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第3話
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3/3(木)
本日、『マイ・フェア・マスター』のPV増加数が5ビュー分
多かったので、こちらを更新させていただきます。
動画を見てくださった方、ありがとうございます!
〈現在レース更新中〉
↓↓以下の作品の1話動画のPV増加数に応じて、
その日更新する作品を決めさせていただいていますm
◆『マイ・フェア・マスター』(本作品:SM主従BL)
https://youtu.be/L_ejA7vBPxc
◆『白い檻』(閉鎖病棟BL)
https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ
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堂島は相変わらず、完璧で隙のない格好をしていた。シャドーストライプのスリーピースに、汚れ一つない黒の革靴。
「楽にしてくれ」
という言葉で、全員が席に座る。志倉だけは主人のコートを受け取ると、まるでそれが高価な宝石であるかのように丁寧にハンガーにかけた。
ちらっと不快感が良明の胸をよぎる。こうゆう使用人のようなことをさせるために、マスターたちはサブをもつのだろうか。
「──さて」
堂島が道具棚の隅にある皮のソファに座り、膝の上で手を組んだ。全員の意識がそちらに向かう。自信に溢れ、威圧的。目を離すことは許されない。堂島はまるで、人の前に立つことを運命づけられて生まれてきたような人物だった。
(マスターっていうのは、みんなこうゆう人なのかな……それともマスターになれば、こんな風になれるのだろうか……)
自分が考えていることに気づき、良明は慌てて現実に意識を戻す。別に、マスターがどんな人間かなんて自分には関係ない。たぶんこんなことを考えてしまうのは、この周りの道具のせいだ。
「あの一体、ここは……?」
居心地が悪くて、何度も座り直しながら辺りを見回す。一方、隣のマキは、こんなものは見慣れているというように、リラックスして座っていた。
「ここは道具部屋だ。クラブの会員の一人である道具屋から委託されて、客のためにここに置いてある。工藤さんもそのうち、機会があれば彼に会うことがあるだろう。それよりも──」
堂島はソファの中ですっと背筋を伸ばし、深い目で良明を見据えた。
「工藤さん。来てくれて感謝する。あんたがここにいるということは、どんな理由にせよ、この世界を少しでも知りたいという意志があるからだろう?」
「は、はい。一応。理解できるかはわかりませんけど……」
「そう、緊張しなくていい。何もとって食おうとは思っていない。──樹」
というと、志倉がすかさず堂島の足下に膝をついた。相変わらず、ダンスのように優雅な動きだった。
「はい、マスター」
「あとは頼むぞ」
主人に一礼して、志倉がマキと良明の前に立つ。背徳的な道具たちとは対照的なホワイトボードを棚にかけ、正面を向く。
「では、改めまして。工藤さん。ようこそ、アンダーグラウンドの世界へ」
にこやかな笑顔で言われてしまい、良明は小心者の条件反射か「は、はぁ、どうも……」とへらりと笑った。
「で、マキ君。君には再調教が必要なことを残念に思うよ」
くるりと顔を向けた志倉は、マキに向かって厳しい声でいう。だが、相手はまるで動じていないかのように、「……どうも」と素っ気なく言った。
ため息をついた志倉は、気を取り直して二人を見やる。
「今日、二人には、この世界で最も大切な三つのルールを覚えていってもらいます」
ホワイトボードに三つの言葉が書き込まれていくのを、良明は不安げに見つめた。
①同意(契約)
②安全
③信頼
一見、SMとはまったく関係のない言葉のように思えた。が、それを言うほど良明は無遠慮でもなければ、もうこの世界に対する偏見に凝り固まっているわけではなかった。
「もちろんこの他にも、それぞれの主従で独自に決めたルールは多々あります。ですが原則この三つはどの主従、どのシーン、どのプレイでも、絶対に守るべきルールとしてあります。たとえ一晩だけのプレイだとしても」
「プレイ……? シーン……?」
良明の呟きに、志倉は「あ、そこからか」というような顔をした。
「プレイというのは、まぁ簡潔に言ってしまえばセックスですね。主従としての立場を定めた上でのセックス。で、シーンというのは、プレイを含める含めないに関わらず、各々が主従としての役割を全うする状況 のことを言います。たとえば」
