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本章、最終話 復活の時 

「リリ、お前は本当に……これで良かったのか?」  透き通ったその純粋な瞳にダニエルを映す。見上げた顔はいつもの様に無邪気でいて、そしていつもの様にこう言ったのだ。 ウィリアム 「ダニエルさん。」 ダニエル 「ウィル、ちゃんとついて来いよ。」  何度も振り返り、この目で確認しておくべきだった。彼がちゃんと後ろについて来ているのかを。 あの日、霧の掛かった沼地で触れたその亡骸はあまりにも冷たく、寂しそうに夜空を見つめていた。今着ている服を拭ぎ捨て、この体温で温めてやろうと思った事は誰にも言っていない。 これまでに数え切れぬ程失ってきた仲間達、彼らにしてやれた事は他にもあっただろう。どの時も、後悔の残らぬ死など在りはしないのだ。またいつもの事だと、またやりきれるものだと、そう思っていた。 ウィリアムの頬を撫で、その額を撫で、青紫色に変わったその唇を撫でたあの時でさえも。 ダニエル 「なぁ、ウィル……あの時お前を無理やりにでも抱いてたら、少しは違う結果になってたのかな?お前の運命を変えてやれたのかな?」  返事が返ってこない。この心を埋め尽くす疑問の数々がその答えを求めて暴れ回っているのに、その答えを持っているのはただ一人、この者だけなのに………返事が返ってこないのだ。 ウィリアム 「ダニエルさん……」  自分の名前を呼ぶウィリアムの声が、切なく脳内に響く……。 ダニエル 「もう、やめろ……」  陣の中央に立つダニエルは、そっとその目を開いた。 ルドルフ 「……準備は()いか?」 ダニエル 「……あぁ。」  エメラルドを連れ屋敷に戻ったダニエルとルシファー。ダニエルはルドルフにエメラルドを渡し、描かれた陣の中央に立った。少しの間だけ瞼を閉じて気持ちを落ち着かせたダニエルは手の平から鎌を引き抜きその鎌の刃先を太腿に一度当て、切り落とす位置を確認する。彼から怯える素振りは何一つとして見受けられない。まるで心を持たぬ生き物の行いの様な、そんな機械的な儀式の光景を眺めているルシファーもまた、機械の様に無表情で陣の外に立っている。 ルドルフ 「迷いがあるようだな、その後の事を案じておるのか?」 ダニエル 「あいつが生まれ変わったとして、そんでアレンも蘇生して……それで全てが元通りになるのか?こんな無茶苦茶なやり方で……」 ルドルフ 「忘れた訳ではあるまいな、これは黒魔術の一種だ。生きとし生けるものの道理に反する術であり、運命(さだめ)に逆らうもの。……今更何を言っておる?」 ダニエル 「俺はきっと幾つも選択を間違えた。その結果二人を死なせた。」  話し出すダニエルの瞳が悔しさで潤う。そんな彼を黙って見つめるルドルフは、あえて話を遮ろうとはせずにただ頷いた。 ダニエル 「もうガキじゃねぇんだから極力見守っててやろうってあの赤子の時もさぁ……まだゴーダの下っ端だったあいつに無理させちまった。アレンが攫われたって俺に報告しに来た時も……多分あいつ、助けて欲しかったんだよな。けど俺は自分一人で何とか片付けようとして全てを失った。リリを眠らせて……あいつから……妹を奪っちまった。」  心が震えているのが分かる、体全体で感じるのだ。あの時、ウィリアムがアレンからの遺書を読んでいた時、彼もこんな風に震えていたのを覚えている。 ダニエル 「俺一人で色んな奴の人生変えちまったんだよ、その内二人は死んでよ……そんな俺がだよ?今度はあいつらを蘇らせようって……そんな他人の人生何度も狂わせて良い権利が俺にあんのかよ?」  その時再び脳内に響いた、その声はウィリアムのものではない。 「大丈夫、きっと上手くいく……」 ダニエル 「うるせぇええ!!」  薄暗い研究室の中に虚しく、ダニエルの声は響き渡った。誰が悪い訳ではないのだ、運命の歯車が悲しくも残酷な結果へと上手く重なり合い回り出してしまい、それを止めるための道具も部品もその時のダニエルには見つけられなかった、ただそれだけの事。 ルドルフ 「……邪魔だ、そこをどけ。」  その声を聞き、ルシファーは部屋の隅へと移動した。 ルドルフ 「……ルシファー、お前でない。ダニエルに言ったのだ。」 ダニエル 「………?」  鎌を持ったまま首を傾げるダニエル。この広くは無い陣の中で大鎌を手に、他にどこに行けと言うのか? ルドルフ 「そこをどけと言っておろう?」  困惑したダニエルは取り敢えず言われた通りに陣から出た。そんな彼と入れ代わりにルドルフが陣の中に入り、その手の平から鎌を引き抜くとあろうことかスパっ……!と微塵の躊躇いも無く自らの足を切り落としたではないか。 ダニエル、ルシファー 「……………!!!!」  飛び散った血しぶきが床を汚す。生贄となった彼の切断された足が落ち、陣に触れた瞬間、真っ白な光がバっと部屋中に満ち、ダニエルとルシファーは咄嗟に目を瞑った。 ……そのあまりの明るさに、光が消えた後でも目が慣れるまでに数分は掛かっただろう。何となくぼやけた視界の中で影が三つ動いているのが分かる。その一つは部屋の隅にある所からしてルシファーに違いない。もう一つは何やらモゾモゾとせわしなく動いている……そしてその者の向かい側に微動だにせず佇む影が見える。少しずつ鮮明になっていゆく視界が、その者の姿に色を付けていく。 ダニエル 「…………!」  見覚えのある茶色いウェーブした髪の毛がすっと前に垂れ下がったのを目にしたダニエルは、震える手で自らの口を抑えた。言葉など出ない、抑えきれぬ感情が涙となって頬を伝う。 「リリ、お前は本当に……これで良かったのか?」  俯いていた顔がゆっくりとこちらを向き、その瞼が開かれる……。優しい瞳をしたその顔は320年前と何ら変わらない、あのウィリアムだ。 ダニエル 「……おかえり、ウィル。」 Dusk to Dawn 第二章 復活の章 - END -

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