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第146話
「李子くん。こっち」
浴槽の中で、ちゃぷん。水音。僕の身体を反転させて、相良さんが見下ろしてくる。その、広い肩幅を見ていると不思議と安心してしまう。
「きょうは、とっておきがあるんだ」
にこ。深い笑み。
「とっておき?」
僕はぽけっとしながら答える。
「李子くんは初めてかもしれないけど、俺が優しくするから心配しないで」
その言葉は、麻薬だ。僕の頭も心も歪に痺れさせる。
相良さんの笑顔。なんか、いつもと違う気がするのはなぜだろう。笑ってるのに、優しい顔なのに、なにか違和感を覚える。それが胸につかえてしまう。もう半年もmateとして上手くやってきて、信頼関係は築かれているはずなのに。
この胸騒ぎは、なに?
ざぱ、とお風呂から上がって。相良さんが、僕の身体を拭いて服を着せてくれる。ここまでは、いつも通りだ。相良さんも服を着て。洗面所で髪の毛にドライヤーをかけてくれる。いつも通り。いつも通り。
連れていかれたのは、相良さんの部屋。きぃ、と扉が閉まる音。その瞬間、なにかがはっきりと変わった。
相良さんが身に纏う空気だ。
「sit down《座って》」
あれ。今日はkneel《(犬のような)おすわり》じゃないんだ。相良さんとplayをするときは、よくそっちを使うから。
こんなに丁寧に座ってと言われたのは初めてだ。訝しみながらも、僕の体は相良さんのCommandに従う。なんとなく、正座のほうがいいだろうと思って絨毯の上に正座をする。
相良さんは直立して僕を見下ろしている。とても、高いところから。その視線がヒヤリとしていて、痛い。こめかみに突き刺さる。
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