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後日談 溺愛オメガは運命を織りなす(1)

 好きを積み重ねて五年。  セックスレスは解消したのに、まだまだ前途多難な日々を送っている。なんたって好きがつよすぎる。あっちじゃなくってこっち。つまり俺の、好きがつよいのだ。それは積もり積もって遠くで聳え立つ雪山よりも大きくなっている。 「……ふろ、好きすぎじゃないか」  ほかほかと湯気がたつ浴衣姿に、つんと冷たい視線が突き刺さる。ぎくりとして振り返ると拗ねたような、餌をもらい損ねたグリズリー、もとい夫の慶斗が頬を膨らませて仁王立ちしていた。  そのうしろの硝子窓からは、ここかしこに白い湯煙がゆらゆらと立ち昇る。  さすが温泉街というべきか。  さすが俺の番いというべきか。  萌え映ゆる梢には雪が綿帽子のように飾りつけされ、反射して写る慶斗の浴衣姿にうっとりしてしまう。はっ。そうじゃない。窓からは怒った夫にたじろぐ自分も映っている。糸を引いたような目に、なで肩からえりがずり落ちそうだ。 「えっと……」 「行き過ぎだ」  きっぱりと頷かれ、ぎゅっと手を握られた。重なった指の間から熱を溶かしたぬくもりにぽっと顔が赤らむ。重苦しいわだかまりは氷解し、俺はすっかり恋の季節がたけっていた。  いや、浮かれていたというべきか。  とにかく、俺たちは温泉旅行に来ていた。慶斗が取り損ねた、たっぷりと残った有給休暇。俺はというと繫忙期を過ぎて体調を崩し、医者にも夫にも怒られて、しまいには押しつけられるように休みをもらった。そんなわけで奇跡的に休暇が重なった。無理してよかったとつぶやいたら、こつんとゲンコツが飛んだのは言うまでもない。  せっかくだから田舎の鄙びた温泉にでも足を伸ばしてのんびりしよう、という突拍子もない俺の提案を慶斗はなんなく受け入れてくれたわけだけど……。 「そうかな……」 「そうだ」  むすっとしている。  その表情に年がいもなくときめく。  ごめん、その拗ねた顔すら愛しい。なんて、いまここで口に出せない。いつも怒った顔をしているのが悪い、なんて言わないように心がけている自分を褒めたい。  怒っても俺にとっては糠に釘、暖簾に腕押し、猫に小判。まったくの無駄で逆効果なのは本人には知られていない。  そのかわり、どきんと心悸が高まるのだ。  不整脈もはなはだしい。  きゅんとしてしまう自分を呪いたくなる。それほどその怒った表情に好きが募ってしょうがない。前よりも、いや恋するまえよりも好きという気持ちが深まっている。  そんな調子だから、二泊三日の旅は光のごとく二日目を過ぎようとしていた。  せっかくの十年ぶりの旅行が、台無しになってしまうところだった。

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