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第16話
※R-18
「ほら、今日の分の薬だよ」
鉄格子の中に向かって、私は手を差し出す。
湿っぽい地下牢は、入口にいくつかアセチルランプがかかっているだけで、昼夜関係なく薄暗い。檻の中にいたっては、完全なる闇だ。
「……ウ、ウゥ……」
檻の奥に、ギラギラと光る二つの目がぽっかり浮かび上がる。威嚇するような唸り声が、低く響く。
だが私は気にせず、中に入った。すると壁際にうずくまっていた影が気配を察し、真っ直ぐに飛びかかってきた。
「……くっ!」
〝王様〟の形をしたその獣は、迷うことなく私の首筋に食らいついた。痛みに、息を呑む。じゅわりと血がにじんで、白衣の襟を汚した。
しかし、騒ぐほどではない。こんなことは、いつものことだ。
保護棟を改造して造ったこの地下牢は、ただ一人──〝王様〟のためだけに造られた特別な檻だ。
電気治療を行ったあと、〝王様〟は廃人となった。
苛烈な意志の炎はその瞳から消え、自ら言葉を発することも動くこともなくなった。ただ生きて──いや、呼吸するだけの屍。
それでも時折、わずかに残った激情を絞り出すかのように、暴れる時がある。その時の〝王様〟は、理性の欠片もないただの獣だ。本能と欲望に忠実で、破壊し、いたぶることだけを好む。
唯一、この堅固な地下牢だけが、そんな彼を捕らえられる場所なのだ。
ここには主治医である私と見張りのスタッフしか入れない。
「痛いよ、〝王様〟。ちゃんと薬を飲んだら、いくらでも噛んでいいから。ほら」
〝王様〟の口元に鎮静剤を差し出す。その薬は〝王様〟の神経を落ち着かせるために毎日与えているものだった。
「ウ、ガァアアァッ……!」
〝食事〟の最中に触れられたのが嫌だったのか、〝王様〟は私の腕を思い切り薙払った。
「……ッ」
ゴキリと嫌な音が響き、腕に力が入らなくなる。吹き飛ばされた薬がコンクリートの床に散らばった。
「〝先生〟っ! 大丈夫ですか!?」
外で見張っていたスタッフの一人が、鉄格子の前まで駆けよってきた。
「大丈夫。たいしたことないから」
「ですが……あっ!」
スタッフが、私の後ろを指さした。振り返る前に、〝王様〟が、今度は私の腕に喰らいついてきた。手錠を噛み続けて鋭くなった歯が、私の皮膚の中に容赦なく食い込む。
「……ッ!」
「おいっ、 〝先生〟から離れろっ!」
スタッフが〝王様〟に向けて空気銃を撃つ。
「ガッ!」
〝王様〟は撃たれた足を押さえ、ジタバタと床に転がった。一歩離れた私は乱れた白衣を整えると、スタッフの方を振り向く。
「ありがとう。私は大丈夫だから。腕もヒビが入ったくらいだし」
「そうですか、良かった……」
スタッフは、ホッと息をついた。私を見つめる彼の眼差しには、尊敬と畏怖の色が見て取れた。
今や彼らにとって、私が〝先生〟だった。
前の〝先生〟は、私が新たに開発した治療法を『外』に広めるべく、学会を転々としている。最近では月に一、二度来るか来ないかだ。まぁ、この病院には私と〝王様〟、あとは数人の警備のスタッフがいるだけで、彼が来てももはややることはないのだが。
私の方はと言うと、毎日、来る日も来る日も、〝王様〟の世話のためにこの地下牢に通い続けていた。彼が発作を起している時も変わらず。
初め、スタッフたちからは散々止められた。房に入る度、暴れる〝王様〟によって骨を折られ、肉を抉られ、出てくる時はいつも半死半生だったから。
しかし、やめようとは思わなかった。
「いいから。ここは危険だからね」
にっこり微笑むと、スタッフは渋々ながら銃を下ろした。
最近、私はよく人から変わったと言われる。
〝人形〟の時は、冷めていて人付き合いもなかったのに、急に雰囲気が柔らかくなり、スタッフたちとも気軽に話し始めたからだ。
最初は戸惑っていたスタッフたちだが、これも前の 〝先生〟の治療の成果だと判断し、すぐに受け入れた。
前の〝先生〟は、今や『外』で評判の高い精神科医となり、多くの患者を受け持っている。
そのうちの一人が、樒だ。
彼女は〝先生〟の催眠療法のおかげで、昔のことを何もかも忘れ、今では『外』の小さな劇団の看板俳優として、充実した生活を送っている。男でも女でも自由自在に演じられる彼女の演技力は、『内』にまで噂が入ってくるほどだ。
