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浸入①
「うわぁぁぁぁああ~~~~っ!!!」
自分の部屋でごろりと寝転がり、天井を見上げて叫んだ。
仕事だ遊びだと、バタバタと無理矢理予定を詰め込み、忘れようとしたけど、やっぱり無理!
……なんだかんだ言いながらも、僕はまだ別れた元恋人の事を、忘れる事が出来ないらしい。
「これ、どうすっかなー……」
右の掌には、アイツの部屋の合鍵。
結局返しそびれて、1ヶ月近く持ったままになっている。
「暇だし、さすがにそろそろ返しに行くかぁ!」
言い訳のようにひとり呟き、むくりと起き上がると、少し厚めのパーカーを羽織った。
***
久々に訪れる、ヤツの住むマンション。
5階建てのその建物は、お世辞にもきれいだなんて言える代物ではない。
だって今時標準装備ではないかと思われる、エレベーターすらも設置されてはいないのだから。
階段を1歩、2歩と上がる度、まだアイツが自分の恋人だった頃の思い出が蘇る。
……初めてキスしたのも、思えばこの階段だった。
大好きだよって、彼が言ってくれて。
僕も大好きって、照れながら答えた。
手を繋いで、子供みたいに幸せそう笑ってたあの冬の日。
真夏の馬鹿みたいに暑い中、二人で買い物袋を手に、ヤツの部屋に向かった日。
……大ゲンカして、泣きながら一人、彼の部屋を飛び出した最後の日。
「……まぁ来たところで、何って事もないんだけどさ。」
彼の部屋の前で、ぽつりと呟いた。
右の掌には、まだ部屋の合い鍵が、握られている。
ポストにこれを入れれば、全てが終わるんだよなぁ……。
そんな風に柄にもなく感傷に浸りながら、そっと掌を広げ、鍵を見つめた。
そして気づくと僕は、キーをドアの鍵穴に差し込んでいた。
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