269 / 276
第272話
「ごめんね。せっかくできた友達と離れ離れにしちゃって」
少し辛そうな顔の相良さんを見て、僕はふるふると首を横に振る。
「なんか、嬉しくて……こうやって僕のためにプレゼントしてくれたりとか、今までそういう人と出会ってこなかったから……」
職場では、最終出勤日に金森さんからキーケースをもらった。泣きながら、渡してくれた。「新居の鍵を入れてくださいね」と微笑みながら。涙目で、僕のことを応援してくれた。そのときも、じわって涙が出てきてしまって我慢するのが大変だった。
「少し落ち着いた?」
「はい……大丈夫です」
相良さんに背中をとんとん撫でられて、嗚咽が引っ込んだ。
空港のアナウンスが聞こえた。僕たちが乗る飛行機の案内だった。
「やば。ちょっと走るかも……ついてこれる?」
「はい。頑張ります」
あ、あの日と一緒。
相良さんと初めて出会った雨の日。ビジネスホテルまで走って向かった日。
相良さんが差し出してくれる手のひらに、自分の手のひらを重ねて。1歩、前に踏み出した。
僕たちの未来に向かって、小さな1歩でもいい。確かな道を歩むために。
僕らを待つきらきら光る未来に向かって、歩み出した。
ともだちにシェアしよう!