路を急いだ

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