あの時──私が 〝先生〟の手を取り、〝王様〟を電気治療にかけた時から、あらゆるものが変化していた。
しかし、変らないものもある。
〝王様〟のそばにいたい。
私のその想いだけは、どんなに状況が変ろうと揺るがなかった。むしろその想いだけが、今の私を動かしていると言っていい。
「〝先生〟? 大丈夫ですか?」
動かない私に、スタッフが鉄格子越しに声をかけてきた。心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫」
と、微笑み返そうとした、その時。
「──ッ!」
いきなり後ろから、大きなものが覆い被さってきた。何であるかはすぐわかる。なぜなら、ここには〝王様〟しかいないのだから。
ビリッと布を裂く音が、牢の中に響く。次の瞬間、後ろのしずまりに強烈な痛みが襲ってきた。
「う、くっあぁあっ!」
〝王様〟が私の白衣とズボンを引き裂くと、いきなり自らの性器を挿入したのだ。バリバリと皮膚が裂ける痛みに、喉がつっぱっる。
「せ、 〝先生〟っ……!?」
スタッフの男がどうしていいのかわからず、オロオロしていた。きっと新人なのだろう。
側にいたもう一人のスタッフが慣れたように「いいから」と言って、彼の腕を引き、二人は牢から出ていった。
ホッと息を吐く。慣れているとはいえ、やはりこうゆうところを人に見られるのは抵抗がある。
だが安堵は、さらなる痛みにすぐさまとって代わられた。
「う、ああぁっ……!」
〝王様〟が性急に、中へ中へと腰を進める。馴らされていないそこは異物を拒否し、痛みの悲鳴を上げる。しかし〝王様〟は、お構いなしに乱暴に捻り込み続ける。
「くっ、あぁああっ……!」
あまりの痛みに、喉が焼ける。無理矢理押し広げられる度、目の奥で光の輪がチカチカと閃光した。鉄格子を握る手の関節が、真っ白になる。
「んっ……くっ……」
それでも歯を食いしばり耐えていると、視界の端に何かがうつった。
〝笑い犬〟だ。
いつの間に来ていたのか、入口のすぐ脇の壁に背をつけ、こちらをジッと見ていた。その口元には歪んだ笑みが、目には明らかな情欲が滲んでいた。
興奮しているのだ。痛がる私を見て。
(相変わらずだな)
心の中で、ため息をつく。
現在、〝笑い犬〟には私の助手として働いてもらっていた。こちらの命令には絶対に従う彼の忠実さは、実に使いやすかった。
しかしその性癖だけは、私でもどうすることも出来なかった。彼は機会がある度、こうして私と〝王様〟のやりとりを覗きにくる。しかし見ているだけで満足しているようなので、好きにさせておいた。
「ンッ! あぁっ……!」
焦れた〝王様〟が、ひときわ乱暴に中を抉ってきた。
耐えきれず、目の前の鉄格子に額をつける。すると〝王様〟も鉄格子を掴み、奥まで一気にねじ込んできた。
「──ッ!」
体をまっぷたつに裂かれるような痛みに、声にならない声が出る。牢に響くのは、ガタガタと鳴る鉄格子の音と、〝王様〟の荒い呼吸音だけだった。
「あっ……!」
全てを入れ終わり、休む間もなく〝王様〟が中を突き始めた。
「あっ、ううんっ……!」
いきなりの激しい律動に、呼吸するだけで精一杯だった。痛みで無意識に、腰が逃げを打つ。それを許さないとばかりに、〝王様〟の片腕が私の腰に回り込み、ぐっと引き寄せると、さらに挿入を深くする。
「あ、ああぁッ……!」
焼け付くような痛みに、もう何がなんだかわからなくなった。
それでも〝王様〟が腰を打ちつけて来る度、痛みとは違う何かが、徐々に腰辺りからつたって流れ込んでくる。
「ん、ふっ……」
痛みで萎えていた私の前のものも、いつの間にか勃ち上がっていた。後ろのしずまりも〝王様〟を受け入れるように、グズグズと蕩け始める。
「んっ、あぁっ……!」
最奥をつかれ、明らかな嬌声が上がる。ビリリと、身体中に甘い電流が流れた。
──悦 い。
先ほどまで痛みしか感じていなかった身体は、今や、全てを快楽として受け入れてしまっていた。腰にきつく食い込む〝王様〟の指も、額にあたる鉄格子の硬さも、全てが悦い。
『痛いのは哀しい』。
以前、〝王様〟はそう言った。
でも、今ならわかる。
痛いのは、悦い。
痛みも限界を越えれば、いつしか悦 くなってくるのだ。
