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カランコロン。
寒風と共に来店した客をベルの音が教えてくれて、凌はメニューを片手に店先へと向かう。
「いらっしゃいませ。一名様でしょうか?」
マフラーにうずめていた顔をあげた女性客は、けれどその視線を凌と交わらせることなく奥の誰かを認めて寒さに強張っていた顔を綻ばせてみせた。
「お待ち合わせですか?」
「あ、ちょっと……すみません」
連れが来る客の情報を共有されてはいなかったが、反応から予想して尋ねれば曖昧に微笑んで案内を断られた。
やはり連れだったのだろうか、それとも待ち合わせではなくたまたま知り合いを見つけたのだろうか。
とりあえず水とおしぼりの準備のために戻ろうとしたところに「あの……」と先ほどの凌との受け答えの時よりも浮ついた甘い調子の声が耳に届いて振り向いた。もちろん自分に向けられたものではない。カウンターに座っている男に宛てたものだ。
「隣、いいですか?」
「え? ああ、大丈夫ですよ」
「たまにこのお店来てますよね? ずっと気になってて……今日もひとりですか? 良かったら一緒にお茶でもどうですか?」
そこでようやく彼女の反応に納得がいった。待ち合わせでも知り合いでもなく、気になる男がひとりでいることに気づいて狙いを定めたのだ。
もこもこのボアコートにミニスカートとロングブーツ、ふわふわボブヘアが愛らしい女性は多分男が放っておかないタイプだろう。そこら辺の男なら絶対に二つ返事でこの誘いに頷くだろうし、その自信があるからこそ女性も声をかけたに違いない。
けれどこんな誘い文句言われ慣れている男――嘉貴は必要最低限の笑みで一言返事をした。
「ごめん、今からデートだから」
相手の反応を見ることもなく視線を戻した嘉貴に女性は一瞬驚き、それから顔を真っ赤に染めた。自尊心を傷つけられた怒りか、羞恥心か。凌には分からなかったけれど、綺麗にグロスで彩られた下唇をぎゅぅ、と噛み締めたあと勢いよく踵を返して寒空の下に出て行ってしまった彼女は、きっと二度とこの店には来ないんだろうなということだけは分かった。
「へぇ~、デート?」
「はい。水族館行くんですよ。ね、凌?」
断った張本人は大して気にする様子もなくのんきに笑っているが、一連の様子を見ていた丹羽からの視線は冷ややかなものだった。その空気に凌が耐えきれず、思わず両手を上げて弁明してしまう。
「いや、言い訳するなら今のタイミングで俺がデートじゃないって横から茶々入れたら意味分かんなくなるでしょ。この後遊びに行くのは本当なんだから」
というか何で俺まで責められるんだ。と不満げに唇を尖らせるも、がちゃんと嘉貴の前にお代わりの珈琲を置きながら丹羽がすごい剣幕でこちらを指さした。
「お前らが遊びに行くのなんていつでもできるんだから、親友の新しい出会いを後押ししてやれよ! あんなにかわいい子を!!」
「確かに! でも珈琲もっと静かにおいてください!」
「失礼しました!」
「もう。丹羽さん余計なこと教えないでくださいよ」
珈琲の置き方はさして気にすることもなく、嘉貴は丹羽の正論にだけクレームを入れて楽しそうに微笑んだ。
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