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第六話 コーヒーの産地、モルナード(後編)
沈黙の中、互いを見つめ合う二人。
狼男
「………はぁ、やっぱ無理だぁ……俺こんなキャラ演じきれない!」
限界を感じたウェアが、ぐて~っとテーブルの上に突っ伏した。
魔女
「いい線いってたじゃない、どうして諦めちゃったの?」
狼男
「だって恥ずかしいんだもん……笑っちゃいそうになるしさぁ!」
ふふふっと笑いながらリリがワインを口にした。
狼男
「リーパーの真似って難しい!あいつが言うと様になってるんだよなぁ………何で俺が言うとここまで不自然なんだろう(怒)」
バーのカウンターに置かれたロックグラスを手に取り、グラスを傾け氷を躍らす。
カール
「もうそんなに経つのか。」
ダニエル
「あぁ、あっという間だったな。」
丸い球体の氷を見つめ、あの日を思い返す………。
ー 320年前 ー
鈴の音と共に勢いよく開いたドアから、珍しく真剣な面持ちをしたカールが店に入ってきた。カウンター席から手を振るダニエルを見つけると、真っ直ぐに彼の元に来て隣のスタンドチェアに座った。
カール
「一体何が起こっている。ウィルはどうした?なぜ最近姿を見せない。」
ダニエル
「いいか?落ち着いてよく聞け。………ウィルは死んだ。」
カール
「……………!!!」
ダニエル
「犯人はもう捕まった。あいつは恋人を守るために自分でその道を選んだ。だからこれはあいつの意志だ。」
カール
「………そんなふざけた話、信じろって?」
ダニエル
「全て事実だ。お前はもう俺の部下の内の一人ではない。今ではお前があいつらのトップに立って導いてやる立場だ。どんな状況に置かれても冷静さを忘れるな………こんな状況下、でもだ。」
カール
「……その捕まった犯人ってのは、誰なんだ?」
ダニエル
「それは言えない。」
カール
「言えない?……俺らの仲間だったんだぞ!!一緒に任務を果たしてきた、闘ってきた仲間だっただろ!一緒に酒んで馬鹿やってよ!楽しかったよなぁ……あんな可愛い弟がよ……そいつを殺した奴を言えねぇ理由って何だよオイコラてめぇダニエル!!」
ダニエルのローブの胸ぐらを掴みそう大喝するカール。あのウィリアムが死んだなど……認めたくもない。そしてそんな無残な事実に哀憐 をする様子も見せず、まるで何かの小動物の死について語る様に淡々と言ってのけるダニエルに対して、怒りが収まらない。
ダニエル
「俺がお前を推薦した事を後悔させるな。」
カール
「………………。」
「くそ……!」椅子に座り直し、何度もそう呟いてはウイスキーを飲み干し、マスターに「もう一杯」と頼んだ。隣でグラスを傾けるダニエル……ただ必死に平常心を装ってはいるが、本当は彼だって泣き叫びたい。感情的になりたい。それ程ウィリアムの死に酷く心を痛めているのだ。そして言葉にできない程に罪を感じている。……全てを受け止め、カールに言った。
ダニエル
「……すまなかった、あいつを救ってやれなくて。」
カール
「あんたの事だ、やれる事は全てやったんだろう?それぐらいは俺にも分かってる。ただ許せねぇのは……俺が何もしてやれなかった事だ……!」
そう言ったカールが、グラスを強く握りしめる。
ダニエル
「ウィルがな……生前に、俺とケルスとの仲を知りたがっててよ。何でモズでもないあんたがそんなにケルスと仲が良いんですかー!って……」
カール
「教えてやらなかったのか?」
ダニエル
「きっと助かると思ってたからな、近いうちに教えてやろうと思ってた……あいつは、俺の腕の中で最期を……」
カール
「………………。」
つい感情的になり、無神経に彼を責めてしまったことを後悔したカール。ウィリアムを大切な仲間だと思っていたのはダニエルも同じ。だがこんな場面でも反論したりせず、至って冷静に対処している様はさすがトップに立ち隊員達を率いていた者だ。……自分との器の大きさの
違いに溜め息が出る。そんなダニエルでも、やはり辛いのだ。こんな自分でも、冷静に振舞う彼の心の内を理解してやれる程には彼のそばで共に生きてきたつもりだ。
