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第1話

 東北地方最大の林業王、不動産王。明治維新後の文明開化の波に乗じて一代で、事業を拡大した、椎木(しいき) 彦左衛門(ひこざえもん)。  の子孫達の物語。 彦左衛門の娘:世理子(よりこ) 世理子の息子:勇一(ゆういち) 勇一の娘:紗代子(さよこ) 紗代子の夫:(ひろし) 紗代子の長男:誠一(せいいち) 正妻の他に妾がいた     二男:哲也(てつや) 妻:志保(しほ)     長女:景織子(きょうこ) 夫:パトリック 椎木 雅臣(まさおみ)(19) 若干19歳にして、米ハーバードを次席で卒業。帰国後、紗代子の命により、椎木家を継ぐ事になった。誠一の息子。 椎木 理央(りお)(22) オックスフォードの大学院を卒業後帰国。紗代子の命により雅臣と一緒に会社に入る事になった。哲也の長男。 椎木 (りつ)(18) 現役高校生。凪の双子の兄。哲也の二男。 椎木 (なぎ)(18) 現役高校生。律の双子の弟。哲也の三男。 椎木 (れん)(16) 現役高校生だが身体が弱いので学校には行っていない。自宅学習。景織子の長男。 椎木 須磨子(すまこ)(15) 現役中学生だが、蓮の影響で学校へは行っていない。自宅学習。蓮の妹。景織子の長女。 白石 成樹(しらいし なるき)(年齢不詳) 彦左衛門の時代から椎木家に使える医師の家の子。 新谷 静子(あやら しずこ) 誠一の妾。 伊波 颯(いなみ そう)  静子の息子。伊波家に養子にもらわれた。 大瀧(おおたき)  椎木家の執事 美紀子(みきこ) 椎木家の家庭教師 エピソード1 《律と凪の物語》  黒塗りのベンツが、山の中腹に見える屋敷に向かって走っている。山の(ふもと)からもその姿形が見える位に大きな屋敷である事が分かる。  ベンツが到着すると、中から雅臣が出て来る。ついでもう1人。 「お帰りなさいませ。雅臣様。早速ですが、紗代子様がお呼びです。ご友人の方は別室にてお待ち頂きますか」 「ああ。そうしてくれ」  凪の部屋で、凪は広いベッドの上で横になっている。そのベッドに背を預けるように座っている律。 「なんか、家の中、騒がしくなったか?」 「さあ」 「理央、帰って来たんかな?」 「さあ」 「興味ねえのか?」 「んー」  凪は昔からこうだ。いや、ガキの頃はこうじゃ無かったが、今は周りに興味が一切ない。何を聞いても生返事だ。  と、部屋の扉が開いた。 「律様。凪様。雅臣様と理央様が到着されました」  現れたのは執事の大瀧。白髪混じりの彼は、代々この家に使える執事の家系の人間であった。 「理央だけじゃなくて、雅臣も帰って来たのか」 「はい。それで、紗代子様が皆を芙蓉(ふよう)の間に集める様にとの事でございます」 「婆ちゃま、まだ生きてた?」 「律様」 「へいへい。分かった」  大瀧が消えると、律は凪に向き直った。 「雅臣が帰って来たって事は、家関係かな」 「さあな」 「・・・凪、行くぞ」 「ん、ああ」  凪は重い腰を上げた。  廊下に出ると、向こうから従兄弟の蓮と須磨子が歩いて来た。ハーフの二人は色素が薄い。 「蓮兄様、大丈夫ですの?あまり無理をなさらないで」  心配した須磨子が声をかける。蓮は小さい頃から身体が弱く、外に出た事がない。必要な知識は全て自宅学習で賄っていた。一つ違いの須磨子もそんな兄を見て育ったからか、小学生の低学年の頃より自宅学習に切り替えて以来、外に出た事がなかった。  21世紀になってまだそんな事があるのかと思われそうだが、それが事実だ。この東北地方の山間(やまあい)の旧家が権力を持っている土地では。  道行く道路も、商業施設や公共の建物も全て椎木産業が手掛けたものである。 「大丈夫だよ。自分の家の中で部屋から部屋への移動だよ。心配性だよ、須磨子は」 「でも・・・」 「よう。蓮、須磨子。蓮、歩いて平気か?」  律の問いかけに、困ったように蓮は笑う。 「もう、律兄さんまで」  と、後ろから声が聞こえて来た。 