「あぁっ……〝王様〟、もっと……」
これ以上ないというほど攻められているのに、自ら腰を動かして懇願する。
もっと欲しい。痛みが、快楽が。
いや、〝王様〟に与えられるものなら、何でも欲しい。
(これじゃ〝笑い犬〟を馬鹿には出来ないな)
ちらりと 〝笑い犬〟の方に視線を向けた、その瞬間、
「……ッ!」
〝王様〟が両腕を私の腰に回し、自らの膝の上に引き寄せると、今度は座った状態で下から突上げてきた。
「んああっ……!」
内壁に熱い迸りを感じた。〝王様〟の放ったもので、中がいっぱいになる。
「ウッ、クッ……」
〝王様〟は息つく間もなく、再び腰を動かし始めた。私の中で〝王様〟のモノが再び形を増す。
〝王様〟の神経は、一度昂じてしまうとそう簡単には治まらない。
これまで何度も、彼の神経が鎮まるまで、何時間も攻められ、犯され続けたことがある。やっと解放された時には、汗や血、お互いが放ったもので全身グチャグチャで、指一本だって動かすことが出来なくなっていた。その時ほど、体の芯、心の奥底まで犯された気分になったことはない。
(今日は、どれくらい続くんだろう)
そう考えて、ひそかに興奮している自分がいた。
「ふふっ……」
堪えきれず、嬌声とともに笑い声がもれた。その声は、自分でもゾッとするほど冷たい快楽に満ちていた。
──狂っている。何もかも。
獣のようになってしまった〝王様〟も。
私たちを見て必死に手を動かしている〝笑い犬〟も。
研究にしか目がいかなくなった〝先生〟も。
何もかも忘れて『外』へ帰っていった樒も。
でも、たぶんこの中で一番狂っているのは……。
──私だ。
昔、私はこの病院の中で自分が一番まともだと思っていた。しかし今では、自分が一番狂っていると確信出来る。
私は〝王様〟といたいがために、彼を電気治療にかけた。そして、この牢に閉じこめた。
誰にも邪魔されず、二人だけになるために。
考えてみれば、おかしなものだ。
狂人の王であった〝王様〟は私の〝人形〟となり、〝人形〟であった私は〝王様〟となった。
この病院の中で一番に狂った、狂人の王に。
「ふふ、あはははっ……!」
おかしくてたまらなかった。
笑いすぎて、体が小刻みに震え出す。それがお気に召さなかったのか、〝王様〟が苛立ったように私の口を手で塞いできた。
「うっ……! ううっ」
息苦しさの中で執拗に突かれ、意識が朦朧とする。だが、それすらも悦 かった。
私もお返しと〝王様〟の指を噛んだ。口内に彼の甘くて苦い血の味が広がる。
「……ウゥッ!」
自らの血を見てさらに神経が高ぶったのか、〝王様〟は小さく唸りながら、最奥を何度も突いてくる。
「あっ……! そこ……んんっ!」
ある一点を突かれた時、私の体は狂暴なまでの快楽に震えた。
「クッ……!」
キュウキュウと切なげに後腔が締まったのを感じ、〝王様〟が切羽詰まったような息をもらす。そして、何度目かの精を私の中に放った。
「……はぁっ、んっ……」
〝王様〟の指が離れて、ようやくまともに息がつけた。しかし自分の中にいる〝王様〟のものは、まだ形を変えていない。
(次は、何をさせられるのだろう)
頭が真っ白に爛れて、もう何も考えられない。でも何をされても、自分は受け入れてしまうに違いない。
──やっぱり、私はイカレている。
〝先生〟の手を取り、〝王様〟を機械にかけたあの時から。
いや、違う。もしかしたら──。
「んっ!? あぁあぁっ……!」
次の瞬間、私の思考はあっさりはじけ飛んだ。
〝王様〟は私の体を反転させると、背中を鉄格子に押しつけた。そして太ももを大きく広げさせ、自らを深く埋め込む。
「んんっ……!」
深奥まで一気に突き上げられる。挿入部が露わになった状態で、揺さぶられるように何度も貫かれる。
「あっ、ああ……! んくっ……!」
足を大きく上げた不安定な姿勢に耐えきれず、顔の横にある鉄格子を掴んだ。背中にゴツゴツした鉄の感触が当たって痛い。しかしそれさえ、際限なく増してくる快楽の中に、簡単に飲み込まれてしまう。
「 ……————!」
無意識に、その名を呼んでいた。
〝王様〟の本当の名を。
しかし相手に、気づいた様子はない。唸り声を上げながら、一心不乱に腰を突上げ続けている。
チクリと、胸が惨めったらしく痛んだ。
泣き出したい。でも、涙は出なかった。
