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-プロローグ-

………きっと、これで良かったんだ。  両手で彼の頬をそっと包み込む。いつものように額と額を合わせ、目を閉じた。これからもこうして、この瞼を閉じる度に彼を目の前に感じることができるだろうか。彼がすぐそこに居ることを上手く想像して……そっと、この唇に触れて。 流れる涙は偽りなどではない。柔らかなこの肌に触れる事も、この甘い匂いが鼻を満たすことも、この先もう無いのだから。せめて、この時だけは。 別れの時、相手に伝えるべき言葉とはどんな言葉だろうか。 「生まれ変わったら必ず……必ずまたお前を見つけ出すから。だから、信じて待ってて。」  震える手がもうすでに彼を恋しがっている。まるで「離れたくなんて無いよ」と必死に叫んでいるように。溢れ出しては流れてゆくこの止まらぬ涙も、きっと同じ気持ちなのだろう。 合わせたこの額を離してしまったら、全てが終わってしまうから………。彼を強く抱きしめた日々も、互いの悲しみを温め合い、指を絡めて誓った夜も……全て。 「ジョシュ、行くぞ。」 「………あぁ。」  一度だけ、自分に勝てずに後ろを振り返ってしまった。クリスが固まったままこちらをじっと見つめている。足が重い……一歩ずつ、進めば進むほど、彼から離れたくない心が自らの足に鉄の重りをつけていくように。もういっその事、お前の鎖で俺を繋いでくれ……二度と離れられないように。 今すぐにセンスを解いて、彼をこの腕で抱きしめてやりたい。「ごめんね。」そう言って強く、強く、しっかりとこの胸に………だがそれでは彼を救えない。 「クリス、俺は……」  そしてクリスをその場に残し、センスを解くと同時に扉が閉まった。 「………心から、お前を愛してる。」   ー 二年前 ー 「もうこれ以上耐えられない、ごめんなさい。」  ジョシュアが眠る棺桶の隣に置かれた手書きの置き手紙。目を覚まし、(ひつぎ)の蓋を開けるといつもそんな絶望が待ち受けていた。だからいつも、眠りにつくのが怖かった。 一年のほとんどをこの棺の中で眠って過ごす彼は、枯れ葉が舞い始める頃に目を覚まし、木々が全て葉を落とし枯れ木になる前までの少しの間だけ活動をする。ヴァンパイアなのに血を飲むのを好まず、そのせいで長く起きてはいられない。 いつからか……誰かを好きになった時に、その想いが届いた時に、嬉しくて幸せで仕方が無いのに「あ……またきっと終わってしまうんだな。」と付き合った瞬間から終わりを見るようになっていた。臆病になったのか?どれだけ別れを経験しても、彼がこの痛みに慣れることは無い。 人間にとっても、怪物にとっても……心から愛した者との別れはいつだって、初めてのように痛むのだ。

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