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第288話 コース料理をどうぞ

「……」  相良さんは何も言わずに黙りこくってしまった。僕は何かいけないことを言ってしまったかな? と不安に駆られる。しかしそれも一瞬で吹き飛んだ。相良さんが口元を手で押さえて目を伏せて呟いたから。 「ごめん……可愛すぎて息できなかった」 「……」  見たこともないくらい顔を紅くさせる相良さんを見てとくんと僕の胸が跳ねた。よかった。そういう理由だったのか。相良さんは耳まで真っ赤にさせていてすごくかわいい。 「そろそろディナーの時間だ。行こうか」 「はい」  腰に手を回されて案内される。そのときの歩みは僕に歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれてそんな優しいところが僕は大好きだった。 「それではまずはウェルカムドリンクをどうぞ」  ディナーの席は海の見える窓際の席だった。2人がけの丸い大理石のテーブルにウェルカムドリンクが置かれる。スパークリングワインのようだ。グラスを傾けるとしゅわしゅわと小さな泡が浮かんでは消えていった。 「乾杯」  相良さんの声かけでカチンとグラスを合わせる。そのままゆっくりと舌で味わうようにワインに口をつける。爽やかな白ぶどうの酸味と甘みが鼻の奥まで華やかに広がる。 「っこんなに美味しいスパークリングワインは初めてです」  思わずそんな感想を伝えてしまった。庶民的な感想を伝えてしまったことに気づき恥ずかしくて顔を俯かせると、相良さんがくっくっくっと喉を鳴らす。見れば顔をくしゃっとさせて笑っていた。 「大丈夫。俺たちは日本語で話してるし誰も聞いてないさ」  辺りを見渡せば皆、思い思いに話しながら食事をしており周りの目を気にしていない様子だった。ほっと安心していると目の前に前菜が運ばれてきた。 「サーモンとレモンのカルパッチョです」  相良さんが英語で説明するウェイターの言葉を日本語に訳してくれるおかげで僕はこれから何を食べるのかわかった。薄く切られたサーモンはレモンの酸味が加わって後味がすっきりしている。 「かぼちゃと豆のクリームスープ。トリュフ仕立てです」  コト、と置かれたスープには濃厚なかぼちゃの香りがふわりと鼻をついた。あたたかいスープを掬い口に運べば、体の芯からあたたまるようだった。デッキで海風に冷えた体にはありがたかった。 「トリュフって不思議な味がしますね。形容するのが難しいです」  スープを飲んでから相良さんにそう伝えると「たしかに」と頷いてくれた。 「日本とアメリカの食事は味付けの仕方も違うからね。職場のランチは専らブリトーとかベーグル、タコスや中華料理とかで日本のメニューはあまり無いからね。その分、朝と夜は李子が日本食を取り入れて作ってくれるおかげで風邪知らずだよ。いつも本当にありがとう」

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