志倉が、自分の喉を指す。
「工藤さんも聞いたと思いますが、僕のマスターがあの声を出した瞬間、僕たち主従はシーンに入ります。そしたら僕は彼に仕えるサブとして、彼の命令に従い、他の何を擲っても彼に奉仕しなくてはならない。そこにプレイがあるかどうかは……まぁ、その時々です」
さっと志倉の頬に赤が差し、良明は目を逸らした。たぶんこれを見ていいのは、彼のマスターである堂島だけであろう。
ごほんと咳をすると、志倉は何事もなかったように続けた。
「基本的にシーンは一日の中のほんの一部で、あとは普通の友人同士、または恋人同士という主従がほとんどです。中にはプレイの時だけ主従だったり、逆に一日フルタイムのぺアもいます」
マキが手を上げる。
「前から疑問に思っていたんだけど、志倉さんたちはパートタイムなの? フルなの?」
「ええっと、僕たちは……」
志倉の目が、後ろのソファに座っている男をちらっとかすめ見る。
話を聞いている間、堂島は手持ち無沙汰だったのか、近くにある棚から騎乗鞭を取り出し何気なくいじっていた。黒革に包まれた長い指がすうっと鞭のしなりを撫でるのを見て、志倉の喉がごくりと隆起する。
「志倉さん?」
マキが聞くと、志倉はハッと気づき、正面に向き直った。後ろで、堂島がにたりと確信的な笑みを浮かべたのが、良明のところからははっきりと見えた。
「僕たちは……中間です。主従でいるのは、基本的にこのクラブにいる時と、互いの家で二人っきりでいる時だけ。いい機会ですから、工藤さんからは何か質問はありますか?」
急に名指しされて、動揺した。だが聞きたいことと言えば一つしかなかった。
「えっと……そのプレイやらシーンというものには、必ず、痛みはつきものなんですか……こうゆう……」
直視しないように横の拘束具コレクションを指差す。これは昨夜からずっと考え、中々切り出せずにいた質問だった。
志倉は頷き、辺りの棚を見回す。
「確かにSM──サブとマスターの関係には少なからず、こうゆう要素が含まれます。束縛や調教、懲罰には痛みによる快楽が必要不可欠ですから」
「それは……快楽なんですか? 痛みはやっぱり、痛みでしょう?」
不快感に顔を歪めた良明を見て、志倉は真摯に頷いた。
「貴方が思っていることはわかります。僕もこの世界に入るまではそう思っていました。支配する人間は強く、支配される人間は弱い。弱者は強者の与える痛みを、嫌でも受け入れなくてはならないと。でも、そうじゃないんです。SMシーンで使われる痛みは、快楽のための痛み。そして、それは究極的には主従の絆のための痛みです」
「絆、ですか……?」
ますます首を傾げてしまった良明を見て、志倉がふっと微笑んだ。
「今はピンとこないかもしれませんが、そのうちわかってくると思います。とにかく我々が使う痛みは、非日常的な快楽と関係 へ至るための手段であって、痛み自体が目的ではありません」
志倉は無表情で話を聞いているマキをちらりと見やり、再び顔を正面に向けた。
「ただ、痛みには当然、危険が伴います。そこで必要となってくるのが、このルールです」
志倉の指の関節が、ホワイトボードに書かれた一番目の文字を叩く。
「同意。これは前も言いましたよね。主従となるには、まずサブとマスターが互いに同意しなければいけないと。それを明確にするために契約というものがあります」
「契、約……?」
「はい。主従が互いのタブーや守るべきルールを確認し合い、どのプレイやシーンにおいても互いの意志を尊重するという誓いです。これを書面におこす主従もいれば、口頭だけ確認する主従もいます。まぁ、一晩だけの主従の場合は契約まではせずに、同意だけで済ますところがほとんどですが。しかし、その場合でも互いの同意は必至です」
「は、はぁ……」
主従とか契約とか誓いとか、本当にこれが現代かと疑ってしまうような話だ。
「とは言え、同意さえすればマスターがサブに何をしてもいいと言うわけではありません。そのためにこの二番目の〝安全〟──セーフワードというものがあります」
「あ、それ前に聞きました。アパートで」
良明が言うと、横でマキが少しバツが悪そうにイスに座り直した。生徒の居眠りを見つけた教師のように、志倉がマキを指さす。
「マキ君。セーフワードが何か、工藤さんに説明してもらえるかな?」
お願いというより、やんわりとした命令に近い言い方だった。マキが気乗りしなそうにぶつぶつと言う。