愛する者の心を自らの手で壊してしまった時から、涙などとうに枯れ果てていた。
私はそのまま顔を伏せ、快楽だけに身を任せようとした。
その時、ふと何かが髪に触れた。
顔を上げる。
何が起こっているのか、理解出来なかった。
目の前で〝王様〟が、鉄格子に絡みついた私の髪を一房、撫でていた。愛おしそうに、慈しむように。
頭の中に、昔の光景がフラッシュバックする。
〝王様〟と初めて会った日。あの日も同じように、彼は私の髪に触れた。
私は息をすることも忘れて、相手を見つめる。すると〝王様〟も、黒々とした瞳でじっと見返してきた。
驚いた。
〝王様〟の瞳の奥には、わずかにだが、光が灯っていた。私が惹かれた、強くも優しい意志の炎が。
「ふふ、ふはははっ……!」
たまらず笑い出した。
まだだ、まだ残っていたのだ。
〝王様〟の欠片が。
私は鉄格子を握る拳に額をあて、小さくほくそ笑んだ。
(すべて計画通りだ)
あの夜、保護房の中で、私は夜が明けるまで考えて、考えて、考え抜いた。
どうしたら〝王様〟と離ればなれにならずに済むのか。〝人形〟のようにならずに済むか。
〝人形〟は感情に囚われ、我を見失い、騙され、〝王様〟の手を離した。
でも自分は違う。絶対にそんなヘマはしない。
たとえ〝王様〟を想う気持ちは一緒でも、私の頭は残酷なくらい冷静だった。
いくら時間がかかってもいい。
確実に逃げきれる方法は何か。
そして思いついたのだ。今の、このシナリオを。
忠実なふりをして〝先生〟を騙し、相手が油断した隙に逃げ出す。
言うのは簡単だが、相手はあの 〝先生〟だ。人に希望を与え、あっさりと崩すことにかけては敵う者はいない。だからこそ、徹底的に彼を信用させる必要があった。
〝先生〟の手を取り、〝王様〟を電気治療にかけたのもそのためだ。
彼は、気づいているだろうか。
〝王様〟を電気治療にかけた時、わずかにだが機械に細工をしたこと。それがあったから、〝王様〟は完全な廃人にならず、発作を起こすだけの感情が残っているのだ。
今与えている薬も、幾分か配合を変えてある。不自然にならないよう、少しずつ、〝王様〟が正気を取り戻していくように。
細工をするのは簡単だった。
なぜなら装置も薬も、元は全部、私が考えたものだから。〝先生〟程度の頭では、変わっていることにすら気づかないだろう。
(本当に、馬鹿な男だ)
彼は本気で信じているのだ。〝王様〟の側にいられさえすれば、私が満足だと。
最後まで冷酷になりきれない。本人も言っていた通り、それが彼の決定的な欠点だ。
だがそのおかげで、私の計画は着実に進んできている。
「ふふ」
〝王様〟の首に両腕を回し、抱き締めた。
「もうすぐだ、もうすぐでここから出られるよ」
耳元でそっと囁く。
ピクリと〝王様〟が身じろぎをした。だが既にその瞳からは炎が消え、元の無感動な色が浮かんでいるだけだった。
(いい。今はこれで)
電気治療を行った直後に比べれば、発作の回数も、瞳に光が戻る時間も、徐々にだが増えてきている。
そうして、いつの日か私たちは──。
「はは」
と、乾いた笑い声がもれた。
我ながら、歪んでいると思う。
相手を助けるために、相手を一度壊してしまうなんて。
(こんなの、イカれてなくちゃ出来ない)
ふと〝先生〟の言葉を思い出した。
人は狂って初めて、本当の感情を知る。
確かに、その通りだ。
私は〝王様〟を愛した。だからこそ、ここまで狂った。
彼のためなら、誰を騙しても、裏切ってもいい。
どんな恥辱的な姿をさらそうと、構わない。
どこまでも冷酷になってやる。
それくらい、愛している。
狂ったように愛している。
たぶん、初めて会った時から。
「ほら、〝王様〟」
私は床に転がっていた薬を含むと、口移しでそれを〝王様〟に与えた。
始めは抵抗していた〝王様〟だったが、舌で押しやると、やがてゴクリと嚥下した。
あと何回、これを繰り返せば〝王様〟の意識は戻るだろうか。
いや、いくらかかってもいい。
私たちは、必ず、ここから出るのだ。
この白い狂気の檻から。
「だから、それまでは……いや、それからも、ずっと──」
息を飲み、冷たい相手の唇に唇を重ねた。
「──ずっと一緒だ」
※
「またもや精神病院で発火」(昭和二×、五・十六)
▼出火原因は電気系統の不具合か?
