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「デートしよう」  嘉貴がそう言ったのは、彼の実家に遊びに行ってしばらく経ってからだ。  どうやら紗英が言っていた「デートにぴったりのコーディネート」が気になっていたらしく、それを着て出かけようという誘いだった。  即答で断ったものの、結局凌が押し負けて「水族館デート」に行くことになった当日、ふたりが最初に向かったのは水族館ではなく『つばめ』だった。 「休みだったのにオープン代わってもらっちまって悪かったよ、めちゃくちゃ助かった」 「いえ、元々水族館も午後からの予定だったんで。それより店長、大丈夫っすか? 体調崩すの俺初めて見たかもしれないっす」 「インフルとかじゃなくてただの風邪だから、寝てたら治るって。珍しく遅れて出勤したと思ったら高熱でふらっふらしててさー凌が即行来てくれたからすぐ病院連れて行けたわ。まじでありがとな」  ぽん、と安堵の表情で肩を叩かれて、凌も胸を撫で下ろす。  朝一番に丹羽からヘルプの連絡が来た時は「店長も風邪とか引くのか」と随分驚いた。  五年バイトして、体調を崩すところを一度も見たことがなかったからだ。  二つ返事で引き受けてわずか十分で来られたのは嘉貴の家のほうが水族館も近いからと泊まっていたおかげだから、結果として遊びに行く約束をしていて良かったのかもしれない。 「露口も悪かったな、デートなのに凌借りちゃって」 「いえ。俺も久しぶりに『つばめ』のモーニング食べに来られてラッキーでした。朝苦手だからこういう時じゃないと来ないから。それより店長もですけど、丹羽さんも気をつけてくださいね」 「ありがとう。でもまぁ、店長が冬場に体調崩しがちなだけだから、俺は平気だよ」 「え? そうなんすか?」 「そうなんすよ。隠すのが上手いだけで、気をつけとかねーとすぐ無理するんだよ、あの人」  困ったようにため息を吐いた丹羽だが、その言葉の端々に店長への愛情が滲んでいることが分かり、凌と嘉貴は目を見合わせて顔を綻ばせた。 「明日は一日シフト入れると思うんで、人手足りなかったら連絡ください」 「うわー何から何までありがてー。夜までには連絡するわ。今日はもう大丈夫だから、早くあがってデートの準備してこいよ」 「そのネタ引っ張らないでください。じゃあ嘉貴、ちょっと待ってて」 「ゆっくりでいいよ。でも、俺も明日仕事前にまたご飯食べに来ようかなぁ。カボチャのグラタンめちゃくちゃ美味しそうですね」 「お、露口分かってるじゃん。めっちゃ美味いぜそれ」  嘉貴と丹羽が談笑を背中で聞きながら、キッチンにいる他のスタッフにも挨拶をしてスタッフルームに下がる。  時計を見れば思っていたよりも時間が経っていて、凌は急いで制服を脱いだ。  平日で混雑はしていないと思っているが、あまりにも遅い時間だとショーを見逃してしまうかもしれない。どうせ行くならちゃんと見たいものは制覇しなければと意気込み着替えた自身を姿見でチェックした凌の口から、苦笑いがひとつこぼれた。 「やっぱりかわいすぎだろ、この服」  テラコッタカラーのニットと黒のスキニー。モカのダッフルコートの嘉貴の一押しコーディネートは『つばめ』を出る時「デートコーデじゃん」と丹羽に冷やかされたのは言うまでもない。

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