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若頭の宝物
※鐘崎&紫月の高校時代の同級生とのエピソード。
学生時代から創作好きだった同級生の清川に頼まれて、鐘崎が同人誌販売のお手伝いに行く話です。
それは高校時代の同級生からの依頼だった。
「同人誌販売の護衛――?」
「そうなんです、来月の大型連休に湾岸のイベント会場でで行われる祭典なんだ! 鐘崎君のところって警護とか人材派遣とかもやってくれるらしいって聞いてさ。引き受けてはもらえないだろうか……」
まあ確かにそういった依頼も仕事の内ではあるのだが、通常は企業などで行われる大金や人命に絡むような取り引きの警護というのが大方だ。
「キミのところは……本来こんなショボい仕事を頼んでいい所じゃないっていうのは重々承知なんだけど……。実は僕、毎年このイベントには参加してるんですけど、今年は売り子のバイトがどうしても都合付かなくて困ってるんだ。会場はどデカい上に、めっちゃ混むんです。警護っていう面目で構わないんで、搬入搬出と売り子の手伝いをお願いできないだろうか」
胸前でパンと手を合わせて神頼みといったふうに頭を下げる。
「いや……まあ、他ならぬ同級生の頼みとあっちゃ……断るわけにはいかねえな」
「ホントですかッ!? 良かったー、助かります! 鐘崎君、ありがとう!」
同級生の名は清川ナガルといった。学生時代から漫画研究会などに所属し、やたらと絵が上手かったという印象が強い。クラスでは殆ど口を聞いた覚えもなく、休み時間などに集まってワイワイ騒ぐグループもまったく別だった為、在学中も卒業後も交流は殆ど無かったといえる。
そんな彼が突如組を訪ねて来てこんな依頼を口にするものだから、驚くのも無理はない。だが、清川という男のあまりの一生懸命な様子とひたむきさに、無碍にするのも憚られて結局引き受けることになってしまったのだった。
夜、そのことを紫月に報告。清川が組を訪ねて来た際、紫月は例によって自治会に顔を出していて留守にしていたからだ。
「清川ナガルかぁ。そういや年中漫画描いてたっけ」
鐘崎や紫月は周焔などとツルんでいて、クラスでも割合賑やかしい存在だったが、清川はそれとは真逆で、いつも教室の隅っこの方で同じ趣味の仲間たちと固まっては、楽しそうにアニメの話などで盛り上がっていたものだ。卒業後は一般企業に勤めながら、趣味で同人誌を描いて今回のようなイベントに参加しているそうだ。
「ほええ、頑張ってんだなぁ! 俺も手伝いがてら見に行ってみっかな」
紫月も乗り気のようだ。
「なら一緒に行くか。俺は搬入搬出もあるから、朝あいつの家に寄って荷物を積んで行くが、お前はイベントが開く頃に直接会場に来てもらってもいいし」
「そうだな、そうすべ!」
別に朝から一緒に搬入搬出を手伝っても構わないのだが、それだと清川にバイト代がどうとかの余分な気を遣わせてもいけない。会場へ遊びに顔を出すくらいがちょうどいいだろう。
◇ ◇ ◇
そしてイベント当日――。
鐘崎は朝イチで一足先に出掛けて行った。紫月は後から春日野と共に客として会場へ向かうことにする。
「よっしゃ! 弁当でけた!」
混雑する会場でも食べやすい一口大のおにぎりに栄養バランスを考えた具材を入れて握り込んだ紫月の特製だ。梅に鮭、鰹節、昆布、それに生姜ご飯の五種類だ。これなら接客の合間に交代で一口ずつ放り込めるし、ちょっとした小腹の足しにもなるだろう。傷まないように紫蘇の葉の梅漬けを添えて、しっかりと保冷バックに詰める。ドリンクも飲みやすい手頃な大きさのペットボトルを数種類、それに加えてゼリータイプの吸える栄養パックも用意した。
「あとは……そうそう、ウェットティッシュ忘れねえようにっと!」
ウェットティッシュは大判で厚手の物にした。それにゴミ袋も必需品だ。
今回のことを聞いてから事前に準備したのだが、それもまた遠足気分を彷彿とさせて楽しくもあった。紫月の愛情たっぷり詰まったイベント弁当だった。
「うは! すっげ……! 話には聞いてたけど、めちゃくちゃ混んでる」
「ホントですね。自分もこういったイベントはテレビのニュースで観ただけでしたが、映像で観るのと実際来るのとは大違いですね」
あまりの熱気に二人で目を剥いてしまいそうだ。
あちらこちらで様々なキャラクターのコスプレイヤーたちが楽しそうに盛り上がっていたり、大きなスーツケースにお目当ての同人誌を詰め込んで大満足といった表情の参加者たち。皆、誰もが心から幸せそうに生き生きとしている。
「へええ、なんかいいなぁ、こういう雰囲気!」
「ええ、熱気と活気で元気もらえそうっスね!」
春日野も頬を紅潮させながら物珍しげに瞳を輝かせている。
「んじゃ、遼たちのスペース行ってみっか!」
「ええ、若も今頃てんてこ舞いでしょうか」
