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第1話(1)

○●----------------------------------------------------●○ ↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓ 毎日昼の12時あたりのPV数を見て、 増加数の多い方の作品をその日22〜23時あたりに更新したいと思いますmm ◆『マイ・フェア・マスター』(本作品:SM主従BL) https://youtu.be/L_ejA7vBPxc ◆『白い檻』(閉鎖病棟BL) https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ ○●----------------------------------------------------●○ ゴウゴウと窓の外で、風が唸り声をあげている。工藤(くどう)良明(よしあき)はパソコンデスクのイスに背を預け、ため息をついた。 彼が店長を勤める文具店は店頭販売の他、近隣の会社へのオフィス用品の配達もかねている。だが今日は、秋の嵐が明け方に直撃。取引先は全て休みになり、店の従業員たちにも一報をいれ急遽臨時休業とした。しかし良明だけは、前日に入った大量注文の発注のために店に来なくてはならなかった。 外では風と雨が、さらに勢いを増している。もう新しくない店はいたるところがギシギシと軋み、大きく揺れる。店のすぐ横の大通りを過ぎる車の音は雨でくぐもり、何キロも先から聞こえてくるようだった。 こんな世界から切り離されたような雨の中、たった一人で仕事をしなくてはいけないなんて、本当についていない。 (それでなくとも、最近はついていないのに……) 数日前、ゲイ専用のアプリで知り合い、三ヶ月続いた恋人から「あんたって顔は悪くないのに、平凡でつまらない」とフラれたばかりなのだ。何が嫌って、そう言われてフラれたのが初めてじゃないということだ。 (平凡平凡って、別になりたくてなっているわけじゃないのに……これでも自分らしく生きているつもりなのにな……) だが、現実は思うようにいかない。 「これぞ運命!」と衝動買いしたスニーカーは道を歩けば二、三人とかぶるし、好きなアーティストは常にランキングのトップ入り。大学も良くも悪くもない中堅校で、今の小さな会社に入ったのも、身内からの紹介というところが大きい。ちなみにアンケートに答えると、わざとやっているつもりはないのに、全部が「どちらでもない」。 買うもの、好きなもの、興味を持つもの……とにかくやることなすこと、何でも人とかぶってしまう。良い意味で言えば中庸。悪い意味でいえば平凡。そして、今のところ後者を言われる回数の方が圧倒的に多い。 「……はぁ、なんか一つでもいいから、人とは違うものが欲しいなあ……」 もしそれが無理だというなら、せめて平凡な幸せが欲しい。ゲイではあるとは言え、大切に思い、大切に思ってくれる誰かと穏やかな時を過ごし、ともに人生を歩んでいきたい。それくらいは高望みではないだろう? 「すみません!」 何度目かのため息をついていると、店の正面にある自動ドアが激しく叩かれる音が聞こえた。何事かとすぐさまフロアへとって行き、自動ドアのロールカーテンを開ける。 吹き殴る雨と風の中、紺のウィンドブレーカーを頭からすっぽりとかぶった男がドアの前に立っていた。ウィンドブレーカーの胸ポケットに印刷してある社名から見て、いつも来てくれるバイク便の青年だろう。 良明自身、直接会ったことは数回しかないが、販売スタッフたちが「雰囲気のある子よね~」とキャッキャと盛り上がっているのを何度か聞いたことがある。 「ど、どうしたんですか!? こんな日に!」 慌ててドアを開けると、隙間からすっと郵便物を差し出された。条件反射で受け取ってしまう。 「あ、ありがとう。って、それよりも中に——」 良明がドアを開けるより先に、青年は小さくお辞儀をし、再びバイクに戻ろうとした。 「えっ!? まだ配達があるの!?」 