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後奏 ~ 主よ、我は汝とともに獄にまでも

 部屋に一人きり。ずっとそれが当たり前だった。  一人きりの部屋で誰かを待つ。もうとっくの昔にそれをやめてしまっていた。  なのに今、その当たり前な状況で、とっくの昔にやめてしまったことを、ボクはまたやっている。  こんなにも苦しくて、でも楽しくてしかたがない。遠い昔のボクも、こんな心境だったんだろうか。  エリカさんが施設にいたボクを迎えに来た時のことは、あまり覚えていない。いつのまにかエリカさんがいて、でも自分には別に母さんがいると言い聞かせられ続けた。  見たことも会ったこともない人を待つというのは、どこか現実味のないことだ。サンタクロースを待つのと、一体何が違うのだろう。  でも、と思う。あの時のボクとは、今は違う。マタイが帰ってくるのを待っている。知らず知らずのうちに、自分の口からふふっという音が漏れた。  ベッドに横になり、枕に顔を押し付ける。少しばかり深く息を吸ってみると、マタイの匂いが鼻の中に充満した。  しばらくしたら、ここにボクの匂いが重なって、それがマタイのと混ざり合っていくんだろう。匂いだけじゃない。あらゆるものが混ざり合っていく。そう思うとまた、ふふっという音が口から洩れた。  素っ気ないばかりのリビングに比べ、寝室は物が多いせいか、どれだけ片づけても雑多な感じがする。まるでマタイそのものみたいだ。  しばらくベッドでごろごろとしていたが、手持無沙汰になり、ベッドから起き上がる。マタイの事務机の上でも見てみようか。マタイの仕事がどんなものかは、まだよく分からないけど、一緒に仕事をするのも楽しそうだね。  処分するものを分けたんだろう。いくつかのファイルが机の上に積まれている。一番上のものを開いてみると、男の写真と履歴が書いてある紙が挟まれていた。その写真の男の顔を見て、少し驚く。今日、店に来て大声で騒いでいた元店員の男だった。  あの男とマタイ、何か関係があるんだろうか。これは仕事に関する資料だろうけど。でも、これはもう処分するものだろうし、ボク自身、あまりあの男には関わりたくはない。いい噂は聞かなかったから。  お店にも、セーラに会いに行く時くらいしか顔は出さないつもりだ。そう考えると、やっぱりスマートフォンくらいは持っておいた方が便利かもしれない。店に行かなくても、セーラと連絡できるし。  遠くで救急車のサイレンの音がしている。今日もまた、誰かが生まれ、誰かが死んでいく。人間という塊の中では、それは単なる新陳代謝なんだろう。でも、それだけじゃ、余りにも寂しいよね。自分がなぜ生まれ、どうしてここにいるのか、ずっと疑問に思ってた。  今は、その答えが見つかったような気がする。  ファイルを閉じ、ベッドに戻ると、またマタイの匂いに包まれる。  そういえば店に来ていたあの男は、結婚がどうのとか言っていた。死が二人を分かつまで。教会の結婚式だと、そんな宣誓が行われるんだっけ。  死が二人を分かつまで?  滑稽だね。死んだらそれで終わりなんだろうか。そんな関係なら、無くてもいいと思う。  天国に行くか、それとも地獄に落ちるか。でも、マタイが地獄に行くのなら、ボクもそこへついていこう。二人で天国へなんて、虫がいいような気がするから。  だから、もしボクが地獄に落ちてしまったら、マタイもボクについてきてくれるよね。死ぬまで離さない、なんて軽すぎる。死んでも離さない。会ってまだ一か月も経ってないのに、不思議だね。  すぐに帰ってくるんだろうか。それとも時間がかかんだろうか。どっちにしても、マタイが帰ってきたら思いっきり不機嫌な顔をして困らせてやろう。そして冷ややかな目線で告げるんだ。ボクを待たせた罰だよ、お仕置きしなきゃねって。  サイレンが随分と近くで止まる。人であふれる都会ではよくあること。その人は、何のために生まれ、何のために生きているんだろう。助かると良いね。  ベッドに仰向けになり、両手を組んで天井へと掲げてみる。  マタイ、早く帰ってこないかな。 ― 了 ―

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