スペースに着くと、清川と鐘崎が忙しそうに接客に追われていた。同人誌の売れ行きも好調のようだ。何より清川の顔つきが生き生きとしていて、見ているこちらまでワクワクと心掻き立てられそうなのが心地好い。
お客さんが途切れた時を見計らって、紫月はスペースへと声を掛けた。
「遼、清川! お疲れさん!」
「一之宮君! 来てくれたんだ……!」
大感激といったふうに清川がペコリと頭を下げる。
「今日は無理言ってすまなかったね。鐘崎君に手伝ってもらえて助かったよ!」
清川は未だ地元の実家暮らしなので、鐘崎と紫月の関係も知っているのだ。
「清川、久しぶりー! 大盛況な!」
「うん! お陰様で」
「これが清川の本な? すっげ綺麗なぁ!」
並べられている同人誌やスペースに掲げてある告知のポスターなどをしきじきと眺めながら紫月が感嘆の声を上げる。清川はそんな紫月の反応に照れ臭そうにしながらも嬉しそうだ。
「ああ、そうそう! 今の内に良かったらこれ」
一口大のおにぎり弁当を差し出す。清川も鐘崎も大感激といった声を上げて、早速に交代でお手製弁当を平らげたのだった。
そして夕方――。
無事にイベントが終了し、会場を後にする参加者たちの長い影が夕陽に照らされて一日の余韻を物語っていた。
清川のスペースは予想以上に盛況だったようで、持ち込んだ同人誌は完売。搬出の荷物はごく僅かだった。車は二台で来ていたものの、どうせ清川の自宅も川崎だ。途中で打ち上げがてら夕食でも食べていこうということになり、四人でファミリーレストランへと寄った。
「乾杯!」
「お疲れさーん!」
鐘崎と春日野は運転もあるから、全員ドリンクバーのジュースで乾杯となった。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました!」
清川が深々頭を下げながら礼を述べる。
「鐘崎君、これ。少なくて申し訳ないんだけど、今日のバイト代です」
丁寧に封筒に入れられたそれを差し出す。
「いや、俺の方こそド素人で役に立ったんだろうかと心配だったが。けど、いい経験さしてもらえた!」
「俺も俺も! 初めてああいうイベント行ったけど、楽しかったぜー!」
「自分もです!」
鐘崎、紫月、春日野にワクワク顔でそう言われて、清川も嬉しそうだった。
「それからこれ……。鐘崎君へのお礼なんだけど」
おずおずともうひとつ、清川がバイト代とは別の包みを差し出した。
「俺に?」
「うん……。一之宮君も来てくれるんだったら、もう一個用意しとけば良かったって思ったんだけど……」
それはまた機会があったら来年にでも――と言う清川を横目に、
「開けてみてもいいか?」
鐘崎はそう訊いた。
「うん……。子供っぽいかも知れないんだけどさ……気に入ってもらえるといいんだけど」
中身を取り出した鐘崎の瞳が驚いたように大きく見開かれた。
「これ……」
なんと出てきたのは小さなアクリル製のストラップ――。しかも可愛い少年の絵柄の物だったのだ。
「もしかして……これ、紫月か?」
「あ……分かってくれた? そうなんだ、それ一之宮君をイメージして描いたつもりなんだ」
そう言われてみれば確かに紫月に似ている。といってもチビキャラにしたような可愛らしい絵柄だが、着ている服は胴着のようだし、顔付きも紫月にそっくりだ。
「僕には……お礼っていってもこんな物しか思いつかなくてさ。恐縮なんだけど……」
すまなさそうに肩をすぼめた清川の手をガシっと取って、鐘崎は感激に声を震わせた。
「いや、すげえ嬉しいぜ! こんな嬉しいプレゼントはねえ!」
言葉通り大感激といったふうに興奮気味の鐘崎に、清川はホッとしたように笑みを浮かべた。
紫月もまた、鐘崎同様大感激に頬をゆるませている。
「すっげえなぁ……。ほんっとにめっちゃ可愛いべ!」
世界に一つのプレミア物の上、何よりも清川のその気持ちが嬉しいと言って夫婦揃って頬をゆるめた。
清川、天才だな! と、二人は大興奮だ。
「喜んでもらえて良かったよ。今度は一之宮君用に鐘崎君を描いたストラップを作るよ!」
「マジッ!? んじゃ、来年のイベントは俺が手伝いに行くべ!」
「ホント? 助かるよー!」
可愛いらしい夫婦のストラップが揃う日が今から楽しみだ。
「な、これ見たらきっと氷川のヤツも欲しがるんじゃね?」
周に見せれば羨ましがるのが目に見える。
「だな!」
二人してクスクスと自慢げに笑い合う。
ひょんなことがきっかけとなった懐かしい学友との再会だったが、学生時代の友とはいいものだなぁとしみじみ。鐘崎も紫月も胸温まる思いに幸せを感じて微笑み合う。そんな同級生たちを見つめる春日野もまた嬉しそうだ。
和気藹々、賑やかな宵が更けていったのだった。
若頭の宝物 - FIN -
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