今のが自分に向けられた言葉だとわかると、青年は肩越しに振り返り「……はぁ」とおざなりな返事を返した。何が問題だ、とでも言いたげな口調だ。 今になって思い出した。良明が彼から直接、配達物を受け取ったことのある数回、この返事以上のものが返ってきたためしはなかった。「ずいぶんと無愛想な子だな」と思っただけで、その場ですぐに忘れてしまっていたが。 しかしいくら愛想がなかろうが、こんな天気の中、行かせる訳にはいかない。ドアの間から入ってくる風は強く、こうしているだけでも目すら開けていられないのに、バイクで運転だなんて。もし事故にでもあったらどうするんだ? 「とにかく、中へ。落ち着くまで、うちの事務所にいてもらっていいから」 「……でも、仕事が」 青年の声は、強風にかき消されそうなほど小さかった。フード越しからでも、その戸惑った表情が想像できる。 「こんな天気でどこの会社も休みなんだから、少し遅れても大丈夫でしょう」 グイッと青年の腕を引き、強引に店の中へと入れる。ダボッとしたウィンドブレーカーからはよくわからなかったが、相手の腕はかなりほっそりとしていた。 「……!」 いきなりのことに驚いたのか、青年はびくりとして良明の腕を引き剥がす。ドアの真下で、警戒するように良明をじっと見てくる。 彼が郵便物を届けてくれるようになって、はや一年以上。だが良明は今になって、初めて相手を間近で見た気がした。 二十代前半くらいだろうか。青年というより、青年と少年の間をうろうろしている感じの印象だ。大きめのフードの下からのぞく顎も、男と思えないくらいに華奢で白い。そのなめらかな輪郭を、雫が透明な筋をひいて滴り落ちている。ヘルメットの下からわずかにこぼれた黒髪は濡れて深みを増し、細い首筋にはりついていた。 (こんな子どもを嵐の中、運転させて、一体どんな会社なんだ……?) 目の前の相手に問い質しそうになって、寸前で止めた。いつもの悪い癖だ。 ——極度のお節介焼き。 良明が恋人にフラれる、もう一つの理由がこれだ。 実家で、年の離れた双子の弟二人のお守りを押しつけられてきたせいもあるだろうが、とにかく良明は人の世話を焼かないと落ち着かない性分なのだ。 何より、金もない、権力もない、出世も見込めない、誇れるものが何もない良明が相手にしてあげられること、それは気遣って、世話を焼いて、大切にしてあげることだけ。なのに、その気持ちは相手には伝わってくれないらしい。今までも「ウザイ」と言われて何度フラれてきたことか。 苦い記憶たちを振り切るように、両手を上に上げる。 「とにかく、こんな天気じゃ仕事するのは無理だから入って。予報でも、これからさらにひどく——」 言ったそばから、雨の勢いがまた激しくなった。バケツをひっくり返した、というより天国の川という川が大反乱を起したみたいだ。まぁ、天国に川があるのかはわからないが。 店の軒先にある欅の木は狂ったダンサーみたいに首を振り、「オフィス・文具」と書かれた立て看板は今にも倒れそうなほどぐらぐら揺れている。 さらに追い打ちをかけるように、半開きにしていた入口のロールカーテンが風であおられ、ドアの近くに立っていた青年の額へ直撃した。 「……っ!」 頭を押さえうずくまった青年の顔を、慌てて覗き込む。 「大丈夫!? 痛かっただろう!?」 「……別に、これくらい……平気……」 青年は静かに首を横に振ると、「それじゃ」とふらふらと立ち上がり出ていこうとした。 一体、どこまで強情なのか。人の良い良明も、さすがにイライラしてきた。一歩下がり、腰に手をあてる。 「いいから、早く。でないと、会社の方に従業員の態度がなっていないって連絡するよ」 ぐっと喉を引き締め無言の抵抗をしていた青年だったが、結局、諦めたのか一歩、店内へと足を踏み入れた。手負いの動物を馴らしたような満足感に良明はにこりと微笑えみ、相手を裏の事務所へと案内する。 「まずは服をどうにかしないと。脱いで」 事務所の暖房を強めにしてから振り返ると、入口のスライドドア前にいた青年が「は?」と素っ頓狂な声を出した。構わず、良明はずぶ濡れになったウィンドブレーカーを指差す。 「ほら、早く。