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第一話 始まりは、君と見た秋空 (前編)
教会の隣にある集団墓地の片隅に座り、ミイラ男のクリスは秋の空を眺めていた。ほつれた包帯の切れ端がハタハタと風になびく。
ドラキュラ
「……何か、絵になるな。」
ミイラ男のクリスの背中からそう話し掛けたのは、ヴァンパイアのジョシュアだ。そんな彼はクリスの隣に並んで腰を下ろし「はぁ~あ。」とあくびをしながら大きく伸びをする。所々色付き始めている木々の葉が、丘一面に広がる林をまるで絵画のように綺麗に染め上げている。
長い眠りのせいですっかり固まってしまった体の節々をほぐそうと、手首を上下に曲げ筋を伸ばすジョシュアにクリスが隣からこう言った。
ミイラ男
「お前平気なの?ほら…ヴァンパイアは朝日に弱いって言うじゃん。」
こんな日差しの下でも、思ったよりぴんぴんとしているジョシュアの姿に驚いた様子のクリス。もう何度その類の質問には答えてきただろうか、どこぞの者が書いたおとぎ話が世界中に広めた固定観念のせいで、今やヴァンパイアはマントを広げ高く空を飛び、どんな生き物にも変身でき、獲物が屍になるまで血を吸い尽くす、そんなイメージを持たれているのだ。もし仮にそんな生き物が実在していたら、こんな世界などとうの昔に支配されていただろうに。「やれやれ…」と思いながらもそんなありふれた質問に、あたかも初めて聞かれたかのように振舞い返答をしたのだった。
ドラキュラ
「え、何それ童話?まぁ夜の方が視界はいいけどな、昼間も普通に出歩けるよ。」
ミイラ男
「じゃあニンニクは?」
ドラキュラ
「何この尋問……俺を退治しようとしてんの?ニンニクも普通に食えるけど、別にそこまで好きでも無いかな、臭いし。」
ミイラ男
「空飛べる??」
ドラキュラ
「飛べる訳ないじゃん鳥じゃないんだから。」
現実とはいつだってそんなものだ、草むらの上で伸ばした両足を左右に揺らしながら、クリスからの質問にジョシュアは淡々と答えていった。
ミイラ男という割に全身をしっかりと包帯で包んでいる訳でもなく、所々素肌を見せているクリス。他のミイラとは少し違った見た目をしているとは前から思っていたが……それは聞いてもいいのだろうか?
ドラキュラ
「てかお前ってさ、あんまりミイラ男っぽくないよね。体中がっつり包帯に巻かれてる訳でも無いじゃん。」
ミイラ男
「あぁ、俺はハーフだからね。」
雑草をブチっと引き抜き、葉の先を丸めながらクリスは簡潔にそう答えたのだ。気に障るかもしれないと思っていたが、見た感じ彼はその質問をそこまで気にしてはなさそうだ。
ドラキュラ
「ハーフ……?」
ミイラ男
「うん、純血のミイラじゃないから。親戚の奴らは皆もっとミイラっぽいよ。」
ドラキュラ
「ミイラにも混血とかあるんだ……。」
亀やそこいらに生えている古木よりも長く生きているジョシュアにも、この世界にはまだまだ知らない事が沢山あるということだ。彼の見た目からしてきっと半分は人間の血だろう。あの怪物として有名なミイラ男というより、どちらかと言うと重傷を負った人間のように見える。……これはさすがに言うべきでは無いだろう。
ミイラ男
「お前は?純のヴァンパイアなの?」
ドラキュラ
「うん、うちは代々ずっとヴァンパイア一家だよ。」
ミイラ男
「何かカッコいいね!」
自分を真っ直ぐに見つめ、目を輝かせそう言ったクリスをジョシュアは一瞬見入ってしまった。その輝く瞳に魅力があるのは違いないが、何より彼から漂う甘い匂いが妙に鼻に残る……何とも不思議な少年だ。
それから何度か街であの少年を見かける事があり、その度に声を掛けると気さくにこちらに来て話し掛けてくれた。彼はいつも丸太やら部品が沢山詰まった袋やら、重たそうなものをせっせと運んで爽やかに汗を流して働いている。それにしてもあんなに包帯に巻かれた身体で動き回って暑くないのだろうか?可愛らしい年頃の娘は街にいくらでもいるのに、視線がいつもクリスの方にいってしまう自分に色々と疑問が湧くものだ。
ミイラ男
「……あ、ジョシュ!また会ったね!」
