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第6話

今度は良明の方が見返す番だった。 「今、なんて?」 「だって今日、色々としてくれたのは、そのためだろう? ご飯とか、このテレビとかさ。この世界に入ったのも、つまり、そういうこと(プレイ)がやりたいからだろう?」 「違う!」 と大声で否定したかったが、できなかった。確かにあの嵐の日以来、乳首をいたぶられ涙目で懇願してくるマキの姿を反芻しては、自分を慰めてきた。が、それとこれとは話が別だ。 ぐっと声を潜め、できるだけ冷静を装って言う。 「しないよ。僕は、そういうことは恋人としかしたくないんだ。少なくとも、君は僕のサブでもないし……」 「じゃぁ、サブになったらいいの?」 マキの目が、暗く鮮やかに揺れた。真っ赤な舌が、下唇を神経質そうに舐める。 これ以上、ここにいてはダメだ。直感した良明は、どたどたとリビングを横切る。 「とにかく、今日はもう帰るね。最後に水だけもらっていくね? テレビ運んだら、意外と汗かいちゃってさー」 あははと場を和ませようと明るく言うと、 「俺が持ってくる」 と、マキは驚くほどの素早さでキッチンへと消えた。 自分を落ち着かせるため、良明はビジネスホテルにあるような備え付けの小さなデスクに座る。そこへ、水の入ったグラスを持ってマキが戻ってきた。 「ありがとう」 と受け取ろうとすると、ガチャンと金属の硬い音が鳴り響いた。何事かと見ると、良明の片方の手首に銀色の手錠がかかっていた。 「ちょ、ちょっと、何これ!?」 何がどうなっているのかわからず、まじまじと手錠を見る。するとマキが良明の座るイスの背後に回り、背もたれに良明の両手を拘束した。 「マ、マキ君!? ね、ね、ちょっとっ……何をやっているの……!」 パニックを起こしそうになりガチャガチャと手錠を外そうとするものの、頑丈な金属の拘束具はもちろん外れない。 「何って──」 良明の膝の上にまたがったマキが、妖艶な笑みを浮かべる。ちらりとあつい唇からのぞいた舌は、濡れて何よりも淫靡に見えた。 「今日のお礼だよ。思っていたより『普通の世界』ってのも楽しかったし。だから今度は俺がこっちの世界を教えて上げようと思って。志倉さんたちが何て言おうと、やっぱりこの世界の醍醐味はこれだからね」 マキの指が、なだらかに隆起した良明の胸元の筋肉をすうっとなぞる。びくりと、良明の全身が痺れて撓る。反動でガチャンと手錠が鳴り、鋭い冷たさに息を飲んだ。 縛られ、何もできない無力感と恐怖──そして興奮が、良明のパニックをさらにあおる。 「だ、だからって、何で僕が縛られているの!? ってか、この手錠はどこから!?」 「前のマスターがいつでも俺を縛れるようにって、常に持たされていたんだ。縛ったのは、SMプレイって聞いたら、あんたが逃げそうだったから」 「そりゃ、まぁ、確かにそうだけど……」 良明の不安を感じ取ったのか、マキが安心させるようにっこりと微笑む。 「大丈夫。控え目でやるからさ。きっと、すぐに何も考えられなくなるよ」 マキは良明の顎を細い指でなぞると、耳元で囁いた。 これでは、どちらがマスターなのかわからない。 クラクラとした目眩に耐えていると、ふっと膝にかかっていた重みが消えた。再び目を開けた時、マキが自分の足の前で膝をついているのが見えた。 心臓が喉から飛び出すかと思った。全身の血の音が聞こえそうなくらい、身体中の細胞が沸騰している。 今まで、堂島に膝をついた志倉やマキは何度か見てきた。でも、いざ自分の足下で膝まづかれると──かなりクるものがある。 そんな動揺と密かな興奮が伝わったのか、マキはふっと微笑むと、にわかに盛り上がり始めていた良明のジーンズの中心に手をかけた。 「!?」 抗議する間もなく、マキの手によってファスナーを開けられ、勃ち上がった自分のものが露わになる。それは先ほどよりも頭をもたげ、まるでマキの気を引こうとするように先端が先走りで光っていた。 まさかマキが目の前で膝をついただけで、こんなになるなんて。信じられない。 「ま、マキ君……」 何とか振り絞った声は、みっともなく震えていた。 「ダ、ダメだよ。こうゆうことは恋人同士じゃないと……僕たちは契約すらしていないし……」 「契約すればいいの?」 そりたった屹立ごしに、熱っぽい表情でマキが見上げてきた。 「じゃぁ、するよ。契約。俺、あんたのサブになる。だから──」 マキの真っ赤な舌が、先端の滴をぺろりと舐める。 「頂戴?」 いつぞや「お願い」と懇願してきた声と同じ声で言われ、良明は何が何だかわからなくなった。瞼の後ろで真っ白い雷が落ち、頭の中を切り裂く。 「…………!」 ぬるりとした温かいものを感じて見ると、マキが良明のものをくわえ込んでいた。 夢でも見ているような気分だった。こんなに綺麗な子が、自分の足の間に膝をつき、自分のものを奉仕しているなんて。 唯一の不満は手錠をかけられ、自分では何もできないことだ。口内を上下させる度に揺れるマキの柔らかそうな黒髪を見て、触りたい衝動に焼け尽くされる。こなしきれず、喉から低い呻き声がもれた。 「んっ、ふ……」 マキがさらに奥深くへと、喉をすすめる。その目はゆるく閉じられ、息苦しさから頬はピンク色に染まっていた。くぐもった吐息がもれる度、マキの喉の筋肉が良明のものの先端を柔らかくくすぐる。 「……っ、マキ君……」 はっきり言って、良明のものは大きい(唯一の自慢を高らかにいいふらすことができないのは悔しいが)。