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第71話
冬の夜空を、灯真と美風、二人が見上げている。
美風は針で穴を開けた厚紙を頭の上に掲げて、もう片方の手で灯真の手を握った。
自然、体をくっつける姿勢になる。
だがもう、灯真もそのことをまったく気にしていなかった。
空の、オリオンの方角に厚紙を合わせる。
「ここ。おにいさんわかる? ここにオリオンがあるの。」
「うん。」
空に伸びた美風の手が、灯真の指先を導く。
灯真の脳裏に、漆黒の空に輝くオリオン座が描き出されていた。
「本当に見えてるみたいだ。」
「ほんと?よかった!」
「腕、だるいだろう。もう下ろしてもいいよ。」
「でも」
「大丈夫。ちゃんと見えてる。ほら、あのへんが牡牛座だろ?」
「あ!そうそう!すごいねおにいさん。」
「シリウスは見える?」
「うん。こっち」灯真の手をとってシリウスの方角に導く。
「おにいさん・・・。」
「ん?」
「雫さんが戻って来たら、3人でまた見ようね。」
「・・・・ああ、そうしよう。」
厚紙の上に、再びふたりで指を重ねた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ、と開けられた、オリオンの三ツ星の上。
こんな風に3人並んで歩ける日が、きっと来る。
「美風、雫のことが好きだったんじゃないのか。」
「えっ?」
声が動揺をあらわにしていた。
「なんで?」
「そんな気がしていたが・・・。」
「うん・・・。まあ・・。でも、今は違うっていうか。」
はっきりしない口調に灯真が眉をひそめた。
「昔の事件のことを聞いて、気がかわったのか。」
大きくかぶりを振る気配があった。美風の髪が揺れている。
「違うの。そうじゃなくて。」
美風は灯真のほうを向いたようだった。あたたかい吐息に触れる。
「わたし、上手く言えないけど、3人がいい。今は、3人がいいの。」
「うん・・・。なんとなく、わかるような。」
「おにいさんのことが好きな雫さんが好き。
雫さんのことが好きなおにいさんが好き。」
「うん。」灯真が笑った。「とてもありがたい申し出だね。」
「でしょう。それにね、おにいさんと張り合って、わたし勝てる気がしない。」
はははは。今度は声をあげて笑った。
「大丈夫。美風は充分魅力的だよ。」
「ほんと?」
「ああ。」
美風がそっと灯真の肩に頭を寄せた。
灯真が少しためらってから、美風の背に腕をまわした。
「きょうだいでこういうの、おかしくないのか。」
ちょっと不安になって美風に尋ねた。
「おかしくないよ。だって寒いもん。」
「そうか。」
「うん。」
二人で示し合わせたように、また空を見上げる。
目には見えないけれど、たしかにそこにある。
脳裏に浮かぶ悠久の星々の向こうに、愛しい人とまた暮らせる日々が、
灯真には見えた気がした。
おそらく美風の、そして今離れてすごす、雫のこころにも、見えているはず。
冬の星座が冴え冴えときらめく夜空が。
ふたりをやさしく見守るように広がっていた。
完
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