手を振りながら笑顔でこちらに掛けて来るクリスになぜだかこの胸が躍る。それはまるで誰かに恋をした時のように胸が温まり、少しキュっときつくなるのだ。「…どういうことだ?」戸惑った表情で自問自答をし、顎を抑えて考え込んでいるジョシュアを心配そうに眺めて声を掛けた。
ミイラ男
「どうしたのお前?腹でも痛いの?」
ドラキュラ
「クリス………お前って男だよね?」
ミイラ男
「なっ……ええ、そうですけども!(怒)」
高身長とは言えない背丈とその大きな瞳のせいで、性別を間違えられることはよくあった。男らしくありたいクリスにとってそれは長年のコンプレックスであり、せめて力仕事で筋肉をつけて自信を保っていたのだ。出来るだけその可愛らしい見た目を隠すために顔は左目以外しっかりと包帯で覆っている。
ドラキュラ
「そうだよね。ごめん、何でもない。」
まるで爆弾を捨てて去って行ったかのように、ジョシュアはそれだけ聞くと「じゃあな。」と坂を上って帰ってしまった。ムスっとした表情で仕事に戻り、何だかモヤモヤした気持ちのまま運び途中だった木の板を再び肩に担ぎ、クリスは坂を下って行ったのだった。
……その日、ジョシュアは古き友人を誘って城下町へと飲みに来ていた。腐れ縁の怪物二人、ジョシュアが唯一心を許せる友だ。
先に着いた死神のリーパーはもう既にテーブル席で飲み始めていて、たった今カウンターで酒を注文し終えたジョシュアは席に戻るなり、落ち着かない様子でリーパーに近頃の自身の心境の変化について相談し始めた。
死神
「はぁ?クリスの事が気になってる?」
ドラキュラ
「ば……馬鹿、声がでけぇよ!」
死神
「寝すぎて時差ボケでもしてんじゃねぇの?いい加減に年に二回くらいは起きとけば?」
そんな皮肉を言う死神のリーパーが樽のテーブルの上で肘をつき、「くだらん」と言いたげにフライドポテトを口に放った。大きな樽をテーブル代わりにしているラフなスタイルのこのバーは怪物たちの行きつけになっている。夕暮れ時になると活発になる怪物達。そろそろ賑わってくる頃だろうか、客の出入りが多くなってきた。
ドラキュラ
「はぁ……やっぱり話す相手を間違えた!こんなん骸骨にビールでも持たせて話し掛けてる方がよっぽどマシだわ。」
死神
「ならウェアにでも言ってみろよ、まぁあいつもきっと同じ事言うだろうね。」
ドラキュラ
「……俺にはろくなダチが居ねぇな。」
死神
「あ?勘違いすんな、イカれてるのは俺らじゃなくてお前だよ。大体さぁ、異種ってだけでも驚きなのに同性って何のこっちゃだろ!ただのお前の思い違いだよ、クリスだって普通に女が好きだろ。」
ドラキュラ
「分かってるよそんな事。」
狼男
「お待たせ!お前ら元気にしてた??」
半ばふてくされる様にそっぽを向いたジョシュアの背中から爽やかに登場したのは狼男のウェア、ふわふわした茶色い髪をなびかせ優しい笑顔を振りまく癒し系男子だ。
ドラキュラ
「遅いじゃん、何してたの?」
狼男
「……聞きたい?」
「別に。」そう言って面倒くさそうにビールを流し込むリーパーをさておき、ウェアはどうしても話したそうにウルウルとした瞳でジョシュアを見つめる……こういう時だけ上手いこと子犬のような顔をする彼に、ジョシュアはいつも負けてしまうのだ。
ドラキュラ
「……はいはい、いいよ、話してごらん。」
ジョシュアからのそんな言葉に、ウェアは「やった!」と嬉しそうな顔をして道中の出来事を話し出した。
狼男
「穴倉を出ていつもみたいに獣道を歩いてたらね?ミイラのカップルが目の前を歩いてて……」
ミイラという言葉を聞いた瞬間、ジョシュアの動きが一瞬止まったように見えた。そのことには特に気にせずに、ウェアはそのまま話を続けた。
狼男
「ほら、あいつらってさ、包帯グルグル巻きじゃん?だからどっちが男でどっちが女だか分っかんねーなーって思いながら後ろから眺めてた訳よ。」
初めは興味が無さそうに聞いていたリーパーだったが、次第にウェアの話に興味が湧いてきたらしくビールジョッキの取っ手を持ったまま話の続きに耳を澄ませている。
狼男
