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第7話

※R-18 マスター。彼の甘くかすれた声で、そう呼ばれる度、大量の酒をかぶったみたいに頭がくらくらしてくる。きっと世のすべてのマスターが、この甘美な響きに酔っているに違いない。 甘い酩酊の中、良明は自分でも知らないうちに立ち上がり、横のベッドに移動していた。ベッドサイドに座り、膝をついたまま戸惑うように見てくるマキにはっきりという。 「服を脱いで。イスに手をかけて、四つん這いに。もちろん、お尻はこっちだよ?」 マキはごくりと喉を隆起させると、すぐに立ち上がり服を脱ぎ始めた。急いで、でも焦らず、一つひとつの服を脱いでいく。裸になっていく男を、自分は完全に服を着たまま座って眺め見るのは、ストリップショーでも見ているように興奮した。 堂島がマキを「心は我が儘なガキだが、身体は完璧に調教されている」と言ったのは本当のようだ。 いくら普段が不機嫌で無愛想でも、マキのマスターに対する態度は徹底的に恭順で、反抗的ともいえるくらい意欲的だ。それがマスターの支配欲をさらにくすぐってくることに、本人は気づいているのだろうか。 認めたくはないが、マキのことを求める他のマスターの気持ちがわかるような気がした。 ギシッと音がして、現実に引き戻される。いや、それは現実というよりは夢に近かった。 マキがデスクのイスの座席部分に上半身を預け、向かいのベッドに座る良明に尻を向けていた。 その尻は真っ白く小ぶりで、少年のものそのもののようだった。ゆるく弧をはった背筋はしなやかで長く、広めの肩に続いている。足は躊躇いがちにわずかに開かれ、きつそうな後孔が垣間見えた。 良明はそれをなるべく見ないようにしながら、不安と期待とで肩越しに見つめてくるマキに微笑みかけた。 「すごくいいよ」 と言うと、マキのカッと耳元が赤く染まる。だが視線だけは縛られたように自分のマスターを見続けていた。 「次は何をすればいい……ですか?」 欲情と緊張でかすれた声で聞いてくる。良明は、自分自身をコントロールするのに全身神経を集中させなければいけなかった。堂島が毎回これをやっているなんて、頭が下がる思いだ。 「次は……手錠をかけて。自分で」 イスの背の根本にかかったままになっていた手錠を目で示す。視線を戻すと、なぜと問うようなマキの目と合う。たぶん普通のマスターだったら、命令にすぐ従わないことを罰するかもしれないが、少なくとも良明は彼に知っていて欲しかった。 「君が自分で自分を傷つけないように。手のひら、相当痛そうだったもんね」 「別に、そんなの……」 抗議の声を上げようとしたが、賢明ではないとわかったのか、渋々ながら自ら手錠をかける。 「これで、いいですか?」 手錠に繋がれ、何があっても自分では外せないことを意識したのか、初めてマキの顔にはっきりとした不安の色がよぎる。良明は相手を安心させよるように、大きく微笑んでみせた。 「いいね。そしたら、イスの背を握って。絶対、自分の手に爪をたてちゃダメだよ」 マキがぎゅっとイスの背を握ったのを見て、良明はようやく立ち上がった。気配にびくりと反応したマキの背を、指の腹ですうっと撫でていく。 「もし自分の手を傷つけたら……どうなるか、君ならわかっているよね?」 自らの腕の中に顔を伏せたマキが、こくこくと頷いた。 手首を拘束され、裸の身体をさらし、マキはこの世の何にもまして無力で頼りないもののように見えた。この身体が全て自分のために差し出されているとわかると、たとえようのない興奮で良明の身体が戦く。 マキがこうして身を委ねてくれるなら、自分には答える義務がある。マスターとして彼の欲望を引き出し、自分でも知らなかった快楽へと導いてやる。それは今までの人生の中で一番重く、興奮する義務だった。 良明は小さく喉で唸ると、マキの横に立った。震える尻をそっと手の甲で撫でる。その時、ふと思い出す。 「そういえば、セーフワードはどうする?」 