「大丈夫ですよ、皆さん。僕が許可を出しましたから。  白石 成樹。通称なる先生。年齢は不詳だが、見た目は三十前後だ。彼もまた彦左衛門の時代から椎木家に医師として使える家系に生まれていた。 「なる先生がそう言うなら大丈夫か」 「でも、律兄様、そう言ってこの間、庭にお散歩に行きましたら風邪を引きましたのよ」 「それは、僕の不注意で、なる先生のせいじゃないよ。先生に言われた時間よりも長くいてしまったんだ」 「だから須磨子は心配しているんです」 「分かったよ。須磨子の言うこともちゃんと聞くよ」 「まったく、お前たちはどっちが歳上なんだか」  律は微笑ましい兄妹を(まぶ)しそうに眺めた。ウチの愚弟(ぐてい)もこのくらい感情が出れば、可愛げがあるんだが。今も話は聞いているんだろうが、会話に参加する気配は一切無い。  と、なる先生の視線の先に蓮を見る。その眼差しは・・・。  奥座敷、《芙蓉の間》に集まった一同をぐるりと見回し、話を切り出す紗代子。 「皆が息災でここに集まれたのは喜ばしい事だよ。私の可愛い孫たちがね。戦後の高度経済成長期に、今はもう亡くなってしまったけど、夫の博さんと大学で会い、3人の子供にも恵まれた。  長男の誠一は博さんに似て少し風変わりで雅臣が生まれた後に真由美さんを実家に帰してしまった時は困ったと思ったもんだが、その後は自分の好きな女性と添い遂げたんだから良しとするよ。流行病で亡くなってしまったのは可哀想だがね。  二男の哲也は、真面目で優秀だがとんと女性に興味がなくて、嫁を見つけるのが大変だったが、今も外国の大学で志保さんと研究を続けているのだから良しとしよう。  長女の景織子も風変わりな子で、外に出たら帰って来やしない子だった。ボディーガード達からの知らせでは、変な遊びをしてるわけではないから自由にさせていたが、芸術家かぶれの連中と何とかハウスと呼ばれる家で何かの創作活動をしていたそうだ。そうこうしている内にお腹を大きくして帰って来たから驚くじゃないか。今も外国で自由気ままに暮らしているそうだよ。まあ、元気でいるんだ、良いじゃないか。  さて、今聞いた通りだ。あんた達の親で、私の子供達は誰も彼もこの家にいやしない。このままでは、椎木 彦左衛門が一代でここまでにした椎木産業の未来に不安がある。そこで、少し早いが、雅臣に椎木産業の代表に就任してもらう。今からしっかり勉強して、将来は椎木産業グループ全体を統括してもらう事にした。そして理央に副代表に就いてもらう。二人の大学卒業が重なったのが良いタイミングだと思う。  異論のある者は今、この場で、お言い。そうで無ければ永遠に沈黙を貫くんだ。良いね」  (しば)しの無言の後、律が手を挙げた。 「何だい?律」 「婆ちゃまの決定に異論は無いよ」 「そうかえ。じゃあ、何だい?」 「俺は凪を妾にする」 「そうかえ」  海千山千(うみせんやません)のこのお婆婆は多少の事には動じないようだ。 「ああ。このままいけば、俺と凪も椎木産業のどっかで働く事になるだろ。そしてゆくゆくは結婚とか言う話になるだろ。俺はしない。もちろん、俺の妾の凪にもさせない。だから、ウチの跡継ぎは理央に言ってくれ」  言い終わると、律はゆっくりと凪を見る。流石に鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしているかと思ったが、無表情な凪を見ると、無性に滅茶苦茶にしたい衝動に駆られた。 「冗談キツイぜ。律」  視線も向けずに冷たく言い放つ凪の正面に回り込み、その顔を、眼をしっかりと睨む。 「生憎、冗談じゃねえ」 「なら、気色悪い」  今度は凪も律を睨む視線を外さずに、低く言い放つ。  自分を睨みつける凪の表情、その雰囲気に食指(しょくし)が動き出した律はゆっくりと手を伸ばした。  その手を払い除けられた瞬間、殴り合いが始まった。  お互いに手加減はない。小さな頃から自身の身を守るためのあらゆる武術を学んできている。実力は文字通り伯仲(はくちゅう)。  二度三度、鈍い音が響いた時、 「そこまでだよ。