「そしたらさ、片方がいきなりキスしだして!いや多分……てか普通に考えて男の方がしたんだと思うけど、キスした方はもうがっつりミイラ!って感じの顔だったんだけど、された方は何か……人間っぽいようなミイラっぽいような……何て言ったらいいのかな?」
死神
「何をゴニャゴニャ言ってんだか……ったく、どいつもこいつも時差ボケか!」
ドラキュラ
「そんで?そのキス“された”方のミイラはどうしたの?」
そう質問したジョシュアの顔に笑みは無く、その冷血な顔はいかにもヴァンパイアらしい面持ちだ。
狼男
「それがさ……!相手のミイラをどついて走って逃げちゃったんだよ、可愛いくない?絶対女の子でしょ!あんまり華奢な方では無かったけど、俺ちょっとドキっとしちゃった!」
死神
「発情期の犬かお前は。」
ドラキュラ
「……それ、もしかしてあの奥の席に座ってる奴?」
ジョシュアがそう言って指差した方向を見ると、先程見かけたミイラが魔女と相席をしていた。実際に女性と並べて見てみるとどうも体格が良すぎる。だがそのくりっとした瞳はとても男の顔とは想像しづらいものだ。
死神
「ほぉーら、言っただろ?やっぱりあいつはストレートだって。女と一緒に飲んでんじゃん。」
ジョシュアに肩をぶつけ「やめとけ、やめとけ。」とリーパーが顔の前で小さく手を払った。「大きなお世話だ。」とそっぽを向いたジョシュアだったが、楽しそうに話しているクリスを見ると……やはりそれが普通の成り行きなのだろう。自分が彼へと抱く想いはきっとどこか間違っているのだと、そう自分に言って聞かせた。
狼男
「あ、そうそう、あの……子??こうやって見るとあんまり女子っぽく無いような……」
死神
「…………!!」
ウェアの言葉を聞いたリーパーは、飲もうと持ち上げたジョッキをテーブルの上にガタンっと置いた。
死神
「……おい、お前あのミイラ男がさっき他の男とキスしてたって言うのかよ?」
狼男
「うん、してたよ。」
死神
「マジかよ、あいつゲイだったの……?」
狼男
「いや拒否ってたから……違うんじゃない?」
死神
「おいウェア、お前ちょっと試しに口説いて来いよ。」
狼男
「はぁ?!嫌だよ!」
ドラキュラ
「………俺が行く。」
スっと立ち上がりグラスの中のワインを飲み干すと真っ直ぐにクリスが座る席へと向かう。そんな彼の背中をウェアが不思議そうに見つめる……。
狼男
「え、あいつ何やってんの?」
死神
「気になってんだってよ、あのミイラ男のクリス君の事が。」
狼男
「え??ジョシュってゲイだったっけ?……いや普通に女の子と付き合ってたよね?」
死神
「一目惚れしたんだとよ、男に。」
長年の親友が今更になってゲイに目覚めた事が、今のウェアにはショッキング過ぎて開いた口が塞がらない。
死神
「この勢いで俺らも一発やってみっか!」
狼男
「お前が言うと笑えねぇんだよ!!」
死神
「ちょっとお前ビールもう一杯頼んできて。」
狼男
「自分で行け!!」
コトっ……。ワイングラスの底をコースターの上に綺麗に重なる様に置いた魔女のリリが眉を少し上げ、意味ありげにクリスの瞳を見つめた。
魔女
「………それでどうしたの?OKした?」
ミイラ男
「する訳ないだろ!俺はゲイじゃない!」
「まさか!」その言葉を強調するようにクリスが手の平でテーブルの上をダンっと叩いた。そんな彼の必死な主張をさらりと受け流し、魔女のリリは絡まった自分のまつ毛を指で梳かしながら言った。
魔女
「私達みたいな怪物は長過ぎるっつー位長生きするんだから、同性だけじゃ飽きちゃうじゃない。ちなみに私はルックスが良ければどっちでもOK。」
ミイラ男
「……魔女っぽいセリフだね。」
ドラキュラ
「俺も一緒に、いい?」
ガタっ……。隣の席から勝手に椅子を一脚掴み、クリスの隣に並んで座った。急な声掛けに若干戸惑ったはものの、ジョシュアが窮屈にならないように自分の椅子を少し横にずらしてスペースを開けてあげた。クリスと並んで座るジョシュアに、面食いなリリがすかさず詰め寄る。
魔女
「あーら、いい男じゃないクリス!どこに隠してたの?お名前は?」
ミイラ男
「ジョシュだよ。」
ドラキュラ
「どうも、ジョシュアだよ、初めまして魔女さん。」