それをここまで難なく奥深くまで飲み込んだのは、マキが初めてだった。 これまで何人の男──マスターが彼にこれを要求してきたのだろうか。一体、誰が彼をここまで従順に調教した? 嫉妬の炎が、燎原の火のように燃え広がる。 自分は、そんな男たちと同じになりたくない。自分の快楽のために、彼の身体を使いたくない。 ──僕がしたいのは、彼を喜ばせてあげることだ。 彼の望むものを与え、快楽で全身を震わせ、慈悲と救いを乞うてくる彼を見たい。 それを考えただけで、既に達してしまいそうだった。 「君は、本当にこれを望んでいるの……?」 上がる息の間から問うと、マキが顔を上げた。屹立ごしにこくりと頷いた表情は、こんな状況にも関わらず無垢そのものだった。キャンディーを欲しがる子どものように剥き出しの欲望と期待とに染まっている。 「はい、マスター」 ガチャンと金属の音がした。身じろぎをした時に手錠が鳴ったのだろう。だが、まるで心が鎖に囚われたようにも感じた。 ──マスター。 今、この瞬間、自分たちは主従になったと確信した。 マスターである良明には、サブであるマキの身体と心、すべてを支配する権利が与えられ、マキはマスターである自分の支配と命令に従い、甘受しなければならない。 まるで、王様にでもなったかのような気分だった。相手を跪かせ、屈服させ、何でも好きなことを命令できる。言葉にできないほどの、高揚感と背徳感。 自分こそが、彼の中心なのだ。彼は今、自分にだけを見、自分だけに従う。他の何にも目もくれず。自分にだけ。 口元に、暗い愉悦の笑みが浮かぶ。身体の奥底から欲望とともに、力強さと自信が沸々と湧き上がってくる。 ──僕はこれを望んでいたのだ。 誰かの〝特別〟になれることを。 「君は何が欲しい?」 気づいたら聞いていた。マキは、まるでそんなこと聞かれたことなどなかったというようにぱっと顔を上げた。半開きになった赤い唇は先走りで濡れてつやつやと光り、キスしたい衝動にかられる。 「答えて。マスターとしての命令だよ。君は、何をされるのが好き?」 マキはしばらく意識を現実とすり合わせるように瞬きをしたのち、かすれた声で言う。 「……叩いて」 「え?」 「俺を……叩いて」 今度は、良明の方が驚く番だった。 「叩いてって、どこを……?」 もぞりとマキが下半身を動かしたのを見て、良明は全てを察した。 「お尻を……叩いて欲しいの?」 こくりとマキが頷く。その頬は羞恥と期待とで、真っ赤に燃えていた。目は潤み、乞うように、一身に良明だけを見続ける。 「お願い……マスター……」 どうしようもなく心を揺さぶられた。 求めている。マキは今、自分を求めている。それは何より明かだった。今や、彼の全神経は良明に傾き、その一挙手一投足をただひたすら待ち焦がれている。 彼が望むものをあげられるのは、今、自分しかいない。 マスターである自分しか。 たとえそれが痛みだったとしても、マキが本当に心から望んでいるのなら……。マキの安全を自分が代わりに引き受けるなら。 ──たぶん、できる。 いや、できるというよりも、どうしてもしたかった。 彼の身体の隅々までを優しく気遣いながらコントロールして、崖っぷちの快楽を与えてやりたい。細胞の一つひとつの形がわからなくなるまで蕩かせ、全て一から自分で作り上げたい。 まさか自分のお節介欲がここまで強く、暗い情熱に満ちていたなんて。「重たい」と言っていた歴代の恋人たちの直感も、あながち外れてはいなかったみたいだ。 でもそんな誰もが拒否してきた自分を、マキだけ受け入れてくれる。サブであるマキだけは、喜びをもって自ら乞うてきてくれる。 まったく、なんて夜だ。 マスターになった途端、長年焦がれ続けてきた望みが叶うなんて。たとえこれが一時だけだとしても、全てに感謝したい。いや、マキに。 そして、それを伝える方法は一つしかない。 彼が望む喜びを与えること。自分ができることは──したいことは、それだけだ。 「なら、この手錠を外して? このままじゃ何もしてあげられないよ?」 からかうように手錠を鳴らすと、マキは電光石火のごとく手錠を外し始めた。そして、手首を確かめるように回している良明の前で、忠犬のごとく膝をついて主人の次の行動を待っている。 「ありがとう」 と言うと、膝をついていたマキの頭がぴくりと震え、小さく垂れた。 「光栄です。マスター」 ○●----------------------------------------------------●○ 3/12(土) 本日、『マイ・フェア・マスター』のPV増加数の方が 5ビュー分多かったので、こちらを更新させていただきます。 動画を見てくださった方、ありがとうございます! 〈現在レース更新中〉 ↓↓以下の作品の動画のPV増加数に応じて、 その日更新する作品を決めさせていただいていますm ◆『マイ・フェア・マスター』(SM主従BL) https://youtu.be/L_ejA7vBPxc ◆『白い檻』(閉鎖病棟BL) https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ ○●----------------------------------------------------●○

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