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メリークリスマスイヴのサプライズ♡
十二月二十四日――。
今年は朝からどんよりとした曇り空のイヴとなった。
「んー、天気予報当たったな……。こりゃ、遅かれ早かれ降り出しそうだ」
クリスマスイブといえども組若頭の鐘崎 は今日も依頼の仕事が入っており、朝の八時にはすっかりとスーツを着込んで玄関先に立った。専属運転手の花村 が地下の駐車場から車を回してくるまでの数分を待ちながら、曇天の空を見上げる。
昨日一昨日は気持ちのいいくらいの冬晴れだった。なのに肝心のイブに雨とはな――と、ついつい小さな溜め息が漏れてしまう。
クリスマスには毎年紫月 の実家の道場で家呑みをするのが結婚以前からの恒例だったが、義父の一之宮飛燕 が気を遣ってくれて、入籍後は二人でクリスマスを過ごせるようにと、皆で集まるのは前の週に行ってくれている。鐘崎 自身も今年のイヴは特に仕事も入っていなかったので、たまには紫月 と二人で丸一日デートでもと思い、いろいろと思いを巡らせていたわけだ。
甘味大魔王の紫月 のことだ。それならケーキバイキングに行きたいとの希望だったので、もうひと月もふた月も前からしっかり予約を入れて、その後のショッピングや夜のフルコースディナーなどもと思い描いていた。ところが直近になって急に依頼の打ち合わせが舞い込んでしまい、昼間のバイキングはオジャンとなってしまった。
せっかくの予約がもったいないので、周 と冰 に譲って楽しんでもらうことにしたのだった。まあ、彼らとて平日は仕事なわけだが、予約していたレストランは周 の社からは目視できる位置にある極近場だ。午後のティータイムがてらバイキングチケットを使ってくれということにしたのだった。
そんなわけで楽しみにしていたイヴデートが潰れてしまったわけだが、当の紫月 は残念がるどころか、早起きしてせっせと出掛ける為のスーツを整えてくれたり、ハンカチやらペンやらの小物類をポケットに詰めてくれたりして、笑顔で送り出してくれる。鐘崎 としては有り難く嬉しい反面、申し訳ないとも思うのだった。
「おー、ポツポツ来やがったな。遼 、雨強くなりそうだからほれ! こいつも一応持ってけな」
「ん? ああ、すまんな」
大きめの長傘の他に折り畳み傘も車に積み込んでくれる。天候や状況に応じてどちらを使ってもいいようにとの気遣いだろう。
「んじゃ、花 さんも雨だから気ィ付けてなぁ! 剛 ちゃんも遼 のことよろしく頼むわ!」
運転手の花村 とお付きの清水剛 にも笑顔で手を振り、「行ってらっしゃい」をしてくれる。そんな嫁さんの姿を後部座席のウィンドー越しに見つめながら、鐘崎 は切ないほどに愛しさを募らせるのだった。
◇ ◇ ◇
クリスマスイブ、午後三時――。
「そろそろ茶にするべかぁ」
先週末に周 と冰 が差し入れてくれた羊羹の箱を開けて湯を沸かしていると、組番頭の源次郎 がやって来た。
「おー、源 さん! ちょうど良かった。茶淹れたら呼びに行くべと思ってたトコ!」
言葉通り、テーブルの上には羊羹の脇に湯呑みが二つ用意されている。源次郎 はその気遣いに瞳を細めながらも、少し抑え切れないようなワクワクとした笑顔で手にしていた大きな箱を差し出して寄こした。
「姐 さん! どうぞお受け取りください」
「へ? 何?」
光沢のある真っ白な紙袋には有名ブランドのロゴがエンボス加工で浮き出ている。中からは赤いオーガンジーとシルクだろうか、幅の太いリボンが掛けられた大きな箱がチラリと覗いている。
「源 さん、えれえ大荷物じゃね? こりゃいったい何だぁ……?」
茶を淹れる手をとめて、思わずあんぐりと口が開いてしまう。
「ほほ、実はつい先程、若 からお電話で頼まれましてな。姐さんにお渡しして欲しいと」
源次郎 は未だ止まぬ満面の笑みのままで箱を開けるようにとうながした。
「遼 から? もしか俺に?」
「ええ。クリスマスのプレゼントだそうですぞ。本当は昨夜ご自身でお渡しするつもりだったそうですが、生憎急な打ち合わせが入ってしまわれましたからな。それで急遽私めが――」
「昨夜?」
昨夜だったら自分で渡すこともできただろうにと首を傾げてしまう。
「実を申しますと、本来でしたら昨夜それをお渡しして、今日のケーキバイキングで初おろしして欲しかったようでしてな。ですが依頼の仕事が入ってしまわれたので、今夜帰ってからお渡ししようと思っていらしたそうですが――」
ところが、依頼の打ち合わせが思っていた以上にスムーズに済んだそうなのだ。
「それで、せめてディナーだけでもご一緒にと思われたようで、そのプレゼントをお渡ししてくれと仰られまして」