カウンター席に並んで座り、酒を飲む二人。カールはダニエルの肩を掴み、落ち込む彼を自分の胸へと寄せた。
カール
「もう、何も言うな………。」
ー 現在 ー
ダニエル
「………あれからもう300年以上経つ。なのにあいつとの記憶はまだ鮮明に覚えてる。」
カール
「当たり前だ。俺らがあいつの事を忘れる日なんて来やしない……やったのはルドルフだったんだろう?全く同じタイミングでケルスから降ろされそのまま行方知らず……ただの偶然じゃあねぇんだろ?」
ダニエル
「………その答えは俺の口からは言えない。ただ言える事は………お前の石頭で考えた勘も極稀 に当たる事があるって事だな。」
カール
「モズは規則が厳しいか?」
ダニエル
「まぁな。ケルスからの信頼を得ている組織である以上、やたらな事を口走る事は出来ない。」
カール
「うーわ面倒くさそう……俺には向いてねぇわ。お前には結構合ってるかもな。そういうコソ泥みてぇな仕事環境。」
ダニエル
「まぁそこまで苦では無いな。」
カール
「あの子の………アレンちゃんの姉ちゃんは元気にしてんのか?あの一件でお前ら別れちまったんだろう?まぁ………無理もねぇよな………事が事だったからな。本当に気の毒だ。」
ダニエル
「俺が今こっちに戻って来てるのはその件でだ。あの姉貴が先日、自害しようとしてな。黒魔術を使って300年前に死んだ妹を蘇らせようと試みた。」
カール
「…………!!」
ダニエル
「タイミング良く俺が駆け付けたから間に合ったものの、一足遅れてたらあいつは儀式を実行していただろう。……少しづつでもいい、前を向いて歩いてくれればと思っていたが……娘を殺されたようなもんだからな、あいつにとっては。何かあった時にいつでもアレンを守ってやれるようにと魔法の勉強に励んでいたんだろうな、あの若さで中級になれた魔女はそう居ない。なのにだ、妹が死ぬかもしれないって時に眠らされ、今まで必死に努力して培 った魔術を持て余したまま眠りから覚めたら床の上に妹の死体が置かれていた訳だ。」
カール
「酷な話だな。聞いているこっちまでやりきれない気持ちになる。俺でもこんな思いになるんだ、その子がその瞬間に感じたものは、とても言葉では言い表せられないものだっただろう。」
ダニエル
「責任は俺にある。あの時、もっと警戒しておくべきだった。そうすればあいつは妹を失わずに済んだ……ウィルだって今頃……」
ダニエルの肩を掴み、グっと自分に寄せた。
カール
「もうやめろ、過ぎ去った事だ。俺ら死神がしてやれるのはその者が生きるか死ぬかの選択。時間を巻き戻す事も、一度死んだ者を生き返らす事も俺らには出来ん。そうだろ、ダニエル………?」
ダニエル
「あぁ、その通りだ。」
首に巻かれた包帯を解き、今度は自分が上になりクリスを優しくベッドに押し倒した。恥じらうクリスの膝を持ち上げ、その足を自分の背中に回す……。
ドラキュラ
「………怖い?」
ミイラ男
「………平気。」
ドラキュラ
「………クリス………。」
ミイラ男
「…………?」
クリスの身体の上に寝そべり、彼の首に自分の顔をうずめて言った。
ドラキュラ
「ぎゅーして。」
言われた通りにクリスがぎゅぅ~っと抱きしめた瞬間、ジョシュアは肺が一杯になる程深くクリスの匂いを吸い込んだ。そして息を吐きながら、彼をしっかりと抱きしめ返した。
ミイラ男
「甘えん坊だな、ジョシュは。」
ドラキュラ
「お前に出会えて幸せだよ、俺は。」
ミイラ男
「…………!」
ドラキュラ
「クリス、俺さ、またすぐに眠っちゃうけど………でも起きるから。必ず、起きるから………だから、待っててくれる?」
ジョシュアが凄く困った顔をしている。寂しそうな顔をしている。……きっと今まで沢山傷付いてきたのだろう……その約束はいつも、守られないまま目を覚ましては一人の孤独と向き合ってきたのだろう。……どれ程悲しかっただろうか。それはどれ程、寂しかっただろうか……?
ミイラ男
「ジョシュ、寂しかったね………ずっと一人で。」
ドラキュラ
「……………!!」
驚いたジョシュアの顔を、片目でそっと覗き込んだ。
ミイラ男
「よく耐えたね、お利口さん。」
包んであげられるだろうか……?この腕は、この胸は……そのために十分だろうか?