うちの隣にコインランドリーがあるし、二、三十分もすれば乾くだろうから」 「でも……」 「裸でいろって言っているわけじゃないよ。乾かしている間、うちの制服を貸すし。それと確か、女子の更衣室にドライヤーもあったから、借りちゃおう。もし会社の方にも連絡したければ、そこに電話もあるし——」 『お前は俺のばあちゃんか』。 何人もの人間に、同じようなことを言われてきたことを思い出す。 たとえこっちが好意で色々とやってあげても、相手からすれば良明の行為は随分と「重たい」らしい。だが良明本人は何がいけないのかよくわからず、そうしているうちに関係はどんどんとぎこちなく、冷たくなっていき——と、いつものパターンだ。 (そうだ、こんなよく知りもしない人間に世話なんて焼いたってしょうがないのに。ましてや、この子は僕のタイプでもないし……) ヘルメット越し、まだ訝しげに見てくる相手に目をやる。 あえて言うならば、良明のタイプはもっと明るくてハキハキものを言う子だ。自分が優柔不断だからこそ代わりに引っ張っていってくれるような……。 (まぁ、タチとしてはそれでいいのかと思う時もあるが……) ふっとため息をつき、デスクの上に制服のシャツとスラックスを置く。 「じゃ、僕は備品の確認してくるから、ごゆっくり」 フられて以来、気を抜けば襲ってくる自己嫌悪から脱がれるように、良明は事務所から背を向けた。 備品室にこもり、明日の配達に必要な在庫の確認に没頭していると、事務所にある固定電話が鳴った。たぶん工場からの確認の電話だろう。これを取らない限り、今日はいつまで経っても帰れない。 「ごめん、ちょっとだけ失礼するよ」 ノックをしてからスライドドアを開けると、青年は丁度、濡れたシャツを脱いでいるところだった。 突然の闖入者に、彼は目を丸くしていた。アーモンド形の目は目じりでわずかにつり上がり、鼻筋と眉根もちょっときつすぎるほどに通っていたが、かなり美形だった。唇はこんな寒空の下、運転してきたとは思えないほど妖しく真っ赤に染まっている。 裸の上半身は陶器のような白さで、それほど筋肉もついていない代わり、無駄な贅肉も一切ついていない。はりのある皮膚とうっすら浮いたあばらは、その年齢特有の俊敏さと頼りのなさを醸し出していた。 だが何よりも目を引いたのは、その平らな胸元に光る——。 ルルル……と再度かかってきた電話で、良明はハッと現実に引き戻された。 「ごめん! これ、緊急の電話で!」 飛びかかるようにパソコンの脇にある電話に出る。 予想通り、相手は工場長からだった。製品が明日、予定通り納品されること、先方の依頼で刻印した社名の確認など、様々な必要事項を確認していく。 良明は相手の話を聞きながらも、意識の半分は後ろに持って行かれていた。カサカサという衣擦れの音で、青年が制服に着替えているところだということがわかる。 ようやく全ての確認と納品時間の調整が終わり、良明は受話器をおく。瞬間、先ほど見た光景が洪水のように脳裏に甦ってきた。 「えっ!? 乳首ピアス!?」 着替え終わり、携帯をいじっていた青年がびくりと顔を上げる。不審と不安の入り交じった目が良明を見すえる。見ると、彼が着ているポリエステル製の薄いシャツからは下の肌の色とともに、胸元で光る金色のリングまでもがよく透けて見えていた。 やはり、見間違いじゃない。この子、乳首ピアスをしている! 「……何か、問題でも?」 良明の視線の先をたどった青年は、居心地悪そうに眉根を寄せた。良明は「何でもない」と言おうとしたが、口から出てきたのはまったく逆の言葉だった。 「あのっ、良かったら見せてもらえないかな!?」 「はぁ?」 青年はあんぐりと口を開け、何を思ったか、じりじりとドアの方にまで下がっていく。 「それ以上来たら、警察呼びますよ」 言いながらも、指は既に携帯の番号をタップしようと構えていた。さすがスマホ世代、恐るべし。 良明は何とか誤解を解こうと、両手を上げる。 「違う! 違うんだ! 実は——」 ここまでくれば、もう腹をくくるしかない。逮捕されるより、恥ずかしさで死ぬ方がマシだ。何より、誰でもいいから誰かに話したかった。