同月十五日、未明。千葉県××市、××精神病院閉鎖病棟から出火、敷地内の建物がほぼ焼失する火事が起った。
勤務していた看護師及び、警備員は昨年、××県××精神病院で起きた放火事件をうけてもうけられた緊急用の脱出口から避難、軽傷ですんだ。
だが、患者たちの誘導のために最後まで院内に留まっていた同病院院長は死亡、その他患者二名が未だ、行方不明となっている。
▼近隣住民がみた謎の人影
出火直後の近隣住民の証言によると、
『ドーンとものすごい音がして外に出てみると、赤々とした炎と黒煙が建物を包んでいた。これは大変なことになったぞと呆けていると、病院の正門から二つの人影が出てくるのが見えた。顔はよくわからなかったが、一人は白衣を着ており、もう一人は車椅子にのっていたため、病院の関係者だと思った』とある。
なお、この二人が行方不明となっている同院の患者であるかは未だわかっておらず、彼らがどこに行ったのかも不明なままである。
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本作品はこれで最終話になります。お付き合いいただいた皆様、ありがとうございます!
以下、参考文献というか、こんな雰囲気に寄せてみましたという本たちです。
■『虚無への供物』 中井英夫
いわずとしれた三大奇書の一つ。いつ読み直しても、古さを感じさせず
どのキャラも魅力的で、耽美な雰囲気のある怪しげなミテリーとして読みやすいです。
執着(所有欲?)ありの男同士の関係 × ミステリーが好きな方にオススメです。
『白い檻』の本編でててくる精神病院もこの作品の中にちらっとでてくる病院をモデルにしています。
※元々、『虚無への供物』にでてくる病院も実在した病院がモデル(見事なバラ園があり、火災事件を起こした)ですが、
中井英夫作品によくでてくる怪しげな雰囲気をもった精神病院が好きなので、そっちを寄せてみました。
"このとし、六月十八日の土曜、S──精神病院は漏電と伝えられる自火を出して、木造の病棟も、壮麗な薔薇園もあらかた焼け落ちてしまい、二十名に近い焼死者と行方不明者を生むという惨事を惹き起こしたのは、詳しく新聞に報じられたとおりだが…"
——中井英夫『虚無への供物』
ちなみに『虚無への供物』の魅力は、なんといっても登場人物の一人である蒼司ですね。
悲劇を背負ったゆえの陰鬱とした彼の色気と清廉さが、ある男を狂わせていく様がなんとも歪んでいて大好き笑
他の登場人物も苛烈でツンデレ(?)の次男、陽キャでかわいい系の三男、
へたれの主人公と猪突猛進な彼の女友達など、ラノベでもいけるんじゃないだろうかという面白キャラたちがいっぱいです。
謎めいた殺人事件あり、推理合戦ありで、一気に読ませてくれます。
興味がある方はぜひ!
■『ドグラ・マグラ』夢野久作
こちらも三大奇書のひとつ。
ある日、精神病棟の一室で目覚めた「私」には、一切の記憶がなかった。
隣の部屋から聞こえてくる「お兄様」という謎の少女の声。
「自らの力で記憶を取り戻さなければならない」という法医学教授。
その後、自分の記憶にかかわる資料をあさっているうちに、
私は自分が関わったとされるある殺人事件の真相を知ることになり…
というものです。
「読んだら精神がおかしくなる」みたいなあおりがありますが、
そんなに怖いものでもないので、安心してください笑
いい感じにグラグラと翻弄させてくれるので興味がある方はぜひ!
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