ジョシュアはこなれた様ににっこりと愛想笑いをして魔女のリリに手を差し出した。リリと軽く握手を交わし、通りすがりのウェイターに「彼女と同じのを頼むよ」と赤ワインを注文するジョシュアの肩に、クリスが不意に手を置いた。
ミイラ男
「俺らもこの前知り合ったばっかだよ、ね?」
少しだけ首をかしげて目を合わせ、そう言ったクリスがどうしようもなく可愛く思えてしまう。不意打ちをつかれたジョシュアは誤魔化すために咄嗟に目を反らした。
ドラキュラ
「あ、うん、そうそう。」
魔女
「彼女はいるの?」
ドラキュラ
「いないよ。」
ミイラ男
「え!いないの?お前絶対モテてるっしょ!背高いし、イケメンだし!」
……意外にもクリスから見て自分は好印象らしい。それを聞いたジョシュアはこの想いもそこまで脈が無い訳でもないのでは?……と考えを改め始める。
魔女
「何なら私と付き合ってみる?退屈はさせないわよ~!」
ドラキュラ
「恋人はしばらくいいかな。」
意味ありげに肩をすくめてそう言ったジョシュアはウェイターからワインの入ったグラスを受け取り、三人で乾杯をした。「な~に?失恋でもしたの?」とワインを口にするジョシュアにリリがすかさず問い掛けると「……まぁね。」と鈍い返事が返ってきた。
失恋できる相手さえ見つからないこちらからすれば、それさえ贅沢な悩みだ。「俺も彼女欲し~い!」そう嘆きながらテーブルに顔を伏せるクリスの耳元で、ジョシュアがそっと囁いた。
ドラキュラ
「……じゃあ、俺と付き合ってみる?」
ミイラ男
「……!!」
その声は魔女には聞こえていなかったらしく、リリは相変わらず他の席のイケメンを探している。片方だけほんの少し開いた包帯の隙間から見えるクリスの目が驚いてまん丸に開いてこちらを凝視している。クリスは魔女には聞こえない声量で、それでも驚きは隠せぬままこう言った。
ミイラ男
「お前、何言ってんの……?!」
ドラキュラ
「いいじゃん、お互いに初めての経験ってことで。」
一体何が面白いのかへへっと軽い口調でとんでもない事を言うジョシュアの肩を、クリスは包帯に巻かれた手でゴスっと殴った。
ミイラ男
「馬鹿じゃねぇのお前、全然面白くねぇよ!」
ドラキュラ
「別に冗談で言ってるわけじゃないけどね。」
赤ワインのグラスを唇に当て、上に傾けながらクリスを見下ろすその顔がとてつもなく色っぽく見える。「馬鹿らしい」と言いながらパっと目を反らしたクリスは、ほんの一瞬でもドキっとしてしまった自分への恥じをビールと共に喉の奥へと流し込んだ。
魔女
「まだ夕暮れ前だからあんまり人が居ないわね……あら、あれってポールじゃない?」
その名前を聞いた瞬間、クリスの体がビクっと大袈裟に反応をした。…どうする?逃げる?どこに?隠れる場所は?もうすぐそこまで来てしまっている…。挙動不審に逃げ場所を探し始めるクリスはジョシュアを見つめ、慌てた口調でこう言った。
ミイラ男
「やばい!…俺ちょっと隠れるわ!」
ドラキュラ
「……え?」
そう言ってサッとジョシュアの後ろに隠れたクリスを、何事かと不思議そうに肩越しから見つめた。同じ種族の仲間のはずなのになぜクリスはそこまであの男に怯えているのだろうか…そう言えば先程ウェアが話していた内容を思い出し、「なるほど。」と状況を理解したジョシュアはクリスを匿い、隣に座るリリにこう尋ねたのだった。
ドラキュラ
「誰?」
魔女
「さっきクリスのことを口説いたミイラ男よ、一緒に歩いてたらいきなりキスされたんだってさ。攻めるわよね~、ミイラって見かけによらず結構Sっ気があるのかしら?」
ドラキュラ
「付き合ってみれば?」
魔女
「Sは別に嫌いじゃないけどミイラってのがちょっと引くのよね……てかポールはゲイなんだから女相手には興味がないはずよ。」
ドラキュラ
「……え?魔女って性別あるの?」
魔女
「魔女なんだから女でしょうよ。」
ドラキュラ
「そうか。ってかミイラ嫌いなら、こいつだってミイラじゃん。」
ジョシュアがそう言って自分の背後に隠れているクリスを親指で指差した。
魔女
「クリスはほら、あんまりミイラっぽくないじゃない?一緒に居てつい忘れちゃうくらい人間っぽいでしょ。」
そう返事をするリリも同じく、ジョシュアの後ろで息を潜めているクリスを指差しそう言った。
ミイラ男