それくらい自分は参っていると、今更ながらに実感する。 「……実は僕、最近、恋人に『平凡すぎる』ってフラれたばかりで……ってか、今まで同じような理由で、何度もフられ続けてきてるんだ……だから少しでも自分を変えたくて。ほら、ピアスって何かカッコいいだろう? ワイルドで。でも耳だと平凡すぎるから、違うところの方がいいかなって。それでちょっと、どんな感じなのか事前にリサーチしておきたくて……だから、断じて変な意味とかではないんだ!」 言いながらも、青年の眉の間の皺がどんどん深くなっていくのがわかった。しかし、指はゆっくりと画面から離れていっているのを見て、ほっと息を吐く。たぶん良明のへたれぶりと人畜無害さが、言葉と空気を通して伝わったのだろう。 「……見せたら、俺の服、返してくれる?」 青年が良明の背後、パソコンデスクのイスにかけてある服をちらりと見た。なんとこの青年は、良明が服を人質にとったと思っていたらしい! 「返す! 返すよ! ってか乾いたら、普通に返すつもりだったしっ……!」 しばらく疑わしそうにしていた青年だったが、やがてシャツを脱ぎ始めた。恥じらいなど微塵もない、男らしい見事な脱ぎっぷりだった。 安っぽい蛍光灯の光のもと、色ムラのないなめらかな肌がさらされる。間近で見ると青年の上半身——特に胸下あたりには、いくつもの痣があった。打撲だろうか。だがどれも治りかけなのかひどくはない。たぶん数週間したら、痕が残ることなく消えてしまう程度だろう。 (喧嘩とかかな?) 見た目の割には、実はやんちゃな子なのかもしれない。意外に思いながらも、良明の視線は吸い寄せられるようにさらに上へと滑る。肌の色とは対照的に、青年は色の濃い乳首をしていた。そこへ穿たれた、鈍い金色のリング。普通の耳につけるピアスくらいの大きさしかないが、なぜ乳首についているというだけでこんなにも興奮するのか。 「おおっ」 と、まるでスケベ親父みたいな声がもれそうになり、慌てて引っ込める。代わりに一歩近づき、見やすいように少し背をかがめる。 相手は一瞬、逃げ出す前の動物みたいに肩をびくつかせたが、イスにかかった服を見て、グッとその場に留まった。相当居心地は悪そうではあったものの、恥じらっている様子はない。まるで見られ慣れているかのように。 ふと、良明の頭に素朴な疑問が湧く。 「これって、やっていると彼女が喜ぶものなの?」 「彼女?」 はっと嘲笑がもれる。 「喜ぶはずないじゃないか。こんなの見て喜ぶのは男だけだろう」 「え? それって——」 もしかして、彼も仲間(ゲイ)なのだろうか。 言われてみれば、乳首にピアスなんてワイルドというよりは——そう、セクシー(いやらしい)だ。彼女に対してアピールするポイントではない。 良明の脳裏に、ピアスの輪に指をかけられ恍惚と苦悶の表情を浮かべている青年の姿がパッと浮かんだ。 「な、何?」 ギョッとした声で、良明は自分が何をしようとしていたのか気がついた。ピアスに向かって伸ばしかけていた手を、慌てて引っ込める。 「や、ごめん! これって、やっぱり痛いのかなって? ほら、やるとしたらそうゆうの、知っておいた方がいいだろう?」 ごくりと唾を飲み込み、胸の前で両手を合わせる。 「で、……ダメかな?」 捨てられた子犬のような表情で言うと、青年がぽかんと口を開け、やがてジトッとした目で見てくる。 「あんたなぁ~人の良さそうな顔しておいて、かなり強引だな」 年下にこんな見下された態度をとられて、本当は怒るべきところかもしれないが、今の良明にそんな余裕はなかった。 もうすぐ二十八。親にはカミングアウトしているが、三十までにいい人を連れて行かないと、彼らが知っている男子(ストレート、ゲイ問わず)に一人残らず「自分の息子はいかがですか!」と叩き売りされてしまいそうなのだ。 自分の想像に恐れおののき、気がついたら死に物狂いで頭を下げていた。 「お願い! 僕だって、いつもは小心者で、こんなことを言うようなヤツじゃないんだっ……! ただ今はもう、切羽詰まっていて。このまま僕には一生、運命の人が見つからないんじゃないかって思うと夜も眠れなくて……! 