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第182話

 返事は返ってこない。その無言の空気さえ、痛くて、辛くて。息を吸うのも苦しいんだ。  ぐりぐり。  返事の代わりに返ってきたのは、足癖。僕の頭を今度はやさしく足で撫でてくる。  相良さん怒ってるんだ。でも、今までのお仕置の比じゃないこの行為は、なんなんだろう。 「ッ」  考える暇もなく、今度は顎を蹴られた。再び、壁に背中を打ち付けた。痛い、痛い。  僕は顎を押さえて、上から見下ろしてくる相良さんを見上げた。助けを求めるみたいに、奴隷みたいに、身体を屈める。 「相良さん……やめてください。お願いです」 「何言ってるの。李子くん」  僕の前で腰をかがめてきた相良さんの瞳は、黒そのものだ。その瞳には、呆れの色が浮かんでいる。 「君が俺にPunishment《お仕置》をさせてるんだよ」  がし、と髪の毛を引っ張られる。いつもは髪を撫でてくれる優しい手が、髪の毛を引きちぎる勢いで頭を揺らしてくる。 「だめだといったよね」 「ゆ、ゆるして……ください」  僕は涙を流してしまうくらいに動揺していた。この状況に。相良さんから、与えられる痛みに。身体を丸めて震える僕に、相良さんは甘く囁く。 「どうしたら、許してあげると思う?」  それを、僕に聞くのか。  相良さんの目を見た。高いところから、ぴりぴりとした視線を感じる。瞳の奥が、ナイフのように光っている。

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