「……俺一応隠れてるんだけど、もうちょっと協力してくれる?(怒)」
そんな彼らの話し声を聞いたポールが案の定方向を変え、こちらに向かって来る。そしてジョシュアの後ろにしゃがんで隠れているクリスを見付けると彼の名前を呼んだ。
ポール
「クリス、ちょっといい?」
クリス
「……あぁ…うん。」
ついに観念したクリスが立ち上がり、テーブルの向かいに立つポールの元へと歩こうとしたその時、ジョシュアがパっとクリスの手を掴んだ。
クリス
「……?」
ドラキュラ
「こいつに何の用?」
ポール
「お前確か……ジョシュアって言ったっけ?ターナー家の息子だろ?」
ドラキュラ
「だったら?」
ポール
「パパの後を継ぐのがどぉーしても嫌で家出てきちゃったんだろ?寝てばっかりのヴァンパイアお坊ちゃま。」
ポールがそう言ってジョシュアをからかうと、連れの連中も一緒になってケラケラと笑いジョシュアを笑いものにした。するとポールを睨みつけていた魔女の背後から飛んできた拳が、ポールをテラス席の向こう側まで思い切り殴り飛ばしたのだ。「一体何が起こったのか」とその光景を目の当たりにしたジョシュアが驚いて目を見開き、その場に立ち尽くす。
ポール
「いってぇな……何の真似だクリス?」
クリス
「ダチのことを悪く言われて腹が立っただけだよ。ってかその冗談、ミイラのお前らが言うとか笑うわ、寝てばっかりなのはどっちだよ。」
魔女
「あはは!確かに(笑)」
中々上手い事を言うクリスにリリがパチパチと手を叩き、それが面白く無いポールは「チっ…」と舌打ちをしてクリスの顎を掴み、唇が付きそうなほど顔を近付けてこう言った。
ポール
「……夜道には気をつけな。」
それだけ言うと、ポールと仲間の連中は無表情のままバーを去って行った。
ドラキュラ
「しばらくの間はヴァンパイアの用心棒が必要みたいだね、クリス君。」
椅子に座り直したジョシュアはスラーっと長い足を組み、片ひじをテーブルについて偉そうにそう言った。
ミイラ男
「……要らねぇよそんなの。」
女扱いされて腹が立ったクリスはムスっとした表情でジョシュアに背を向けて座り、場は一気に険悪な雰囲気になってしまった。そんな中、空気を和まそうとさり気なくクリスに話し掛けたのはリリであった。
魔女
「ポールってさ、お偉いさんのとこの一人息子なんでしょ?」
ミイラ男
「……だから何?」
魔女
「なのにゲイじゃ、跡取りはどうするのかしらね?」
ミイラ男
「どうだっていいよそんな事!」
ドラキュラ
「……玉の輿を狙ってみれば?」
折角こちらが場を和ませようとしてるのに、この男はどこまで空気が読めないのだろうか?クリスの機嫌を直すどころか更に怒らせてしまっているのに気付いているのかいないのか、知らん顔で呑気にワインを飲んでいるジョシュアにリリは苛立ちを覚えた。
ミイラ男
「……もうお前、嫌い!」
…言わんこっちゃない。リリの思った通り、機嫌を損ねたクリスはゴクゴクとビールを飲み干しガタン!っとジョッキをテーブルに置くと、席を立ちバーを出て行ってしまった。
魔女
「あ~あ、拗ねちゃった……ちょっと、あんた責任取りなさいよ。」
ドラキュラ
「あんなに怒んなくったっていいのに。」
魔女
「ショックだったのよ、俺はポールに女みたいに見られたんだって……あの子あぁ見えて結構プライド高いっていうか、男らしく生きたいみたいでね。」
「俺ちょっと話してみるわ。」そうリリに伝えるとジョシュアはクリスの分も含め金貨を二枚テーブルに置いてバーを出た。
「はて、右か左か…」日が落ち、辺りはすっかり暗くなり始めていた。ジョシュアはそっと瞼を閉じ、神経を集中させるとパっと目を開いた。その瞳の色は今までの綺麗なグレー色とは打って変わって血のように真っ赤に怪しく光り、彼から発する殺気を感じた鳥たちがバタバタ…と一目散に木から飛び立っていった。その視界の中では僅かに通りに漂うクリスの残り香が淡い黄色となって浮かび上がり、ジョシュアはそれを目印にして歩き始める。
何度か角を曲がり、橋を渡って獣道を歩き進め、不注意で木の枝に引っ掛かってしまったズボンの裾をイライラしながら手で引っ張って外そうとしていると、どこからか誰かの歌声ような声が聞こえてきたのだ。ジョシュアは急いで傍の草むらに身を隠し、その声の正体を確認する。