彼の悲しみを包み込めるように。失うことはもう無いという安心を、感じさせてあげるために。そして何よりも………この心が彼に届くように。クリスはそんな願いを込めて、ジョシュアの額にキスをした。
「守ってあげたい。」素直にそう思った。
こんな右目をした自分を、彼は綺麗だと言ってくれたのだから。
狼男
「………リーパーに会いたい?」
そんな質問に、リリは黙り込んだ。ワイングラスをじっと見つめて何かを深く考えているリリを、ウェアが邪魔をせずに優しく見守る。
魔女
「…………うん、会いたい。」
ゴトっとグラスをカウンターの上に置き、カールが席を立った。
ダニエル
「行くのか?」
カール
「あぁ………ちょっとやらなきゃなんねぇ事があってな。リーダーは忙しいんだよ。」
ダニエル
「今になってやっと俺の苦労を知ったか?」
横目でカールを見ながらそんな皮肉を言った。「そうだな。」とダニエルの肩を叩き、カールはバーを出て行った。
彼の後ろ姿を眺めた後、目線を前に戻す。グラスが何重にも見える。目がかすみ、意識が朦朧とする………そしてそのままダニエルはカウンターの上に頭をのせ眠りについた。
ミイラ男
「………しないの?」
クリスの隣に横になり、彼を後ろからぎゅっと抱きしめるジョシュアが「うん」と言ってクリスの髪を手櫛で梳かす。
ドラキュラ
「お前を傷付けたくない、痛い思いもさせたくない。」
ミイラ男
「男らしくもうちょっと強引になっても良いんじゃねぇの?お前、掘る方なんだから……」
ドラキュラ
「………だからその掘るってのやめてくれる?何か全然愛が無いみたいじゃん(怒)俺はね、クリス君には幸せで居てほしいの。」
ミイラ男
「ジョシュってさ、臆病だよね。」
ドラキュラ
「……俺さっきからすごい思いやりのある事言ってると思うんだけど、君には伝わってないのかな?」
クリスの肩越しから彼を見つめるジョシュアが冗談交じりにそう言った。
ミイラ男
「そんなに優しいと不安になる。」
ドラキュラ
「……………?」
ジョシュアの長い人差し指を曲げたり伸ばしたりして遊ぶクリスが、その指を自分の口元に引っ張りそっとキスをした。
ミイラ男
「たまにさ、見る夢があって……パパとママと一緒に住んでるんだ。二人とも凄く優しくて、俺二人の事が大好きで、でも……急に居なくなっちゃうんだ。パズルのピースと、星空………」
ドラキュラ
「クリス?大丈夫?」
心配そうに自分の顔を覗き込むジョシュアの声でハっと我に返る。そんなクリスの頬に涙が伝う………。その夢を思い返す時、いつも切ない気持ちになる。その理由も、夢の意味も、今のクリスには何も分からない。
ミイラ男
「ごめん、何でもない………」
次の日の朝、日中の街並みを見るのが楽しみでウキウキしているクリスと、一歩後ろで朝日が眩しそうに眼をこするジョシュアがホテルのロビーに着く。そこにはすでにリリとウェアがソファーの上でくつろぎながら話していた。
ドラキュラ
「二人とも早いね。」
魔女
「ヴァンパイアはやっぱり朝に弱いのね。」
ミイラ男
「リリ、おはよう!」
リリの元に掛けていき、彼女にぎゅっとハグをして頬にキスをした。コーヒーテーブルを挟み、向かい側で「やぁ」手を振るウェアに「おはよう!」と笑顔で答え、そのままリリの隣に座る。ジョシュアがフロントに「出かけて来る」と伝え、三人に声を掛け入り口のドアを開けた。
ミイラ男
「わぁ………すごい!昨日とは全く違う街みたい!!」
三人の後ろで鼻を抑えながら少し苦しそうな表情で歩くウェアにジョシュアが気付き、声を掛けた。
ドラキュラ
「どうしたの?」
狼男
「いやきっついな………コーヒーだね、これ。」
ドラキュラ
「あぁ、そうだ!モルナードと言えばコーヒーで有名な街だったな。ここで焙煎してるんだろうな。」
ミイラ男
「言われてみればそうだね、何かもの凄い匂いだね!ほら、俺の包帯貸してあげるよ。マスク代わりに着けると良いよ。」
狼男
「あ、ありがと!いやでも………どうやって巻くんだろ??」
ミイラ男
「俺がやってあげるよ!」
そんな二人を後ろに残し、いかにも機嫌が悪そうにジョシュアは前を歩くリリの隣に並ぶ。
魔女
「ヤキモチさんなの。」
