1 / 9
第1話
「北高ーっ、ファイ、オー! ファイ、オー! ファイ、オー!」
正門の左右に植えられた並木から降る、蝉時雨をかき消すように聞こえてきたかけ声に、静流 は形のいい眉をひそめてため息をついた。
「このくそ暑い時間帯にランニングなんて、アホか」
夏休みのちょうど真ん中。熱されたアスファルトから立ち昇る蜃気楼で、土まみれのユニホームがゆらゆらと歪んで見える八月の午後。
夏が嫌いだ。
わんわんうるさい蝉の声。首筋をチリチリと焦がす強い日差し。なによりも汗のにおい。まともに働かなくなる思考。
「北高ーっ、ファイ、オー! ファイ、オー! ファイ、オー!」
迫ってくる埃っぽい集団に気づかれないよう、静流は手にしたスマホに気を取られているふりで、深くうつむいた。
「北高ーっ、ファイ、オー! ファイ、オー! ファイ、……お?」
先頭で音頭をとっていた声が途切れ、濃い影が静流を覆うようにかぶさった。
ともだちにシェアしよう!