黙ったままのマキを急かすように尻の肉をゆるくつまむ。 「マキ君?」 「……ッ、オレンジでっ……」 「オレンジ?」 こくりとマキが頷く。 「これ以上ダメって時はそう言うからっ……だから早くっ……」 どうしてその言葉を選んだのか興味があったが、欲望に震えるマキをこれ以上焦らしておくのは可哀想だと思った。 「わかった。オレンジで。君がそれを言ったら、僕は絶対にやっていることを止める。それでいいんだったよね?」 最後の確認をすると、マキがちらりと腕の中から顔を上げ、良明を見た。本当に良明が信用できるのか問うているような面もちだった。やがてマキは顔を戻すと、 「はい、マスター」 と吐息のような声をもらした。 少なくとも、今だけは相手の信頼を得られたようだ。良明は最後に大きく息を整えると、片手をぴたりとマキの尻におく。 「確か、何回って決めた方がいいんだよね?」 頭の片隅にあった知識を総動員する。良明は黙考し、呼吸で上下するマキの背中に指で数字を書いた。 「じゃぁ、十回で。僕も初めてだから、最初は弱く。だんだん強くしていくから。数は数えられるよね?」 驚きにマキが顔を上げた。こいつ本当に初めてなのか、という心の声が伝わってくるようだった。 確かに初めてだが、SM講座を聞いてから──特に堂島の話を聞いてから、SMのプレイに興味を持って、おそるおそるながらネットで調べてみたことがあるのだ。 「マキ君? どう? 数は数えられるよね?」 「は、い……マスター」 マキは考えるのを諦めたかのように再び頭を垂れた。完全なる服従のポーズを見て、良明は自分の唇を舐める。 そして相手の尻に這わせた手をすすっと尻の間に沿わせると、びくんとマキの背中が大きく上がる。 「じゃぁ、頭の中で数えて。もし聞いた時に間違ったら、そこで終わりにするから」 ひゅっとマキの喉が不満げに鳴る。しかし今の状況で、自分は相手のなすがままなことを思いだしたのか、こくりと頷く。 「いい子だ」 良明は、マキの髪をくしゃと撫でる。始めは身を堅くしていたマキだったが、地肌を柔らかく撫でていく感触が気持ちよかったのか、ゆったりとイスに身を沈ませる。 ──そろそろいいだろう。 良明は手のひらをまっすぐ伸ばし、マキの右の尻の頬に添わせた。 大丈夫だ。これはマキが望んでいることなのだ。そして自分もまた、望んでいることだ。 そう思った自分がいたことが何よりも驚きだった。しかし否定することはできない。マキはそんな自分を受け入れ、喜んでくれるはずだ。 ひゅっと空気を切る音とともに、掌が柔らかい肉と出会う。一回目なので力はそんなに入れない。ぽんと軽い拍手のような音が響く。マキも、不満げに尻をわずかにずらしたくらいだった。 二回目はもう少し強く。場所を変えて叩くと、マキの身体がわずかに引き攣った。だが尻は変わらず真っ白なままだった。 次も、もっと強く。パチンと小気味よい音がする。マキの喉から「っ」と小さな息をもれる。 「今、何回目?」 と聞くと、 「四回……」 と、マキは詰めていた息を解放した。 「じゃぁ、次はもっと強くするから」 ひくりと受け入れるように開いた足に掌を滑らせ、真っ新な部分へと掌を据える。 距離を置き、前より力を込めて。今度はパンとよく通るいい音が響いた。「うっ」と、マキは痛みなのか驚きなのかわからない呻き声をもらす。 心配になって見ると、腕の間からみえる相手の耳元と頬はピンク色に染まっていた。驚いたことに、前のものも半分以上勃ち上がっている。 痛みで感じる、というのは、やはり本当らしい。 安心した良明はポジションを戻し、今度は反対の頬に手をあて、空気を切る。 「あっ……!」 明らかな嬌声が上がり、マキの身体がぶるりと震えた。「……っぅ」と、すすり泣きのような声が続く。マキのペニスは今や完全に勃ち上がっていて、打たれる度、ぶるりと震えて、涙のような先走りをこぼす。 良明は目閉じ、燃え尽くされそうな欲情を抑えながら、さらに力を強くしていく。 