おやめ」  凛とした紗代子の声が響いた。 「婆ちゃま。止めんなよ」 「このまま続ければ怪我じゃ済まないよ」 「今、律のこの腐った思考の息の根を止めねえと、俺の精神衛生に悪い」 「その腐った思考の持ち主も私の可愛い孫なんだよ。もちろん凪、あんたもね。それに、これ以上怪我したら、あんた達、明日から働けないじゃ無いか」 「・・・」 「・・・」  二人は顔を見合わせた。お互いに「知ってたか?」の意味を込めて。そして二人同時に首を振る。「聞いてねえ」の意味を込めて。 「婆ちゃま。どう言う事だ?俺と凪が何処で働くって?」 「ウチが持ってるリゾート地があるだろ。冬はウィンタースポーツが楽しめて夏には避暑地になる、山岳のホテルが。この春オープン予定の。そこで準備スタッフとして働いてもらう」 「そんなもん現場のプロに任せt」 「あんた達が現場のプロになりな。律。あんたさっき言ったじゃないか。ゆくゆくは自分達も産業で働く事になるって。その通りさ。だがね、雅臣も理央も大学を卒業したからっていきなり代表と副代表をさせてるんじゃ無いんだよ。二人とも高校生になった時から、会社の色んな現場で働いて来たのさ。二人は長男だから少し早めに始めたが、あんた達は少し遊ばせ過ぎたようだ。明日から働きな」 「そっ。まだ、学校あるぜ」 「どうせ行っても遊んでるだけだろ。(ボディーガードから)連絡は入ってるよ。それに今、高校の勉強をしなきゃならない学力かい?なら家庭教師の美紀子さんは職を失うよ」  中学生の頃に既に高校の勉強まで(プレ教育の後、初等教育、前期中等教育並びに後期中等教育まで)は終えている二人だった。現在は既に高等教育に入っている。高校へは遊ぶ為に行っているのも事実であった。雅臣や理央みたいに飛び級してまで早く大学に行きたいと思っていない二人だったので。  再び二人は顔を見合わせた。「やられた」 「二人とも派手にやりましたね」  ここは、なる先生の部屋である。 「理央さん。その包帯をとって頂けますか?」 「なる先生。コイツらの容体は?」 「律さんは、肋のヒビと顎の陥没骨折ですね。凪さんは足の小指の骨折と、失礼しますよ」  言うと、なる先生は凪のシャツを開く。鎖骨が紫色に腫れていた。 「鎖骨の骨折ですね。ヒビかな。凪さん。大人しく出来るなら固定はしませんが・・・固定しますね」  なる先生は二人が明日からホテルでの労働がある事を思い出した。 「二人とも、薬を出しますね。あと、この頓服は寝る前にもう飲んで下さい。夜中に痛みで起きたくはないでしょう」 「しかし俺が家にいない間に、お前らがそんな事になっていたとは驚いたぜ」  理央は仏頂面の二人を交互に見比べた。 「俺じゃない。律がそんな事になった。さっき、突然」 「退屈しねーだろ」 「は?そんな事の為にあんな事言ったんなら、タチ悪過ぎ」 「いや、本気は本気だ」 「・・・」  凪は無言で睨みつけた後、面倒くせえという様に視線を逸らした。その様に律は口の端だけで笑った。何を言っても暖簾(のれん)腕押(うでお)(ぬか)(くぎ)状態の頃に比べれば、今はその表情にも格段と差がある。 「その問題はさておき、明日からの事だが朝イチでホテルに向かうからな。ホテルの情報は二人のPCにPDFで送ってある。朝までに叩き込んでおけ」 「理央。随分と偉そうだな」  律の嫌そうな問いかけに、理央は不適な笑みを浮かべた。 「当然だろ。明日から俺は二人の上司だ。現場ではボスと呼べ」 「なあにがボスと呼べだ。フフンだ」  凪の部屋で凪のデスクの上、PCで、ファイルをダウンロードしてるのは律。 「律。自分の部屋でやれよ」  左腕を吊った凪は不思議そうに律を見つめている。 「何を今更言ってんだ?いっつも俺がいるのはお前の部屋だろ。学校のクソみたいな課題も全部ここでやってただろ。それに、凪、今片手使えないだろ」  凪は思う。確かに律はいつもこの部屋にいる。何だったら、部屋の主よりいる事の方が多い。だが、その、いつもの行動に疑問がある。さっき律が俺に向かって言ったことは、律の中では無かった事になってんのか? 