「眠れ……眠れ……いい子だ眠れ……」
夜風になびく包帯がまるで指揮をとっているかのようにリズムよく左右に揺れ、少年の声を優しく包み込んだ。少年はその子守唄を森に住む生き物たちのために歌っているのか、それとも彼自身に言い聞かせているのかは気になる所だが、今しゃしゃり出ていって彼の美しい歌声を遮りたくはない。咄嗟にかがんでみたは良いものの途中で足がしびれてしまい、バランスを崩して一歩下がった時に運悪く小枝を踏んでしまった。パキ…案の定その音で歌声は止んでしまい、向こう側から「誰?」とクリスに聞かれてしまったからには、もうここは観念して出て行くしかないようだ。
林檎の木には食べ頃の果実が鈴なりについており、ジョシュアは上の方から一際赤い実を背伸びをして掴んだ。もぎ取った林檎を片手に「ごめんね。」と歌の邪魔をしてしまった事を詫び、クリスに林檎を渡した。それを受け取り何の警戒もせずにカリっとかじるクリスには、その純粋さに正直呆れてしまう。
ドラキュラ
「お前警戒心無さすぎるだろ……それが毒リンゴだったらどうすんのお前?」
ミイラ男
「え、毒リンゴなの?」
ドラキュラ
「だったら……まぁもう死んでるだろうね、今頃。」
ミイラ男
「ジョシュはそんな事しねぇよ。」
そう言って微笑んでリンゴを頬張るクリスが月明かりに照らされてキラキラと輝いて見える。信頼し合う仲と言うにはまだこの二人の仲は浅はかで、まだ熟していない果実のように一口かじれば強い酸味が口を満たすだろう。夜空の上から丘一面を照らす月明かりを背景にカリ、カリ…と林檎をかじるクリスがジョシュアの目を釘付けにした。この素晴らしい景色をキャンバスの上で表したのなら、それはそれは美しい絵画になるだろう。
ドラキュラ
「可愛い奴と、月光とリンゴ……三重奏だな。」
その絵画に自分の姿が写ってしまったら、全てを台無しにしてしまうだろうか……?
ドラキュラ
「ねぇ、クリス。」
大きな口を開けてリンゴにかぶりつくクリスがジョシュアの顔を見て「ん?」と返事をした。こんな暗い森の中、ヴァンパイアである自分を目の前にして無防備に林檎を食べる彼は、微塵もこちらを警戒していない。こんな汚れた世の中で、そんなに安易に他人を信用してはいけないよ。
その首筋は滑らかで柔らかく、一度 この犬歯を突き刺したのなら溢れんばかりの鮮血が口内に流れ、唾液と絡みつき喉を潤すのだろうか。
ドラキュラ
「キスしていい?」
ミイラ男
「……!」
唐突に放たれたそんな言葉に、驚いたクリスの手からリンゴが転げ落ちた……。空気のようにふわっと触れたジョシュアの唇、それはあまりにも柔らかくそして一瞬の出来事であったために、幻覚だったのか?気のせいだったのだろうか?そんな風にさえ思えてくるものだ。
ミイラ男
「おま……!」
抵抗するも虚しくパシ…と掴まれてしまったクリスの手首は優しく締め上げられ、クリスは再び唇を奪われてしまった。頬にそっと触れるジョシュアの手は、包帯の生地に沿いながら段々と唇に向かって親指を這わせていく。ほんの少しだけ部分的に見えているクリスの肌がジョシュアの本能を上手 くくすぐるのだ。さっきの一瞬の不意をついた様なキスではなく今度はゆっくりと、そしてしっかりと、クリスの唇を体中の神経を通して感じる。その柔らかさ、心地よい弾力、時より当たる歯の感触、そして温かくいやらしく、ジョシュアの唇を濡らすその唾液……想像以上の快感にジョシュアの頭が段々とボーっとしていき、手が勝手にクリスの服をまくり上げその腰に巻かれた包帯を緩めていった……。
ミイラ男
「……ちょ、待て!それは無理だろ!」
瞬きをした直後、目の前にジョシュアの顔が迫る。そしてジョシュアはもう一度やさしくキスをした。
ドラキュラ
「クリス、俺と一緒になろうよ。」
なぜそこまでしてこの吸血鬼はミイラである自分にこだわるのだろうか?悪い男では決してない、だがはっきりとした理由も告げられぬまま、成り行きで付き合えるような関係でもない。こちらを見つめるそのグレー色の魅惑的な瞳が先程から答えを待っている。
