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 水槽から少し離れた場所に設置された椅子に「休憩しよっか」とふたり腰掛けて改めて目の前の水槽を仰ぐ。 「沖縄の海の再現らしいよ」 「へぇ……こんなんだっけ? もう覚えてねぇや」 「俺も。ショーの最前列で水かけられたことなら覚えてるんだけどなぁ」 「あー、あった! 懐かしいな、めっちゃくちゃずぶ濡れだったよな」  スタッフのお姉さんに案内されるがまま最前列で見たイルカのショーはびっくりするくらいの大迫力で、それに比例するように歓迎のジャンプの水しぶきの威力がすさまじかった。  髪の毛どころかズボンの中までぐっしょり濡れて、同じグループの友人たちと涙が出るほど笑いながらお土産コーナーにおそろいのパンツを買いに行ったのは今思い返しても面白い。 「ここもイルカショーあったよね。行く?」 「この真冬にびしょ濡れなんの?」  くすくすと肩を揺らしながら、ふと凌は当時の嘉貴のことを思い出した。  そういえば、あの時全然知らない女に写真撮らせて欲しいって声かけられまくってたな。  素肌の透けるシャツ姿で濡れた髪をかき上げる嘉貴はまさに「水も滴るいい男」で、通りすがりの女性に何度も写真をねだられたことをよく覚えている。  そんな記憶から、右隣に座る嘉貴へと視線をずらす。  高さ五メートルもある大水槽から降り注ぐ青い光が、嘉貴の横側をやわく照らしている。  長いまつげ、すらりと綺麗な鼻梁、少し薄く形作られた唇。無駄のないフェイスラインと、その下にある凌よりもしっかり浮き彫りになっている喉仏。  ゆらゆらと揺らめく淡い光に化粧されたそれらはどこか幻想的で、カメラマンも撮影のしがいがあっただろうなぁとぼんやり思う。 「……ん? どうした? 見惚れた?」 「みっ、違う! ……今日何で水族館にしたんだ?」  凌の視線に気づいてからかい混じりに目を細めた嘉貴に、勢いよく首を横に振って否定する。あまりの勢いにこんなもの肯定しているようなものだと自省しながら、無理やり話題を逸らして押し切ることにした。 「CM見て楽しそうだったから、凌と来たくなっただけだよ。春休み終わったら就活でお互いもっと忙しくなってデートとかしてる暇なさそうだったし」  就活。これはこれでしたくない話題だったが、嘉貴の口ぶりに違和感を覚えて首を傾げる。 「……って言っても、お前は自分の会社だからそんなに大変じゃないんじゃねぇの? あー、でも徹さんたちそういうところは他の奴らと区別なく試験とかやるのか」 「どうだろう? 俺は『TYC』受けないからなぁ」 「え!?」  叫んだ瞬間、べち、と反射で己の口を塞ぐ。驚きすぎて出てしまった大声を周囲に頭を下げて詫び、丸く見開いた瞳で嘉貴をもう一度見た。 「な、何でだよ?」

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