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〔佑誠と万里英〕
「できればお前んちの家族に挨拶しときたいんだけど」
腹が減ったから何か食わせろと棗のマンションに押し掛けてきた万里英は、簡単なものしか用意できませんが、と出された佑誠お手製の昼食を遠慮の欠片もなくすべて胃の中に収めると、唐突にそう言い放った。
無事に初孫も生まれ、幸いにも早々に退院となった棗の状態もかなり安定している。燕曰く、初孫の誕生を理由に強引に長期の休暇をもぎ取ったらしい万里英も、そろそろ海外に戻る頃合いが近づいてきたとのことだ。
主治医である宮鳥の勧めもあり、佑誠は棗の住むマンションに寝泊まりをしている――はっきり言ってしまえば、棗の両親公認のもとほぼ同棲しているような状態ではあるのだが、やはりそれには佑誠の親の許可も必要だろうと万里英は言う。
「話はしてあるんだろう?」
「まぁ、一応は」
自分がバース検査によってアルファと判定されたこと、そして番になる約束をしたオメガの相手がいるということを、母親にそれとなく伝えてはある。が、電話とメールでは限界があり、近く帰省した際に詳しい話をすることになっていた。
「それじゃ、お前が帰る時に一緒に行くわ」
もちろん棗も連れて、と肝心の本人が不在――のえると一緒に姪っ子に会いに燕の家へ遊びに行っている――にも関わらず勝手に万里英は予定を決めていくが、こうなってしまってはもはや何を言っても無駄だということをすでに佑誠は学習済みだ。そのように親にも伝えておくと答えれば、万里英は満足気に頷いた。
「……でも、いいんですか?」
「何が?」
「まだ、きちんと番になったわけじゃないですけど」
そう、あくまでもまだ互いの意思を確認し合っただけで佑誠と棗は正式に番となったわけではない。一応、現状について二人で宮鳥から説明を受けたり、バース性の変更届などといった法的な部分について塁を通じて経験者である玖珂嶺家の方々から色々と教えてもらったりしているが、まだそれだけと言えばそれだけだ。
「なんだ、番う気がないのか」
「そういうわけじゃありません、けど」
「けど?」
番になりたい気持ちは間違いなくあって、心の底から棗の番になりたいと望んでいる。が、本当に番になれるのかどうか、佑誠としては半信半疑というのが正直なところだ。
というのも、確かにバース検査の結果ではアルファと出たが、佑誠自身、本当に驚くほど何の変化も感じられないからだ。たとえば、ベータの頃にはわからなかったオメガのフェロモンがわかるようになったとか、そういった明確な変化が現れればアルファになったという実感が持てたのかもしれない。しかし残念ながら、相変わらずフェロモンはわからないし、アルファのマーキングとやらもわからないままだ。
「いいか、佑誠」
「はい」
「心と体は繋がってる――だから、大丈夫だ」
そんな佑誠のモヤモヤとした部分を、万里英はあっさりと蹴散らしていく。
「というか、お前たちもう実質番ってるようなもんだろう」
そう言って呆れたように笑う万里英に、それはまぁそうかもしれませんが、と返す。事実、棗の体調は宮鳥も驚くほど、あっという間に安定し始めたのだ――それこそ、兄の家へと外出できるほどにまで。佑誠よりも棗の方が大きく変化したといっても過言ではない。
「肝心なのは気持ちの部分なんだよ――番えるかどうかは問題じゃない」
お前のご両親だってそういうことだろうと言われ、佑誠は改めて父と母の顔を思い浮かべる。
アルファ同士というのは、それほど多くはない組み合わせだ。番という特性もあるためか、アルファとオメガの組み合わせの方が数としては多いし、その方が自然な流れと受け止められる傾向にある。
そして当然、アルファとアルファの間に番関係は成立し得ない。もっと言えば、ベータ同士だって成立しないのだから、番関係というのはとても限定的なものだ。つまりは、番関係を結ばずとも佑誠の両親をはじめ多くの人々は日々の営みを続けているわけで、確かに万里英の言う通りそれは然程問題ではないのかもしれない。
とは言え、もしかしたら両親にも、佑誠にはわからないアルファ同士ならではの苦悩もあったのかもしれないと今更のように思う。
「特にアルファの女はな――迷うんだよ」
「迷う?」
「幸か不幸か選択肢が多いんだ」
女性として生きるか、アルファとして生きるか選べるからな、と言われ、なるほどと納得する。自分にはのえるがいたから迷うことはなかったが、実際に思い悩んでいる友人もいたのだと万里英は懐かしそうに笑った。
「……父も、母も、悩んだりしたんですかね」
「そりゃ悩むし迷うだろ」
人生の大きな選択だぞ、と悩み事とは無縁そうな万里英があっけらかんと言い放つ。
「でも、後悔はしてないんじゃないか」
にかりと笑う万里英の言葉は、とにかく真っ直ぐだ。
「いい親御さんなんだろうな、ってお前を見てればわかるよ」
会うのが楽しみだと言われれば、佑誠もなんだか嬉しくなってくるのだから不思議だ。
結局、ちょうど祝日が重なり連休となるタイミングで、棗たちを連れて帰省することになったのだが――佑誠がまったく想像していなかった方向に、幸か不幸か物事は進んでいくことになる。
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