14 / 15

澹然無極

 一階の音楽室から見上げた夜空は、屋上から見るのに劣らずとても澄んでいた。  さっきまで清風の腕の中で寝息を立てていた志翠も今は目を覚ましていて、じっとその空を見つめている。 「大丈夫か? 寒くない?」 「うん……平気、清風があったかいから」  お互いの体温で暖をとりながら、二人は静寂に包まれた夜空を床に寝転がったまま見守る。 「あっ」と志翠が夜空を見て指を差した。  先端に丸みを帯びたハッキリと明るい光の筋が澄んだ夜空を駆けて行った。 「見えた? 清風っ」  挟んだ声の志翠が腕の中で清風を見上げた。 「見えたよ。あっ、ホラ、また流れた」 「えっ、ほんと? 見てなかったぁ〜」 「よそ見するからだよ。空だけ見てろ」 「うん……」  清風の肩へ頭を置いて、大人しく志翠は再び夜空を見つめた。 「清風……なんか話してて、俺寝ちゃいそう……」 「さっき寝てたろ、て言うか、話したらそれはそれでまた寝るだろお前」 「だって……清風の声って気持ち良いから」 「じゃあ、寝ないで済むように……もっかいするか?」  清風が意地悪な声色を使って志翠の耳元で怪しく囁く。 「なに言ってんの? 清風って、そ……そんなキャラだっけ?」  顔を真っ赤にしながら志翠は眉を下げて怯えていた。まるで肉食動物を目の前にした兎だ。 「嫌いになった?」試すみたいに清風が笑ってみせた。 「なるわけ、ない……だろ。でも床は無理、俺もう体が痛くって……」 「ごめん、もう床ではしない。次からはちゃんと柔らかい場所でしような?」 「つ、次とか言うな。俺頭の中そればっか考えてそうで怖い」 「いいな、それ」 「なにがいいんだよっ馬鹿」 「志翠が俺のことばっかり考えてるなんて、嬉しいから……」 「馬鹿、そんなの……もうずっと前からだし」 「お前ずるいぞ」 「なに?」 「なんでそんな素直に可愛いことばっか言うんだよ、俺明日から理性保てるか自信ないよ」  ため息混じりに清風は志翠の小さな頭におでこを当てた。 「清風が? いつもなんでもない顔してたじゃん」 「今まではな。でももう無理、俺お前としちゃったし……お前の熱知っちゃったから……。もう何回でもしたくなる、絶対」 「清風がぁ? 嘘だぁ」 「ヤメロ、それ。疑うなら今すぐヤるぞ」  がっしりと腰を掴まれ慄いた志翠は野獣の手を解こうと慌てふためく。 「床ではしないってさっき言ったかばっかりじゃん!」  志翠の真剣な嘆き声に、清風は珍しく声を上げて大笑いする。愛しくてたまらないその体を今度は優しく抱き締めなおし、おでこ同士を合わせながらその存在を何度も確かめた。 「ありがとう……志翠、俺を許して、受け入れてくれて……」 「なんで? 俺だって清風が好きなんだよ? 当たり前だろ」 「うん……嬉しい。ありがとう。大好きだよ……」 「もう、あんまり言わないで……耳がおかしくなりそう……それ、に、もう一回したくなってくる……から」    言葉尻がどんどん萎んでゆく志翠の姿を目を見開いて眺める清風の怪しい気配を察知した志翠は、すでに自分の発言に対して後悔を始めた。 「清風? ねえ、あの、俺たち流星群……見る、んだよな? それに、床ではしない、んだよな?」 「膝の上に座ってしたら痛くない?」 「清風ってば!」  志翠の嘆きも虚しく、結局二人は再びお互いを求め始めてしまい、その間も澄んだ夜空に流れる貴重で美しい流星の雨たちのことなど二人にとってはただの背景にしか過ぎなかった。 •*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚  散々流星群のピークが過ぎたあたりに姿を現した後輩に先輩たちは心配するどころか妙に察しの良い視線を送った。  恐ろしいことに、なかなか戻らない後輩を心配した2年生たちが様子を見に音楽室へやって来ていたらしく、二人が中でキスしているのを見てしまい、馬鹿馬鹿しくなって二人の代わりに消灯して回り、さっさと屋上へと帰還していた。 「都市伝説だったわ、何が仲違いだか、逆もいいとこだな」  満点の星空を見上げながら2年生は直接本人たちに告げるわけでもなくぼやいてみせた。  二人は居た堪れなくなってレジャーシートの端っこでひたすらに小さくなって座った。 「明月にもあったんだなぁ、性欲」 「先輩っ、セクハラですよ、それ!」と志翠が清風の横から突っ込む。 「うるせぇ! 部活動中に二人して発情してる方のがよっぽどセクハラだわ!」  珍しく正論な先輩にぐうの音も出ず、志翠は清風の隣でさらに小ささを増した。 「今年の地学オリンピック……優勝出来そうか? 明月」  3年生からの今回の件に対する指導代わりの打診案に清風は静かに「…………善処します」と、重く答えた。

ともだちにシェアしよう!