やけにぱっちりと目が覚めて、冴えた頭で部屋を見渡した。隣には眠る彼の顔が──ということにはならず、そこにオミの姿はなかった。微かにシャワーの音がする。身体を起こすと腰に鈍痛が走り、ついに一夜を越えたのだと実感が湧いた。途端に顔が熱くなって、一人枕に突っ伏して悶える。 　──うわああああ。 　心の中で存分に叫び、最後に深く息を吐いて心を落ち着かせる。思い出すと顔が火を吹きそうなので、とにかく気を紛らわしたかった。そういえば喉が渇いた。水を飲もうと立ち上がり部屋を出ようとしたとき、ふと棚の上に目がいった。 　いつも掃除は優李がするのだが、見覚えのない封筒が置いてある。近づいてみて、ハッと気づいた。自分もつい先日、同じものを手にしたばかりだ。 　細い字で「広臣」と書かれた封筒を持ち上げ、しばらく悩む。勝手に読めば奏多に失礼だし、オミは怒るかもしれない。 　──でも……。 　二人ともごめん、と謝って開封した。どうしても気になったのだ。 　奏多はオミにどんな言葉を遺したのか、きっと優李に知る権利はないのだけど、知ることができたら本当の意味で前に進める気がした。 　広臣へ 　ごめんとは言わないので、オミも僕に謝らないでください。 　僕のことをたまに思い出して、苦しんでください。 　それが僕からの仕返しです。 　僕は、オミの恋人になれて幸せでした。 　どうかこの先は、二人で幸せになってください。 　想いを箇条書きにしたような文章だった。優李へのものと同じように短い。ある種の呪いめいたものさえ感じ取れる手紙だ。 　オミと奏多の間になにがあったのか、優李はほとんど知らない。円満な恋人同士だと思っていたけれど、もしかしたらそんなに簡単な関係ではなかったのかもしれない。 　それでも最期に伝える言葉は、同じものを選んでくれた。優李と広臣がこの先、二人一緒に幸せになれるように。二人のために。自分とオミが幸せになることは奏多の幸せでもあったのだろうか、と考えた。 　──それは都合が良すぎるか。 　都合の良い夢ばかり見ている。だけど奏多はもういない。もしこの夢が間違っていても、誰にも咎めてもらえない。 　自分たちは互いが世界で一番大切だったけれど、すべてを相手のために捧げられるほど強くはなかった。自分本位でしか生きられない人間だった。きっとこれからもそうだ。相手のためだと嘯いて、心の中ではずっと自分を真ん中に生きている。そんなエゴイストのままだ。 　だけどそこには、オミと奏多もいる。 　優李の心の真ん中には、自分と、オミと、奏多の三人がいる。 　歪んでいても、不誠実でも、ずるくても、もうそれでいい。 　だって自分たち幼馴染は、ずっと一緒にいるのだから。 「起きてたのか」 　オミが濡れた髪を拭きながら部屋に入ってきたとき、優李はベッドに腰掛けて、陽が差し込むカーテンの隙間をぼうっと眺めていた。手紙は棚の上に戻してある。読んだことは言わない。 　あの手紙でオミがなにを感じたのか、知りたくないと思った。そして自分が感じたこともオミには言いたくない。すごく今さらだけど、それぞれが抱える奏多への想いは別のものだ。誰にも触れさせないことで守れるものもあるだろう。 　きっとこれからも、奏多を思い出して泣く日がある。オミに見せられないほど汚い自分もまだいる。綺麗な人間にはなれそうにもない。 「おはよう、オミ」 「ああ、おはよ。優李」 　空は快晴だ。相変わらず優李の心には淀んだ部分がある。だけどそれはみんな同じなのだろう。誰だって現実と理想の違いに日々悩みながら生きている。オミも、奏多も、みんな同じだ。 「あ、そういえば……」 　オミが窓を開けると、柔らかい風が入り込んだ。カーテンが大きく舞い上がり、オミを隠す。 「あけましておめでとう、だな」 　カレンダーを指し、オミはにかっと八重歯を覗かせて笑う。新しい一年の始まりだ。優李は煌めく金色に手を伸ばし、その眩しさに目を細めた。 △END▲