ミイラ男
「……こんな俺でいいなら。」
その答えを聞いたジョシュアの瞳が嬉しそうに笑った。キスをした後でもまだ友達の関係からは上手く抜け出せず、でもそれだけではもう満足もできず……そんな気持ちは互いにあった。目が合うと少し照れくさくなり、視線を逸らされると何だか寂しくなる……。
ジョシュアが自分の小指にはめていた指輪をスっと外した。金の指輪の分厚い淵には美しい模様の彫刻が、そして真ん中に堂々とはめてある大きな楕円のルビーはまるで王座に座る王様の様に貫禄を表している。
ドラキュラ
「手、かして。」
ミイラ男
「………?」
戸惑いながらそっとクリスが差し出した左手をジョシュアが優しく掴み、その薬指に指輪をはめた。そしてそのままその手を自分の口元に持っていき、クリスの瞳をじっと見つめながらチュっとキスをした。
ドラキュラ
「今日からお前は、俺の恋人。」
クリスの心臓がドクン……と大きく高鳴り、頬が熱くなってゆく。夢でも見ているのだろうか?そんな恋物語のワンシーンのようなシチュエーションに思考が上手くついていけず、クリスは反射的にジョシュアを責め立てた。
ミイラ男
「ジョシュお前上手すぎ……絶対こういうの慣れてんだろ!」
ドラキュラ
「何が?」
喜ぶどころかふてくされてしまったクリスを不思議そうに見つめる。とても大切なことだから、心を込めてちゃんと伝えようと思ってやったことが……返って彼を嫌な気持ちにさせてしまったのだろうか?
ドラキュラ
「喜んでもらえるかなぁーと思ったんだけど……俺、何か気に障ること言った?やっぱりもっと男らしくした方が良かった?」
クリス
「……すげぇ感動した。泣きそうになった。」
口を尖がらせて「ちくしょう……」と呟きながら岩の上の小石でカリカリと落書きをする。話の途中でもジョシュアがキスを求めるとクリスもそれに応じた。話をしては、キスをして、また話に戻り、忘れた頃にまたキスをする。今のジョシュアには、まん丸に光る月も一面に広がる街の夜景も、クリス以外は何もその視界に入らなかった。
ミイラ男
「お前らって本当に血飲むの?」
ドラキュラ
「うん、飲むよ。」
ミイラ男
「……グロ!マジで?」
一瞬引きつった表情を見せたクリス。その反応からして、やはりこれは吸血鬼独特の習慣らしい。険しい顔をしながらも多少興味があるのか、クリスは続けて質問をした。
ミイラ男
「どうやって飲むの?」
ドラキュラ
「え?普通に噛んで……飲む。」
ミイラ男
「毎日?」
ドラキュラ
「俺は滅多に飲まないけど、毎日飲む奴もいれば全然全く飲まない奴もいるよ。」
ミイラ男
「必須ではないんだ。」
ドラキュラ
「んー……分かりやすく言えば性欲みたいなもんかな?飲んだ分だけ長く起きてられるってのもあるけど、多分ほとんどのヴァンパイアはただ単に味が好きで飲んでるんだと思う。別に飲まなくても普通に食事で栄養取ってれば生きていけるし。」
ミイラ男
「人間の血じゃなきゃいけないの?」
ドラキュラ
「いや、何でも……てか好みだな。俺は動物のは臭いからあんまり好きじゃないけど、逆にそれが良いって言う奴もいるし、人間専の奴もいるし。」
ミイラ男
「俺ミイラだからマズそうだけど……俺のも飲んでみたいって思うの?」
ドラキュラ
「思うよ!それ考えると興奮しちゃうから、あんまりその話はしないで……。」
「ヴァンパイアってほんとに面白い生き物だね!」とキラキラとその目を輝かせて興味津々にこちらを見つめるクリスの首元をクンクン……と嗅いだ。なぜだかこの少年の体からは甘い匂いが漂うのだ。
ミイラ男
「え、何?俺匂う?臭い?」
ドラキュラ
「いや、良い匂いだなぁと思って……。」
ミイラ男
「食べないでよ(笑)」
ドラキュラ
「……そんな狼男じゃないんだから。そうだあいつらの事すっかり忘れてた、もう一回飲み直さない?紹介したい奴らが居るんだ。」
ミイラ男
「いいよ、じゃあ俺はリリ誘ってみようかな。」
ドラキュラ
「リリってあの魔女?」
ミイラ男
「うん、もう一人ノアっていうミイラ男仲間が居るんだけど、そいつは今永眠中だからしばらくは会えないんだ。」
ドラキュラ
「あれって何なの?儀式みたいなもんなの?何かめっちゃ寝るよね、二百年くらい寝てない?」