「お前・・それで・・俺が(ほだ)される・・とか、思ってんなら・・」  凪が信じられないものでも見るように律を見やると、それに気がついた律が更に信じられないものでも見るように凪を見返した。 「お前は・・それで・・絆されるのか?」 「いや」即答すると、 「だよな」安心したように律も返した。  食事を終えて、資料に目を通してると律が部屋に入ってきた。別に視界に捉えてはいないが、律なのは気配で分かる。そのくらいには双子なのだ。 「風呂に行こうぜ。洗ってやる」 「・・・」  だが、この言葉には血の気が引いた。 「・・いい」 「鎖骨(の怪我じゃ、自分の面倒を見るの)は無理だろ」 「いや、でも・・・」  さっきは律を見なくても分かるって言ったが、今はどんな顔をしているのか正直見たくない。  視線を逸らしたままの凪に律は、 「風呂で襲われるとでも思うのか?」 「・・・」 「当然だろ」  言った瞬間、凪は半身(はんみ)をズラした。戦闘体制に入ろうかという所だろう。 「あのな、冗談だよ。俺も怪我してるんだ。お前の肘が肋骨に入ったからな。無茶はしねえよ」  それでもまだ、身体に力が入ったままの凪を見て、律は内心喜んでいた。  昨日までの日常とは打って変わって、今は凪の視界の中に俺はいる。双子なんだから、お互い空気みたいなもんだろと凪は言うかもしれないが、俺は、それじゃ嫌だ。凪に触りたいし、触られたい。ガキの頃はしょっちゅう二人して遊んでいたし、一緒のベッドでくっついて寝ながら、お互いの寝相の悪さに喧嘩になっていた。その頃は表情も良く動いて楽しかった。なのにいつの頃からだろう。凪がこんなに色んな事に対して無関心になったのは。 「大丈夫だ。誓って。風呂じゃ襲わねえ」  両手を広げていう律に、凪は眉を(ひそ)めた。 「風呂じゃ?」 「言い方が悪かったな。了解がねえ限り、襲わねえよ」 「一生来ねえぞ」 「そん時はそん時だ」  逡巡の後、凪は言った。 「わかった」  (ほう)っと肩の力が抜けたのを見た律は少し意地悪がしたい衝動に駆られた。 「だから、今ここでキスさせろよ」  言った瞬間、まるで猫の毛が逆立つように、ピリッとした空気が流れた。 「冗談だ」  笑みを浮かべる律に、無言のまま睨みを効かせる凪だったが、何を思ったか、 「いいぜ」  律の思いもよらない言葉が帰ってきた。 「は?あ、いや」 「何だよ。怖気付いたか?」  フンと馬鹿にしたように笑みを浮かべる凪。 「いや、じゃねえけど、さっきの今でどんな心境の変化だよ」 「別に」  ふと視線を外した凪の顎を指で優しく捉える。 「俺の顎はお前のせいで陥没骨折してるんだから、暴れんなよ」  躊躇(ためら)いもなく唇を近づけた。上唇と下唇がそれぞれ合わさるように沿って触れる。しばらくその柔らかさを堪能した後、隙間から舌を差し込んだ。  律の舌が凪の舌に触れた瞬間、凪の身体がピクリと反応すると同時に舌が逃げた。角度を変えて深く唇を合わせる。その方が舌を追いやすい。再び舌を捉えると観念したのか今度は逃げなかった。どころか、覚悟を決めたのか律の舌を吸うように扱い始めた。(へえ、余裕じゃん。なら)律は凪の舌を唇ごと軽く噛んだ。 「んっ」  喉の奥が鳴った。事に驚いたのか、急いで唇を離す凪。 「っわかった。もういい。お前が本気なのはわかった」 「俺の本気を試したのか?」  心外だと言うように眉を顰める律に凪は、 「じゃなくて。俺たちいっつも一緒にい過ぎて、律の脳みそがバグった可能性がねえかなって。キスしたら流石に気付くんじゃねって」  フッと笑うと律は優しく凪を見つめた。 「もうとっくにその領域は超えてんだよ。俺は」    宣言通り、風呂場では紳士的な律だった。というか、二人とも怪我人なので、最後の方は使用人に手伝ってもらった位である。  閉鎖的な貴族的空間で育った二人にとって使用人に身体を見られる恥ずかしさはなかった。

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