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浸入②

「ハハ、刺さった……」  ドアの鍵は案の定、替えられてはいないようだった。  ガチャリと音を立てて、回転する鍵穴。  それを見た瞬間、ダメだと思いながらも笑みが零れた。 「……この時間なら、まだ仕事だよな?」    脳裏に浮かぶ、悪い考え。  これは不法侵入にあたる、犯罪行為だというのに、わくわくの方が大きくて。 ……僕は彼の部屋に、侵入した。 ***  久々に訪れた、彼の部屋。  ふと思い立ち、冷蔵庫を開けてみた。  その中は予想通り、ほぼ空っぽで。 「ホントほっとくと、杜撰な食生活を送るんだから……」  呆れながらも新しい恋人の影がない事に、少しホッとしている自分。  冷蔵室のドアをぱたんと閉め、次に冷凍室を開けた。  その中は冷蔵室同様ほぼ空だったけれど、僕が大好きな。  ……普段食べるにはちょっとお高めな、真っ赤なカップに金色の蓋を冠したバニラ味のアイスクリームだけが、ぽつんと寂しそうに入っていた。 「……まだ、残ってたんだ」  僕はこの濃厚なバニラ味のアイスクリームが好きだけれど、彼はもっとチープな、ソーダ味の棒状のアイスが好きだった。  だから僕がこの部屋を訪れる事が無くなった今、それを食べる者はおらず、ずっと冷凍室の中で眠っていたのだろう。  ひやりと冷たい紙製のカップを手に取ると、思わず笑みが零れた。  だってまだここが自分の居場所であるような、そんな気になれたから。  ……もちろんそんな事、あるはずがないのに。 「どうせこのまま置いておいても、誰も食べないんだし……」  言い訳のようにまた呟くと、ほんの少しの悪戯心を胸に、キッチンからスプーンをひとつ取ってきて、アイスクリームの蓋を開けた。 「いただきまーす!」  僕の指定席だった一人掛けのソファーに腰を掛け、両手をぱちんと合わせる。  アイスにスプーンをさそうとしてみたけれど、長期間冷凍室を独占していたそれはかちんかちんに固まっていた為、なかなかささらなかった。  それでもようやくひとさじ分のアイスクリームを掬い取ると、それを自分の口元へと運んだ。 「うん、うまい!」  これを見るとヤツとの楽しかった頃の記憶が蘇ってしまうから、意識的に食べることを避けてきたバニラ味のアイスクリーム。  久々に口にしたそれは、悲しみではなく、幸せの味だった。

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