「もしマスターが、サブの痛みと快楽の限界を越えて行きすぎてしまった時、サブが『ストップ』もしくは『タイム』を伝えるために言う言葉、でしょう?」
「よくできました」
と、満面の笑みを浮かべると、志倉は良明の方を向く。
「もし自分のサブからセーフワードを言われたマスターは、どんな状況であっても、すぐにシーンを中断して、何よりもまずサブの安全を確保しなくてはいけない。だから主従は契約を結ぶ前にセーフワードを決めておく必要があるんです。もしセーフワードがない主従がいたら、それは本当の主従ではない」
志倉の顔は相変わらず良明に向けられているが、意識はマキの方にいっていることは明白だった。
「前にも言った通り、セーフワードを使うことは、サブの権利であり義務です。いくら従順で主人を慕っているサブでも、自分の限界や身の危険が感じたときは確固たる意志を持ってセーフワードを言わなければならない。そしてマスターもサブの身体を思いのままに支配することはできても、セーフワードを言われたら、すぐさまサブに従わなくてはいけない。こうゆう意識の共有があってこそ、主従はお互い安全に安心して、痛みというぎりぎりの快楽を楽しむことができるんです。つまり──」
とんとんと、志倉が最後の項目を指差した。
「主従にとって何よりも大事なのは、この、互いが互いの約束を守ると確信できるほどの信頼の強さなんです。だから会って数日もしない者同士が、契約を結ぶというのは基本的にありえない。いくら身体の相性や、性癖が合っていたとしても、信頼はそう何日かで築けるものじゃないですからね。特にセーフワードがない主従なんていうのは、論外です」
志倉の目が問うようにマキの方を向いた。
「どうだったかな、マキ君。駆け足で言ってしまったけど、今回、君はいくつのルールを守れた?」
マキは少し考えたのち、きっぱりと言った。
「ほとんど守れたよ。セーフワードを言い忘れたことは反省するけど」
「マキ」
静かに傍観していた堂島がはじめて声を出した。びくりと肩を跳ね上げたマキは、おそるおそる顔を上げる。
「何?」
「お前は、樹の話の何を聞いていた? 今回、お前は全てのルールを破っているんだぞ」
がたりとマキは席から立ち上がった。
「そんなことはない! どっちも同意の上だった。ぶっちゃけ、それだけで十分だろう。俺は痛めつけられたかった。あっちは俺を痛めつけたかった。ギブアンドテイクだ。何も悪いことはしていない」
バンと、堂島がソファの肘おきを手で叩いた。
「主従関係の相手は、自分の身勝手な欲望のはけ口じゃない。マスターはサブの快楽を導くために存在し、サブはそんなマスターに尽くすために存在する。SMというは互いが互いの喜びのために仕える、極めて相互奉仕的な関係だ」
堂島は重たい息を吐き、眉根の間を指でつまんだ。
「なのに最近は、SMの一部のイメージだけ真に受けて、興味本位にこの世界に入ってくる輩が多すぎる。サブを自分の好き勝手にできる性奴隷だと思っていたり、マスターを自己破壊衝動に利用したり。そうゆう人間が使えばSMの関係は──工藤さんが前に言ったように——危険な遊びになりうる。時に、それは命すら失う危険性がある遊びだ」
無意識なのか、マキの手が神経質そうに首の痣を彷徨う。重たい沈黙を破って顔を上げた堂島の目は、さらに深く暗く沈んでいた。
「マキ。お前が本当に痛みだけを求めているなら、違う──それこそ本当のSM のクラブにいけ。俺はこれ以上、浅はかなマスターによって傷つけられるサブを増やしたくはない。もしお前が今のような行動を取り続けるようなら、このクラブに居続けさせることは許可できない」
さあっとマキの顔から色が引いた。まるで親に見放された子どものように、すがるような目で堂島を一心に見つめている。青い唇はわなわなと震え、膝の上におかれた拳はきつく握り締められていた。
自分でも気づく前に、良明は咄嗟に隣のマキに手を伸ばしていた。関節が白くなるほど握りしめられた相手の拳をほとんど無理矢理こじ開けた途端、ポタポタと鮮血が板張りの床に零れ落ちる。
「……!」
マキは自分でも驚いたように拳を見てから、バッと良明を見上げた。そして何か言いたそうに唇を震わせたが、結局、そこからは何の言葉も出てはこなかった。
「マスターっ……」
志倉が許可を求めるように堂島を見ると、相手は顔の前で黒皮に包まれた片手を振った。
「許可する。手当してやれ」
志倉はすかさず立ち上がり、マキの首根っこを引いて事務所へと上がって行ってしまった。
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