立派な包みを開けると、中からはゴージャスなスーツ一式が出てきて、再びあんぐり顔にさせられた紫月 であった。
「おわ……! すっげ……! スーツ?」
「ええ、そのようです。本当は昨夜そのスーツをお渡しして、今日のバイキングに着て行って欲しかったのだとか」
「ええー! マジで?」
何でまたこんな豪華な一張羅ばりの一式を――と、目を丸くさせられてしまう。
「若 にとってクリスマスのこの時期にお休みが取れる年なんていうのは滅多にございませんからな。今年は何も予定が入っていなかったので、今日のデートを心待ちにしていたのでござんしょう」
言われてみれば、随分前から今年のクリスマスには時間が取れそうだ、どこへ行きたい? 何が食いたい? などと頻繁に口にしていたことを思い出す。普段忙しい鐘崎 にとって、束の間に空いたこの一日がそれほど楽しみだったのだろう。
「遼 のヤツったら……」
こんな豪華なスーツまで用意してデートコースの計画を練ってくれていたことを思い浮かべたら、なんだか胸がいっぱいになって目頭が熱くなってしまった。
「先程のお電話で、若 の方は既に打ち合わせもお済みで、今宵のディナーの予約が取れたからとのことでして。それで姐さんにそのスーツを着て出掛けて来てくれないかと」
場所はケーキバイキングに行くはずだった同じホテルの最上階にあるフレンチレストランだそうだ。
「急遽当日のご予約でしたからな。ディナーにしては少しスタートが早いですが、五時からのお席が確保できたとのことです」
手元の時計を見遣れば午後の三時を少し回っている。
「マジ? んじゃ、そろそろ支度しねえと……」
このゴージャスなスーツを着るならまずはシャワーを浴びて髪もセットしなければと気が急いてしまう。
「お送りのお車は橘 が出しますので。雨天と渋滞を見込んでも、ここを四時に出ればよろしいでしょう」
「マジ? 四時?」
じゃあ急がねえと――! と、慌ててスーツを箱に戻し、抱え上げる。
「源 さん、悪ィ! 俺、とりまシャワー浴びてくっから、茶は適当にやってー」
「はいはい、承知でござんすよ!」
源次郎 はクスクスと笑いを堪えながらも、あたたかい目で姐さんを見送った。
とは言いつつ、紫月 が隣棟の自宅へ帰って行くのを見届けながら、すぐに玄関へ飛んで行ってスーツに一等合いそうな靴を見繕う。
「これが良ごさんしょうな」
スーツがフォーマルだから、靴は紐のストレートチップ型を選ぶ。既に仕舞う際に磨かれてあるのだが、軽く表面を撫で、それを揃えて玄関先に置く。
しばらくすると、雨よけのポーチのすぐ脇に黒塗りの高級車が着けられた。運転手は組幹部補佐の橘京 だ。
「橘 君、姐さんを頼んだぞ。ホテルのロビーで若 がお待ちになっていらっしゃる。無事お二人をレストランにお見送りしたら、若 がお席を取ってくださったそうなので、お前さんは清水 君と花村 氏と同じホテルの鉄板焼きの店で晩飯を戴いておくれ」
「承知しました、源次郎兄 さん! しかし鉄板焼きとはまた豪勢な――。毎度のことながら若 のお心遣いには恐縮の限りです!」
どうせ帰りは皆一緒なわけだ。いかにクリスマスデートとはいえ、自分たちだけがフルコースディナーを楽しんで組員や運転手をただ待たせておくような鐘崎 ではない。彼らにも少しでも美味しい物を味わって欲しいという若頭の思いなのだ。
そうこうしていると支度を整えた紫月 がやって来た。その出立ちを見て、
「おー! 姐さん、めちゃくちゃカッコいいっス!」
「本当に! 良くお似合いで! さすが若 でございますな」
橘 も源次郎 も感嘆の溜め息を漏らす。
「マジ?」
照れ臭そうに頭を掻きながら頬を薄紅色に染める。その手には小さな包みの入った紙袋が握られている。おそらくは鐘崎 へのクリスマスプレゼントなのだろう。紫月 は紫月 で、この日の為に密かに用意していたのだと思われる。きっと、今晩鐘崎 が帰宅したら渡すつもりでいたのだろうが、思いがけずそんな夫婦の互いを想う気持ちが報われて良かったと思う源次郎 である。
「じゃあ橘 君、頼んだよ」
「はい! 行って参りやす!」
雨はシトシトと降り続いている。大降りではないが、この冬一番の寒気到来という予報の通りに冷たい雨だ。
「ふむ、この分だと夜半には霙 になりますかな――」
ひょっとするとホワイトクリスマスになる可能性も――そんな想像に瞳を細めながら、外の冷気とは裏腹に温かく灯る胸に瞳の皺を深くする。
若 、姐さん、どうぞ佳いクリスマスを――!
もう宵闇が降り始めた真冬の空を見上げながら、源次郎 は雨粒に手を翳したのだった。
メリークリスマスイヴのサプライズ♡ - FIN -
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