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「ただいま、嘉貴。ほら、きなこのご飯」 「ありがとう。ごめんな、通販頼むのすっかり忘れてて。明日の昼には届くから……って、またきなこのおやつまで買ってる」 「新商品は試したいじゃん。な~きなこ?」  受け取った袋の中身を確認して窘める嘉貴に言い訳をして、きなこを抱き上げる。  きなこは三年前『つばめ』のそばで捨てられているところを凌が見つけ、嘉貴が引き取ってくれた捨て猫だ。今にも折れそうな小枝のような身体は今ではちょっとふくふくさせすぎたかと感じるくらいだが、つい甘やかしてしまう。  存分に愛されていることだけは十分理解しているのか、何も分かっていないくせに「にゃあ」と甘えるように一声鳴いたきなこに少し呆れたように嘉貴が肩を竦めた。 「今日は麻婆豆腐にするつもりだけど、平気?」 「凌が作ってくれるものに文句なんてないよ。いつも愛情たっぷりで美味しいもん」 「もん、とかかわいこぶるなよ。きしょい」 「……俺の身体はもう凌なしじゃ生きていけない身体になってるんだぜ?」 「イケボで囁くな寒い! ったく……俺着替えてくるから、それ冷蔵庫に入れるの任せていいか?」 「ふふ、勿論。行くよきなこ。おやつあげようね」 「それは俺がやる」 「はいはい」  おやつの声に反応したきなこは、凌の腕の中から抜け出し華麗に地面に着地するとリビングへといそいそと戻っていく。その後を歩く嘉貴の背中を見送りながら、玄関から一番近い部屋へと凌も入った。  自宅よりも広々とした部屋には、これまた自宅のものよりも大きいベッドがひとつだけ置いてあるだけ。本来は客間の予定だったのにすっかり凌の部屋と化していて、着替えなどは全てここに置かせてもらっている。と言っても服は嘉貴がくれた物しか無い。  パタンと後ろ手に扉を閉めた凌は、大きな溜息をひとつ、ずるずるとその場に座り込んだ。 「……くそ、油断した」  耳元で紡がれた甘い声に、心臓がこれでもかと暴れている。  幸いあまり顔に出ない性質だが、髪で隠れている耳は熱く、真っ赤に染まってしまっていることが容易にわかる。  いきなり耳元で喋るバカがどこにいるんだよ。カップルでもいい雰囲気の時しかやらねぇだろあんなもん、からかいやがって……!  感覚を消すように耳を擦り、今度は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。  ――『お前のこと大好きだよな』――  ふと思い出したのは、先ほど丹羽が口にしたそんな台詞。  一瞬怯んでしまったのは、その言葉が冗談でもなく事実だからだ。  あの高スペックをいくつも兼ね備えている男は、何をとち狂ったか自分に惚れている。  だからさっきのようなふとした時の凌を惑わす言動や態度は珍しくない。  決してつき合っているわけではない。だからと言って、凌に好きになってもらう為のアプローチでもない。 「なにが愛情たっぷりだよ、自意識過剰っ」  何故なら凌が自分と同じ気持ちだと言うことに、嘉貴はとっくの昔に気づいているからだ。

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