ミイラ男
「うん、正式な名前はRAPって言ってRest and Pray(レスト・アンド・プレイ)の略なんだけど、俺らはあだ名で永眠とかって言ってる。本家のがっつり信仰派な奴らがやるんだよ。」
ドラキュラ
「え、RIP……レスト・イン・ピースじゃなくて?」
ミイラ男
「ぷっ……お前それ本家のミイラに言ったらぶっ殺されるよ?(笑)」
ドラキュラ
「え、ウソ……タブーなの?気を付けよ……。」
ハハっと笑うクリスの手を取り大岩から足を降ろすと、彼の指に自分の指を絡ませた。恥ずかしくて落ち着きが無さそうにしているクリスの頬にキスをして「行こ?」と優しく微笑んだ。
ドラキュラ
「……で?何でRIPじゃなくてRAPなの?」
ミイラ男
「別に死んだわけじゃなくて、ただ長期間眠ってるだけだからじゃない?あくまでもあの儀式のモットーは少しの間眠りながら神に祈りを捧げましょうね。っつー事よ。」
ドラキュラ
「あぁなるほどね、だからプレイなのね。え、じゃあお前もそのうち永眠すんの?」
ミイラ男
「しないよ、俺の家系はそこまでこだわってないから、基本的に自由。」
ドラキュラ
「へぇー、面白いね。」
ミイラ男
「てかさ、さっきポールがお前がターナー家だとか何とか言ってたじゃん?何、お前ん家ってそんなに有名なの?」
ドラキュラ
「まぁボンボンだろうな、親父の特殊能力のレベルが超人並みでさ、なんつーか……探偵みたいな事やってんだよ。それで成功したんででっけぇ屋敷建てて色々顔も知られてて……。」
ごにょごにょと曇らせた様に喋るジョシュアはどうやら自分の家庭の事をあまり話したくはないらしい。
ミイラ男
「何でそんな良い家出ちゃったの、お前?」
ドラキュラ
「いや別に、喧嘩したとか絶縁したとかじゃねぇよ?今でも十年に一度くらいは親の顔見に帰るし、ただ単に退屈だったから外の世界に出たかっただけだよ。」
ミイラ男
「そんであのおんぼろな廃教会に住み着いたの?」
ドラキュラ
「住み着いたってそんな……ドブネズミみたいな言い方やめてくれる?」
ギィー…と入り口の押戸を開けバーに入ると店主がジョシュアの顔を見て店内の右側を、クリスの顔を見て左側を指差しそれぞれの連れの席を教えた。二人はそこで一旦別れ、互いに自分の友達を探しに行くことにした。
ミイラ男
「……リリ!良かったまだ居たんだね!」
魔女
「あら、帰ってきたの?あのジョシュ君は?」
ミイラ男
「あいつも居るよ、友達紹介してくれるんだってさ、一緒に飲もうよ!」
リリを引き連れて移動するクリスが「クリスー!」と名前を呼ばれた方に行くと、テーブル席でジョシュアがこちらに向かって手を振っているのが見えた。「居た居た、あっちだよ。」とリリに先頭を歩かせ席に辿り着くと、まずジョシュア達から自己紹介を始めた。
ドラキュラ
「こいつが狼男のウェア、もう一人居るんだけど今ちょっとトイレ行ってる。」
魔女
「魔女のリリよ、よろしくね。」
ミイラ
「クリスだよ。」
クリスがジョシュアの隣に、そしてリリがウェアの隣に座り、四人は互いに握手を交わした。ウェイターに各々飲みたい物を注文し、ジョシュアはリーパーの分のビールもついでに頼んだ。
狼男
「よく顔を見たことはあったけど、いつも誰かと居たから中々話し掛けられなくてさ。」
魔女
「なぁーんだ声掛けてくれても良かったのに、イケメン君ならいつでもお持ち帰りOKよ?」
ミイラ男
「早い早い、先にナンパさせてあげて(笑)」
ドラキュラ
「おいウェア、お前焦って噛みつくなよ。犬と違ってこっちの世界には順序ってのがあるからね。」
狼男
「犬じゃなくて狼ですぅー。」
四人が盛り上がっている所に、トイレから帰ってきたリーパーが合流した。
死神
「わりぃわりぃ!ちょっとトイレ混んでてさ……。」
魔女
「………!!」
魔女とリーパーが驚いた表情で互いの顔を見つめ合っている。知り合いなのだろうか、もしそうだとしても決して仲が良かったようでは無さそうだ。
死神
「何でお前がいるんだよ。」
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