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藤花匂いし朧月の夜

※鐘崎&紫月がまったりと花見をする晩の話です。  その日の若頭はいつにも増して激しかった。何が――と訊くのは野暮というものだろう、要は『野獣度』が最高潮だったというわけである。なぜなら愛しの姐様と情を交わすのが半月ぶりだったからだ。  潜入捜査の下見で海外へ飛び、現地の詳細を見て回るのに費やした時間がほぼ半月。その間、姐である紫月は組に残って留守を守っていたというわけだ。  鐘崎が帰って来た時はまさに庭の藤が満開に咲き誇る春爛漫。二人は中庭が見渡せる客室にこもって、待ちに待った蜜月を堪能したのだった。 「そういや去年もこうして一緒に藤を見たっけな」  あの時は庭師の若い青年・小川駈飛が泰造親方に弟子入りしたばかりで、庭に伐採道具を置き忘れるというひと騒動があったことも今となれば懐かしい。 「あれからもう一年になるンか。早えなぁ」  満開の藤を堪能しようと、あの夜もこの客室で情を重ねたものだ。ひとしきり溺れた後は鐘崎が自ら紅茶を淹れてくれたことを思い出す。 「あの紅茶美味かったなぁ」  懐かしみながらも今宵は紫月が一献を用意している。茶もいいが熱燗で花を愛でるのもまた一興だ。  いつも情事の後はたいがい鐘崎の方が茶を淹れたりと世話を焼くことが多い。紫月の方は体力が追いつかなくて伸びているからだ。  鐘崎は元々、己自身を獣と称するほどに情欲が強い。そんな彼が今宵はえらく消耗した顔つきでいる。それもそのはず、海外から帰って時差ボケの中、とにかくは半月もの間お預けを食らった最大のお楽しみを後回しにできるはずもなかったからだ。  だが、少し疲れ切った顔もまた、雄の色香がダダ漏れで艶かしい。 「ほれ、一献やれや」  熱燗を傾けながら紫月が笑む。 「ああ、すまんな。いただこう」  この状態で酒が入ればすぐにも睡魔に襲われそうだ。  藤の房は夜風にそよそよと揺れてこの世のものとは思えないほどに美しい。眠ってしまうのは勿体ないほどだ。  一献、杯を空ける傍らでは紫月が物珍しげに或る物をしきじきと見つめていた。それというのは鐘崎が任務の間中ずっと使用していたダテメガネだ。 「ほええ、今回は変装でこれかけてたんか」  鐘崎の視力はすこぶる良い。普段は見慣れない眼鏡姿に興味を覚えるのか、かけて見せてよと紫月は乗り気のようだ。 「ん? ああ、そのメガネか」  既に襲ってきた睡魔にシバシバと瞬きながらも言われた通りにかけてみせる。 「おー、似合うじゃね! なんかやたら弁が立つインテリっつーかさ、色気五割り増しって感じ!」 「そうか?」  うれしい言葉だが、それ以前に眠くて堪らない。  激しい情事の後、気怠げに肩に引っ掛けただけの和服が更なる色香を醸し出している。 「遼ぉー、ンな色気ぶち撒かれたら――もう一発期待してえところだけどさ」 「ん? いいのか?」 「嘘ウソ、冗談だって! とりあえず寝ろ。さっきっから目に鳩が止まってんもんなぁ」 「ん? いや、平気だぞ。おめえからそんな嬉しい誘いを聞いちゃ、寝てる場合じゃねえ。それに……据え膳食わぬは男の……」  と言いつつも既に瞼はくっついて離れないようだ。 「へへ! ったく、さすがの猛獣も睡魔にゃ勝てねえってな」  ニヤっと笑い、色香ダダ漏れ男前の顔を膝に乗せては逞しく筋肉の張った肩に布団を掛ける。 「おやすみ、遼。お疲れなぁ!」  子守唄の代わりに髪を梳き、ダテメガネをそっと外してやれば、気持ちの良さそうに小さな寝息を立て始めた。  藤の花はまだ明日も満開に咲き誇っていてくれるだろう。  だから今はゆっくり休めばいい。  膝に感じる重みが心地好く、一人朧月と対話しながらの花見もいいもんだと笑みを誘われる。  穏やかな幸せの夜がゆっくりと更けていくのだった。 藤花匂いし朧月の夜 - FIN -

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