そして、七回目まできた時、 「んああっ……!」 がくりと、マキの腰が力つきたように沈んだ。尻はほんのりピンク色に染まっていて、果実のようにおいしそうに見えた。そのまま貪り食べたい衝動にかられるが、何とかこらえる。 ここで衝動的になってしまったらマスター失格だ。今、自分が考えるべきことは、自分の快楽ではない。マキの快楽だ。 良明は、自分でも不安になるような強めの一発を打った。高い、喉にかかったマキの声が小さなアパートの部屋に木霊する。途端、イスの下のフローリングに白い白濁が散った。マキの背中は絶頂を迎えた余韻で、微かに震えていた。 「マキ君、今は何回目?」 長い間があいて、ようやくマキが震える声で答える。 「な、七回目……?」 良明は大きな息をついて、手をおろした。 「今日はこれで終わりにしよう」 はっとマキが息を飲み、肩越しに振り返った。ほんのりピンク色だった頬が、恐怖でさあっと青ざめる。 「ご、ごめんなさい、俺っ……! 八回目です」 許しを乞うように見てくるマキの頭を、良明は掌でくしゃりと撫でる。 「いいんだよ。僕も今日は、これが限界だから。次はもっとしてあげられるようにするから。ね?」 と言うと、マキはやや不満げに口を曲げたのち、今の言葉が浸透してきたのか、さっと頬にまた血の気を登らせた。伏せられた瞳の中に、安堵と、さらなる欲情の光が灯る。 そして了承の意を示すように、頬を良明の掌にすり寄せた。 「はい、マスター」 ※ 「シーンパーティー、ですか?」 昼休み、近くの蕎麦屋でお昼を食べていると志倉から電話がかかってきた。周りを気にしながら、小声で話す。 「それって、一体──」 「うちのクラブで月一回やっている、主従ペアのためのパーティーです。工藤さんに他の主従を知ってもらうのにも、丁度いい機会かなと思いまして」 確かに、良明の知っている主従は堂島と志倉しかいないし、他のところがどんな感じなのかは少し気になる。 「う~ん、でもなんか、名前からして怖そうなんですけど……」 「そうですね。もしかしたら、驚くこともあるかもしれないんですけど、合わないと思ったらいつでも抜けていいので。その日は、マキ君に新しいマスターができたということを、周りに知らせることができればいいわけですし」 マキという言葉で、すとんと決心がついた自分はなんて単純なのだろう。 「なら行きます。何か必要なものとかありますか?」 「普通だったら、サブの服はマスターが決める権利があるんですけど、工藤さんは持っていないと思うので、うちのストックから似合うのをだしておきますね。もちろん、貴方の分も」 「あ、ありがとうございます。なんか映画の『マイ・フェア・レディ』みたいですね」 照れ隠しにあははと笑うと、志倉も笑いの滲んだ声で答えた。 「それを言うなら、『マイ・フェア・マスター』ですね。では明後日、楽しみにしています」 プツリと電話が切れる。すると途端に、辺りはいつもの平凡な蕎麦屋の光景しかなかった。 ○●----------------------------------------------------●○ 3/13(日) 本日、PV数がそろいましたので 『マイ・フェア・マスター』『白い檻』どちらも更新させていただきます。 動画を見てくださった方、いつもありがとうございます!! 〈現在レース更新中〉 ↓↓以下の作品の動画のPV増加数に応じて、 その日更新する作品を決めさせていただいていますm ◆『マイ・フェア・マスター』(SM主従BL) https://youtu.be/L_ejA7vBPxc ◆『白い檻』(閉鎖病棟BL) https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ ○●----------------------------------------------------●○

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