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黄老人の心の日記より
※エピソード「封印せし宝物」に関連した黄老人の独白日記です。
『黄老人の心の日記より――』
貴方はご存知だろうか。
こんなにもやさしい眼差しで人を見つめる瞳をお持ちのことを。
この香港の裏社会を仕切る頭領、|周隼《ジォウ スェン》様のお妾のお子として生まれ、継母様や腹違いの兄様には確かに大切にされていらしたものの、周囲のすべての人々が同じように扱ってくれたわけではない。
時に疎まれ、危険視扱いされ、ご自身でも知らぬ間に己を刃のように尖らせて――。
鋭い眼光、おいそれとは他人を寄せ付けない独特のオーラ。
若干十九歳にしてその風貌は既にこの世の全てを達観した大人の如くでした。
寂しくもあったでしょう。苦しく辛い思いもされたのでしょう。
そんな貴方が――この子を前にした時だけはとてもやさしい目をされていた。
年相応の、明るく柔和な表情で微笑んでいらした。
きっと貴方にとって、純真無垢なこの子がひと時の癒しになっていたのかも知れませんね。
この子もまた、わずか九歳という年頃で両親を亡くし、天涯孤独の中にあって心の拠り所を貴方に求めているのでしょうか。
貴方たちが二人でいる時の幸せそうな笑顔、それが私にはとても眩しく映ります。
願わくは貴方とこの子がいつまでも手を取り合って、いつまでもその笑顔を絶やさずにいて欲しい。
それだけが――もう老い先短いこの老いぼれめの唯一の願いなのです。
『周焔の唯ひとつの願いより――』
あの日、確かに育んだはずの思い出が消えてしまった。
あいつは何も覚えていない。
共に歩いたこの道も、一緒に食べた饅頭の味も、兄弟のように仲睦まじく寄り添って過ごした日々の数々も、何もかもが幻となって目の前から消えてしまった。
それでいいと思っている。
あいつが元気で笑って過ごしていてくれれば他に望むことなどない。
俺は間もなくこの香港を、あいつの元を去らねばならない身なのだから――。
だがこれだけは覚えておいてくれ。
例えどれほど遠く離れようと、例え毎日のように顔を合わせられなかろうと、俺はいつでもお前を思っている。
例え言葉を交わし合えなくても、微笑み合えなくても、俺の心はお前と共にある。
いつか必ず、再び運命が我々を引き合わせてくれることを信じて、今は俺も――封をしよう。二人育んだ思い出をすべて詰め込み、鍵を掛けて大事にしまっておこう。
この鍵が開く時、その時こそは側を離れずいつまでも共に歩めるように――!
周焔、十九歳。
雪吹冰、九歳。
それは遠い日に封印された大切な宝物。
黄老人の心の日記より - FIN -
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