僕だって幸せになりたいっ! もちろん、恋愛だけが幸せじゃないのはわかっているよ。でも出世の見込みもない、貯金もない、持ち家も、人に誇れる特技もない僕にはこれしかないんだ! 一緒に笑い合ったり、泣き合ったり、人生をともにできる相手が欲しい。劇的なものなんてなくていいんだ! ただ穏やかな時間を一緒に過ごせる相手がいれば。そのためだったら、どんな恥じでも我慢でもする覚悟だ! だからお願いっ! ちょっとでいいから触らせてっ〜!」 必死すぎる形相に圧倒され、青年はひくりと頬を痙攣させた。すっかりと警戒心は解いたようだが、代わりに哀れみと同情がその顔に広がっている。彼はしばらく宙を見ていたかと思うと、大きなため息をもらした。 「……わかった。じゃぁ、ちょっとなら……」 「えっ、本当!? ありがとう!」 飛びつきたい気分だったが、自制してゆっくりと青年の前に立つ。 そうして並ぶと、相手がずいぶんと小柄なことに気がついた。頭一つ分くらい違うだろう。これだったらもしかして、お願いなんかしなくても、無理にでもやろうと思えば——絶対にそんなことはしないが——何でもできたんじゃないだろうかという気がしてくる。 そんな危ない考えが伝わったのか、青年の身体がふるりとかすかに震えた。良明を見上げる両の目に、ほの暗い、だが鮮やかな光がかすめる。 恐怖ではない。これは——……。 良明は誘われるように手を伸ばしていた。肌に触れないように注意しながら、相手の胸のリングに指をかける。 青年は短く息を飲んだが、すぐに平然とした表情に戻った。先ほど一瞬だけ表れた光も今は消え、瞳は傲慢といえるほどに乾ききっていた。 「これは? 痛い?」 さらに指に力を入れるが、青年の表情に変化はない。 「……いや。いいから、早く終わらせてくれない?」 「あ、はい。ごめんなさい」 ほんと愛想のない奴だな、と内心毒づく。しかし年下の、ほとんど未成年に近い子の乳首をいじっている良明には何の文句も言えない。 「ちなみに、開ける時は? 痛かった?」 「それほどでも」と、青年は首を振る。 「自分で開けたの?」 「開けてもらった」 もしかして恋人だろうか。無愛想には違いないが、こんなキレイな子を恋人に出来るなんて運のいい男だ。 わずかな苛立ちを感じて、良明は知らずリングを強く引っ張っていた。 「……っ」 青年はわずかに息を飲んだものの、すぐに引っ込めた。浅く噛みしめられた唇はほんのり赤く腫れていたが、それ以外は何も変化はない。 「君は……痛みに強いんだね」 青年がふるふると首を振る。 「そんなんじゃない。もういいだろう? 俺が痛くないからって、そっちが開けた時、痛くないとは限らないんだ。こんなの参考にならないよ」 生意気だが正論だった。良明は小さな息をつくと、 「ありがとう。バカな願いを聞いてくれて」 とリングから指を引き抜こうとした。 ガタガタガタッ。その時、どこかで大きな音がした。雷でも落ちたのだろうか、続いてメシメシと木が軋む音がする。 「うわっ、かなり大きかったね。大丈——……」 相手の顔を覗き込もうとして、良明は息を飲んだ。 どうやら驚いた時に、リングを強く引っ張ってしまったらしい。青年は良明の肩口に額をつけ、小刻みに震えていた。白い拳が良明のポロシャツの胸元をギュッと握っている。布ごしにでもわかるくらい相手の吐息は熱く、荒かった。 「ご、ごめんっ……! 痛かったよね、今のは絶対っ……!」 様子を確かめようと、相手の肩を掴んで顔を上げさせる。良明は雷が落ちたのが外なのか、それとも自分の頭の中なのかわからなかった。 青年の頬や目元はピンク色に染まり、眉は悩ましげに顰められていた。瞳はほとんど泣きそうなくらいに濡れ、乞うようにじっと良明を見上げていた。乳首は赤くぷっくりとふくれ、まるで良明の注意を引こうとするように先端がぴんと尖っている。 「お願いっ……」 すすり泣きのような、喉にかかった声が狭い部屋にこもる。いくら外の嵐の音がひどかろうと、その声の中にあるものを、良明は聞き逃さなかった。 ——彼は感じている。

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