ドラキュラ
「全然??(怒)」
魔女
「クリスとの初夜はどうだったの?」
ドラキュラ
「あ、聞きたい?痛い思いはさせたくないから……クリス君は大切だから……って言ったら『臆病者』って言われたよ。一体お宅ではどういう教育をされてるのかな?(怒)」
魔女
「あははっ!知らないわよそんなの、あたしはあの子の母親じゃないんだから(笑)」
ウェアの鼻を包帯で巻いているクリスの背中にドスっと何かがぶつかった。「あ、すみません……」とボロボロのコートにフードを深く被った子供が小さく呟き走り去っていった。何だったんだろう……と不思議そうに首を傾げるクリスが何気なしにポケットを確認すると、財布が無くなっていた。
ミイラ男
「………あ!!すられた!!」
振り返ったジョシュアがクリスに駆け寄り、彼の身体を撫でまわす。
ミイラ男
「あははっ!くすぐったい………って何やってんだよこんな時に!!(怒)」
ドラキュラ
「刺されてない?怪我は?」
ジョシュアの目が全く笑っていない。彼が本気で心配している事を察し、クリスも真面目に答えた。
ミイラ男
「うん、大丈夫………ありがと。」
ドラキュラ
「ウェア!匂いで追えるか?」
狼男
「うぃ~~………鼻が全然利かない………ごめんね。」
ドラキュラ
「もう、ポチの役立たず!ハウス!!」
そう言ってたった今出てきたばかりのホテルを真っ直ぐに指差した。
狼男
「ぶっ飛ばすぞ!!(怒)」
はぁ………とため息をつき、「仕方ない……」とジョシュアが目を閉じる。
ミイラ男
「………ジョシュ??」
再び瞼を開けたジョシュアの目はあの綺麗なグレー色ではなく、鮮血のような真っ赤な色をしている……。
ミイラ男
「………お前、何その目………」
ドラキュラ
「これがターナー家の特殊能力、センス。五感が異常に鋭くなるんだよ、使う分だけ眠りにつくのが早まるけどね。」
魔女
「噂で聞いた事はあったけど、実在したのね……」
狼男
「急いだ方が良さそうだね、ジョシュ……どっちに行った?」
ドラキュラ
「ついて来て。」
コツ……コツ……。その男の履いているブーツの底が石の床に当たり音を響かせる………。
「久しいね、元気にしていたかい?」
ルドルフ
「………そろそろ来る頃だと思っていた、ルシファーはどうしている?あやつを壊せばただでは済まさんぞ。」
「ふふ………怖い人だ。それは気を付けなくちゃね。」
ルドルフ
「世間話をしに来た訳ではなかろう、何の用だ。」
「奴を解放する準備がほとんど整ってね、その報告をと思って。」
ルドルフ
「…………やめておけ。」
「だがまだ例の物が足りないままだ………問題はそこだね。」
ルドルフ
「解き放った所で誰が止められる?その術を開発するのが先だろうに……そのための研究を何百年としてきたのだ。それをあんな小僧に………ドーナとグリフィンにも伝えておくべきだったのだ、すればあのドラ息子も知人を死なせずに済んだであろうて。………ネスよ、お前の失態だ。」
ネス
「そうだね、もう少し深く考えておくべきだったね。」
ルドルフ
「いつまでわしをこんな所に縛り付けておく気だ、老人を敬え。」
ネス
「内通者が居る。みながお前がそれだと信じている今、奴は気を緩めている。もう少し我慢しておくれ……すまないね。これ以上犠牲を増やしたくはないんだ。」
ルドルフ
「ケルスの中にか……?」
ネス
「いや、それは考えにくいだろう。我々ケルスは基本的にこの地を離れる事は出来ぬ故、恐らくもっと行動範囲の広いモズかゴーダの中に紛れ込んでいる。」
ルドルフ
「ダニエルをここに呼べ。」
ネス
「…………正気かい?間違いなく痛い目に遭うと思うけど。彼はまだ何も知らないからね。彼にとって其方 は仇だ、そんな其方 を目の前にして殺すほかの理由など持ち合わせてはいないだろう。」
ルドルフ
「ここに連れて来る間、わしが真の敵では無いとだけ伝えておけ。後はわしから話す。」
ネス
「………承知した。」
Dusk to Dawn 始まりの章
- END -
次章、Dusk to Dawn 復活の章 に続く。
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