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第七話 虹色の雫 7
ダニエル
「………あいつは死んだ。あんたの話からすると、恐らくあんたが出会ったウィリアムはもう既に一度死んで蘇った後だ。その直後に魔法の効力が尽きて再びあいつの心臓は止まった。……俺らがここへ来たのはそのためだ。」
コビャック
「……エメラルドが必要な訳か。あの若造は確かに心の優しき者であった……だがそれを許すことはできん、残念だがな。我はここに住む生き物を守る者、事情がどうであれエメラルドを捕えることは許さん。」
ダニエル
「……別に交渉しにきた訳じゃ無ぇんだよ、必要ならあんたには死んでもらう。」
コビャック
「……死神らしいセリフだ。」
ダニエルはその手から鎌を引き抜いた。この洞窟内の構造を熟知しているコビャックを相手にこの場で闘うのは多少不利だが、こちらは二体いる。その胴体からして自分達よりも素早く動けるとは到底思えない……上手く隙をつけば勝機は十分にある。
「待って………」
ダニエル
「………?」
突然ダニエルの脳内に響いたその声の持ち主を探す……。だが洞窟内に居るのは宙を蛍光色に飛び交う虫だけ。良く目を凝らすと、一匹の虫がこちらを向いてホバリングしているではないか。
「私を使って………彼のために。」
声は確かにそう言った。ダニエルがそっと手を伸ばし手の平を広げると、その虫はゆっくりと彼の手の上に着地した。
コビャック
「そやつはあの時ウィリアムが助けた虫だ。」
ダニエル
「……本当にこいつが喋ってるのか?」
驚いた表情でエメラルドを見つめるダニエルの横で、ルシファーも同じく興味津々にエメラルドを凝視する。
ダニエル
「術に使うからお前は多分死ぬぞ。」
「構わない……この記憶は彼と共に生き続けるであろう。」
ダニエル
「もう一匹必要なんだ、ウィリアムの恋人のアレンを作るために。」
ルシファー
「…………。」
たった今ダニエルが口にしたその名前を聞いた瞬間、ルシファーの心臓は大きな音を立てた。「アレンを作る……どうして?彼女はどこに行ってしまったのだろう。」320年前、命を捨ててルドルフとの交渉を断ったウィリアムをそのまま沼地に残し研究所に戻ると、突如現れたダニエルによってルシファーは主のルドルフと共に監禁されてしまった。そしてやっとのこと解放された世界に、もうアレンの姿は無かったのだ。これまで何度もダディーに問い掛けたが「そやつはもうこの世には居ない。」という返事が返ってくるだけ。『この世に居ない』の意味を、屋敷にある図書室で本を読み漁り探したものだ。この世に生きる者がその命を落とす。死ぬ。……そう記されていたが未だにその意味が分からずにいた。
「アレン………その名前、知っている。」
ダニエル
「………!」
エメラルドがアレンを知っていると言う。ウィリアムがここへ来た時、もう既にアレンは死んでいたはず……その命のお陰で彼は蘇ったのだから。
ダニエル
「何故お前がアレンを知っている?」
「ウィリアムが教えてくれた。とても大切な人が居て、その人と共に守りたい子が居ると。」
ダニエル
「…………!」
……間違いない、あの赤子のことだ。もしかしたらウィリアムはこの虫に、赤子を隠した場所を教えていたのかもしれない。それはケルスがどうしても知りたがっている内容であり、同時にそれがルドルフから二人の蘇生との交換条件として差し出された内容でもある。そして選択肢はもう一つ。
『もう、誰にもあの子に関わって欲しくは無いんです。………ダニエルさんにも。』
このまま二人を蘇生せず、赤子の事も見つけ出さず、過ぎ去った悲しい過去を『過去』のままにしておくという選択。
ダニエルがその手の上にのるエメラルドをじっと見つめ、目を閉じた……。
「大丈夫、きっと上手くいく。」
ダニエル
「……このままでいいのかもしれない。死んだ者は死んだままで、たまに思い出してやりゃ良いじゃんねぇのか?」
「もう誰も、傷付いたりはしない。」
ルシファーが真っ直ぐに何かを見つめている。それはあまりにも綺麗で儚く、触 れば消えてしまうだろう。洞窟内に飛び交う虫達の虹色の明かりに反射して、宝石のようにキラキラと輝いているのだ。……それは雫。
それはダニエルの頬に伝う、虹色の雫……。
ー 次回、本章最終話【復活の時】ー
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